生還
町へ戻った櫻達を迎えたのは、バルドーを先頭とした男衆だった。
数人は魔物ハンターだろうか、その手には各々に武器となる物を持ち、革や金属の防具を身に着け戦支度のような物々しさが感じられる。よく見ればハンターでは無いものの狩猟ギルド所属と思われる者達も見て取れた。
「こりゃ一体何の騒ぎだい?」
カタリナが訝し気に首を傾げると、その声に気付いたバルドーは驚いた表情を見せた。
「お…お、お前達、無事だったのか…!ハッ!?グラント!?どうした!?まさか!?」
カタリナに背負われたグラントに気付いたバルドーは慌てて傍に駆け寄り、安否を確認するように口元に手を添える。
「あぁ、大丈夫だよ。気を失ってるだけで大した怪我は無い。」
グラントを背から下ろしバルドーに預ける。
呼吸も問題無く、眠っているだけに見えるグラントに安心したバルドーは、その時になってやっとカタリナを始めとする一行のボロボロの衣服に気が付いた。
「お前達…まさかあの魔獣と戦って生きて帰って来たのか…。」
驚き震える声でそう言うバルドーを見て櫻達は顔を見合わせる。
「お前さん、ひょっとしてあたしらを尾行てたね?」
櫻の指摘にビクリとするとバルドーは、櫻達にジッと見つめられると居た堪れなくなったのか、視線を逸らし地面に向けた。
「…あぁ。ここ数日、ずっとお前達の後を付けて様子を窺ってた…。コイツがまともに魔物を討伐出来るなんて思えなくてな…。」
支えるグラントに視線を移しポツポツと語り始める。
「何だい?そんなにソイツを信じられないのか?何処まで見下せば気が済むんだい。」
バルドーの言葉にカタリナの語気が強まる。しかし櫻はそれを手で制止した。
「違うだろう?この男はグラントが危機に陥ったら助けるつもりで見守ってたんだよ。」
「っ…それは…!」
櫻の指摘にバルドーは耳まで真っ赤にして言葉を詰まらせる。そんな様子を微笑を浮かべ見守る櫻の表情に、全てを見透かされているように感じたバルドーは素直に話し始めた。
「あぁ…そのつもり…だった。だが今日、あの魔獣の姿に儂はビビっちまって…助けに出る事も出来ず逃げ帰った…。あんな化け物は儂の長い魔物ハンター生活の中でも見た事も聞いた事も無かった。直感で儂だけでは助けられないと踏んで、町に助けを呼びに戻ったんだ…。」
バルドーの拳が強く握り締められる。
「正直、お前達はもう助からないと思った。見捨てたと思ってくれていい。だが、あんな化け物が町の近くに居ると判った以上は討伐しなきゃ危険だと思って戦える者達を掻き集めて、今まさに出発しようとしていた処だったんだ。」
後ろで状況を飲み込めずザワついている男達を振り返る。
「それで、あの魔獣はどうなった?あそこから出て来る素振りはあったか?」
再びカタリナ達を向くとバルドーは詰め寄った。元魔物ハンターとして、あの魔獣の危険性を感じ早々に討伐せねばと考えたのだろう。手負いならば早い内に追撃せねばと思っていたのだ。だがそんな焦りを吹き飛ばす言葉がカタリナの口から語られた。
「あぁ、アイツなら討伐したよ。」
余りに軽く放たれたその言葉にバルドーと背後の男達は目を丸くした。
「た…倒した…?アレをか…?」
「あぁ、流石に骨が折れたけどな。」
カタリナの口調の軽さに男達がザワザワとし始める。「女ばかりで倒せる相手だったのか。」「精霊術士が居るんじゃないか?」「バルドーの旦那、大げさ過ぎたんじゃ?」「緊張して損したなぁ。」等、当の鵺の姿を見ていない面々から声が聞こえた。
そんな様子を呑気なもんだと呆れながら眺める櫻であったが、あのような化け物に無謀に突っ込ませる事を避けられた事は微笑ましい事であった。
「その事についてはちょっと話があるんだが、今日はもうクタクタなんだ。服も着替えたいし、済まないが通してくれないかい?」
見せつけるようにボロボロになったスカートの裾を摘まみ上げると、
「あ、あぁ、済まなかった。まずはコイツを無事に連れて来てくれた事に感謝するよ、ゆっくり休んでくれ。」
とバルドーも道を譲る。奥に居た男達も左右に割れるように道を作ると、櫻達はその間を悠々と通り過ぎ宿へと戻って行った。
「…さて…。テメェはいつまで寝てんだ!」
『ゴツン!』と鈍い音を立てグラントの頭に叩き込まれるバルドーの拳骨。
「いったぁ!」
衝撃に目を覚ましたグラントは、痛みの出処を両手で押さえると地面にしゃがみ込み、目の前に立つ影を見上げた。
「あ…バルドーさん…!?ここは…僕、どうして…?」
周囲を見回し状況を飲み込めないグラントを見て、バルドーは溜め息をついた。
「…はぁ…全くテメェってヤツは…迂闊な行動しやがって!いいか!調子に乗って状況の判断も出来ないようなヤツは早死にするんだ!待ってる女が居るヤツがそんな事も解らんような馬鹿じゃ、安心して預けられる訳がねぇだろうが!」
怒りに顔を真っ赤にしたバルドーの怒声が響いた。グラントはその言葉に返す言葉を持たず、地面を見つめる。
「だがまぁ…こうして無事に帰って来て良かった…。ステラも泣かずに済む。これに懲りたらもう、稼ぎに目が眩んで無謀な真似なんてすんじゃねぇぞ?」
ポンと頭に置かれた手にグラントはハッと顔を上げた。そこには先程までの怒りを湛えた表情は無く、安堵の滲む穏やかな顔のバルドーの姿があった。
「…はい、本当に懲りましたよ。やっぱり僕は畑仕事をしてるのが一番性に合ってるみたいです。」
にへらと笑うグラントの目には、僅かに涙が滲んでいた。
宿に到着した櫻達は部屋に戻るとボロボロの服を脱ぎ棄て着替えを済ませる。
「あ~ぁ、折角の可愛い服が…。」
櫻達が脱ぎ捨てた服を拾い上げ広げるカタリナ。血まみれの服はスカートが裂け、袖は千切れ、胴には穴も開いている有様だ。流石に修繕するのも無理がある。
「仕方ないだろう、あんなヤツと戦って無傷で済む訳が無いし、むしろ服だけで済んで良かったと思わなきゃ。」
「いや、本来なら服だけで済んでないよ…お嬢だからこれで済んだんだって自覚しておくれ。」
カタリナは名残惜しそうにボロ服を畳むと荷物袋に押し込んだ。
「そうだよサクラ様!いくら死なないって解ってても、ボク達凄く心配したんだからね!」
アスティアが後ろから櫻をギュっと抱き締め頬擦りする。
「悪かったね、心配かけて。だけどあの時はそうしなきゃカタリナが危なかったし、咄嗟に他の方法が思いつかなかったんだ、許しておくれよ。」
櫻がよしよしとアスティアの頭を撫でると、アスティアは櫻を後ろから抱き抱えたままベッドへと腰を下ろした。
「ところで、さっき言ってた話ってのは何だい?」
「ん?あぁ、バルドー達に言った事かい?それについてお前さんに頼みがあるんだがね…。」
カタリナと、命も手招きで傍に呼び寄せると、櫻は部屋の外に声が漏れないよう小さな声で、ダンジョンについて判明した事、そして人類の神の言葉としてそれを伝える役目をカタリナへと託した。
「ん~…アタイがそれを言って信じて貰えるもんかねぇ?自分で言うが、とても神の使徒なんてガラじゃないよ?」
ボサボサの赤い髪を掻き上げ手櫛を通して見せる。確かにそのワイルドな見た目は神の使徒と言うには清楚さが足りないように見える。
「だがあたしらの中ではお前さんが一番年上に見えるし、現に今までだって人との交流の矢面に立ってたのはお前さんじゃないか。なに、フォローはあたしらでもするからさ、頼むよ。」
顔の前へ片手を上げ拝むようにする櫻に、カタリナは小さく溜め息をついて渋々了承し、無言で頷いて見せた。
「さて話が纏まった処で、飯でも食いに行こうじゃないか。流石に再生に栄養を使いすぎちまったみたいで腹ペコだよ。」
「そうだねぇ、アタイも今日はガッツリ食いたい気分だ。ここ数日で結構稼げたし、贅沢しようか!」
こうしてその日の夕飯は、テーブルを囲む四人と一匹によって小さな祝勝会のように賑わった。普段はそこまで食べる訳でも無い櫻も、失った栄養を取り戻すように腹がぽっこりと膨れる程に肉を喰らった。
「いやぁ~、酒の後の風呂は気持ちいいなぁ…。」
水の張った桶の中、四人が輪になって浸かる。
「あたしも少量なら飲むペースに気を付ければ気持ちよくなれる程度の酔いで済むみたいだ。こんな気分は久しぶりだねぇ…。」
ほんのり赤くなった身体で桶の淵に腕をかけ、ほぅと空を見上げる。雲の流れは速いが、月も星も良く見える美しい夜空が広がる。
(この世界は危険と隣り合わせな部分が多いが…この美しさは元の世界で忘れかけてたものだねぇ。果たしてこの世界が地球のように文明を発達させていくのか、はたまた全く違う進化を見せてくれるのか、未来が楽しみだよ。)




