目標達成?
日が昇り目が覚めると、既に見慣れて来た天井が櫻の視界に飛び込む。
肩に何やら温かさを感じ顔を向けると、アスティアが寝たまましゃぶるように肩に口を当て、その口腔の中では舌がペロペロと肌を舐めている。どうやら寝ぼけているようだが、ただ舐めているだけで牙を突き立てる様子も無いのが不思議だ。おしゃぶりを咥えているような感覚なのだろうか。
「アスティア…アスティア、朝だよ、起きな。」
アスティアの肩を優しく揺すると、いつものように眠そうに瞼を開く。
「おはようアスティア、今日はどんな夢を見てたんだい?」
櫻の声にハッとし、自分が何をしているのかを認識したアスティアは慌てて口を離すと身体を起こした。
「あ…っ、サクラ様、御免なさい!ボク、許しも無くサクラ様に噛み付いて…!?」
慌てて涎の零れそうな口元を拭う。
「いや、別に噛み付いては居ないよ。ただ咥えてただけだし、例え噛み付いてたとしたってそんな怒る事じゃないんだから、そこまで畏まらなくてもいいって。」
身を起こす櫻が優しく言うと、アスティアは尚更に申し訳無く感じ肩を窄めた。
そんなしおらしいアスティアが可愛らしく、櫻は両手を広げて微笑み迎え入れる意思を示すと、アスティアもその仕草にパァっと表情を明るくして飛び込み、櫻の首筋に口付けをする。
「で、今日は神様の言葉を伝えなきゃならないんだっけ?」
櫻に抱き付き首筋から血を飲むアスティアを嬉しそうに眺めながら、カタリナが呟いた。
「あぁそうだね。昨日教えた事、覚えてるかい?」
アスティアの髪を撫でながら、からかうように櫻が問う。
「ダンジョンってものの性質を教えて、定期的に魔物退治を行うようにって言えばいいんだろう?流石にそのくらいは覚えてるよ。」
「そりゃ良かった。酒で記憶が飛んでないかと心配してたよ。」
そんな軽いやり取りをしていると、アスティアの吸血が終わり傷口をペロペロと舐め始める。
(心なしか最近舐める時間が長くなってるような…?)
ふとそんな事を感じた櫻であったが、特に困る事でも無いなと深く考えるのは止めた。
ベッドから起きると服を着て朝食を取りに食堂へ向かう。
カタリナは朝からステーキのような厚い肉を中心に相変わらずの肉まみれ。櫻は赤や緑が瑞々しい野菜スティックをメインにして温かい野菜スープなどがテーブルに並んだ。
「ここも随分通い慣れたけど、そろそろお別れかねぇ。」
「そうだね。グラントの土地購入資金は恐らくあの魔獣の討伐で充分に貯まるだろうし、今日ギルドに魔獣の死体を確認させて報酬を算出して貰ったら、昨日の戦利品と合わせて精算してもらって…明日の朝には出発って感じかな?」
アイディの町での残りの予定を組み立てながら朝食を食べていると、
「あ、居た居た。皆さんおはようございます。」
と爽やかな挨拶と共に現れたのはグラントだ。
「おや?グラントじゃないか、どうした?またダンジョンに行くのかい?」
「勘弁してくださいよ、武器も失ったし、もうあんな怖い思いはこりごりです…。」
肩を落とすグラント。流石にあの『鵺』の異様にトラウマを植え付けられたか、思い出し表情を歪ませた。
「いえ、それより聞いてください!何と、バルドーさんから借りている今の畑を全部、格安で譲って貰える事になったんです!…と言っても、大金貨50枚、結局今までと目標額は同じなんですけどね。」
ハハッと頭を掻きながらも嬉しそうな表情を浮かべた。
「へぇ?そりゃまた随分と美味しい話が転がり込んで来たもんだね?」
ポリポリと野菜スティックを食べながら櫻が驚く。
「はい。実は昨日、バルドーさんにこっ酷く怒られまして…。」
そう言って語り出したグラント。バルドーに言われた言葉はこうだったそうだ。
『あんな狭い荒れ地を買う為に命を捨てる気か!馬鹿者が!お前みたいに無謀なヤツ、儂の目の届く処に置いておかなきゃ不安で飯も喉を通らねぇ!仕方ねぇから今貸してる畑をその金で売ってやる!それと…儂の目の届く処に居て貰う為に、ウチに一緒に住んで貰うからな!』
「それって…彼女、ステラだっけ?と一緒に住んでいいって事じゃないのか?」
好物の肉を口に運ぶ手も止まり驚くカタリナ。
「いやぁ、そうなんですけど、バルドーさんが言うには『お前が普段どんな生活をしてるか見極めてやる』だそうで、まだ居候の身分なのでお付き合いは許して貰えてないんですよね…。」
「それはそれで生殺しだねぇ。」
櫻は哀れみの目でグラントを見る。
「でもまぁ、あの親父も随分と寛大な事をしてくれるじゃないか。荒れ地をイチから耕して作物を育てるなんて、収入になるまで可也の時間が要るからね。それと比べたらスタートラインが随分と先に進んだってもんだ。」
「はい!なので、その買取金を早く渡す為にも、昨日の戦利品を早くギルドに持っていこうと思いまして、皆さんを探していたんですよ。」
瞳をギラギラとさせ、早く行こうと表情が物語るグラント。しかし櫻は渋い顔をする。
「それなんだがな?昨日は流石にダメージが大きかったうえに、あの未知の魔獣のどの部位を持って帰って良いものか判断が付かなかったせいで放置したまま帰って来ちまったんで、報酬はギルド員が現地に行って直接査定してからになるんだよ。」
「えぇ!?それじゃ尚更ギルドに早く行きましょうよ!?」
「お前さん、基本的にせっかちだよねぇ…まぁ気持ちは解らんでもないが、せめて食事が終わるまでは待っておくれよ。」
そうしてグラントに見つめられながら、櫻達は何となく急かされるように朝食を終えるとギルドへと向かう事となった。
カウンターから戻って来たカタリナとグラント。
「どうやら昨日の騒ぎでギルドも少しばかり動く処だったらしくて、案外話は早く通ったよ。これから調査に向かうから同行してくれってさ。」
「同行?ギルド員だけじゃ駄目なのかい?」
「あぁ。何せダンジョンの最奥だからね、道も複雑だしどんな危険があるか予測がつかない。案内も必要だし護衛としても戦力は多い方が助かるんだってさ。」
(う~ん…今日は町の連中に話をする予定だったんだがなぁ…。)
櫻は腕組みをし少々考えるとグラントの顔を見る。
「そうだ、グラント。お前さんとバルドーも一緒に来な。」
「えぇ!?何で僕まで!?僕はもう武器も無いし戦いたくなんてありませんよ!?」
すっかり戦う事に憶病になってしまっているようだ。
「まぁあんな化け物と対峙したらそうなるのも解るがね。今回は戦いに行く訳じゃないし戦わせる気も無いよ。」
櫻のその言葉にグラントはホッと胸を撫で下ろした。
「だけどお前さん、もしまたあんな化け物が現れて、今度は町を襲うかもしれないとなったら…その時は一人で逃げるのかい?」
「えっ…?そ、そんな事は…。」
突然の質問にグラントは目が泳ぎ、答えを断言出来ない。
「ま、そんな事にならないようにって事もあって町の連中に話があったんだがね。ギルドの者とお前さんと、バルドーの親父に伝われば自然と話も広まるだろうって事でのチョイスだ。今はまだ理解出来ないかもしれないが、あたしらを信じて呼んできてくれないか。」
嘘も冗談も無い真剣な櫻の瞳に、グラントは素直に頷かざるを得なかった。
それから僅かの後、グラントはバルドーを連れて町の入り口で櫻達と合流する。
「何だい、話ってのは?今ここで済ませる訳にゃ行かないのか?」
バルドーはダンジョンに行くという事で一応の装備を整えて来ていたものの、唐突に呼び出されて明らかに面倒そうな顔を見せた。
「悪いね、態々足を運んで貰って。ただ、この町じゃアンタが一番の権力者に思えたもんで、現状を知って貰おうと思って同行を願いたいのさ。」
櫻が見上げるように話しかけると、バルドーは見下ろすように櫻に視線を向ける。
「…ふん、まぁいいがよ。こっちだって別に暇じゃねぇんだ、下らねぇ話だったら覚悟しとけよ?」
「理解を得られて助かるよ。さて、それじゃ行こうか。」
こうして櫻達一行、グラントとバルドー、そしてギルド員数名はダンジョン探査、そして魔獣査定へと出発した。




