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異形の獣

 ここ数日での稼ぎによって資金に余裕の出来た櫻達は、人数分のランタンを追加購入した。

 グラントは当初その分の代金を払うと言って聞かなかったが、『将来お前さん達が結婚した時のご祝儀(しゅうぎ)の前払いだと思ってくれ』と言う櫻の言葉に苦笑いを浮かべながら受け取ったのだった。

 こうして全員が腰にランタンを下げてのダンジョン探索となったのだが、昨日までに探索した区間には(ろく)に魔物の影は無く、奥へと進む事を余儀なくされていた。


「こうも奥に行くとなると戻りの時間も考慮して余りガンガン進めなくなるのが辛いねぇ。」

「まぁ本来ならこれだけ深い処は何日かかけて道中でキャンプを張るのが普通だろうからね。まさか畑仕事の為に毎回戻るハンターは居ないさ。」

「…済みません。」

 カタリナの軽口にグラントが頬を軽く掻き謝る。

「ハハッ、冗談だよ。…っと、獲物(えもの)のお出ましだ。」

 カタリナが戦闘態勢を取るとグラントもまだ硬さはあるものの慣れたように剣を構えた。魔獣の動きに注意を払う。

 ジリジリと間合いを計り、魔獣が飛び掛かろうと姿勢を下げるとグラントは剣を振り上げタイミングを合わせた。飛び掛かると同タイミングで剣を振り下ろすと、その剣先が見事に魔獣の毛皮を切り裂き、傷口から鮮血が流れ落ちる。

「やるねぇ。やっぱり筋が良いよ。ボーフの魔獣相手でももう目が付いて行ってる。」

「そりゃぁ、こう連日ダンジョンに連れてこられれば、こうもなりますよ。」

 魔獣を見据えながらもカタリナの称賛に薄ら笑いで応える。どうやらそこそこの余裕も持てるようになっているらしい。

(確かに上達は早い…だけど、こういう手合いは慣れ始めた頃が一番危ない…余り調子に乗らないと良いんだがね。)

 櫻の不安を他所(よそ)に、グラントとカタリナの連携で魔獣は討伐され、カタリナが解体をして櫻が討伐の証となる部位を、アスティアが売却出来そうな素材部位を預かり荷物袋に収める。

 そうしてダンジョンを奥へと進んで行くと、突然櫻の頭上に居たケセランがブルブルと震え出した。

《ケセラン、どうかしたのか?》

《サクラ、このさきに、こわいのいる。》

 ケセランは今まで色々な獣とコミュニケーションを取り情報収集してくれた。その相手の中には当然肉食獣も含まれていたが、ケセランがそれで怯えを見せる事など一度も無かった。そんなケセランが、まだ姿も見せない何者かに対して恐怖を抱いている。

(これは…何かヤバそうなのが居る…?)

 ケセランの言葉は恐らく信じて良い。だがその言葉をどう伝えたものかと思案していると、先を行くカタリナが動きを止た。

「どうした?カタリナ。」

 櫻が問い掛けると、カタリナが角になっている通路の先にある空間を指差して見せる。

 皆がその指に釣られ顔を覗かせると、そこに広がっていたのは広大な空間だった。

「何だい、ここは…。」

 ランタンを手に持ち頭上高く(かか)げてみるが、通路からではその全容を計り知る事は難しい。一同は周囲を警戒しながら一歩、その空間に足を踏み入れた。

「何も居ない…のか?」

 周囲を見回す櫻であったが、生き物の動くような影は見られず、異様な静けさがあるばかりだ。だが、

《サクラ、ここ、あぶない。》

 ケセランが先程から危険を訴えている。その身体は小刻みに震え、恐怖している事がありありと解った。

(ふむ…何かは解らんが、ケセランがこれ程警告しているのは尋常(じんじょう)では無いか…。)

「なぁ、ここは一旦…。」

 櫻が撤退を提案しようと口を開いた時、

「何でしょうねぇ?ここ。」

 グラントがその中へと足を踏み出してしまっていた。

「おい!不用意に進むな!」

 カタリナが声を上げるが、

「大丈夫ですよ、ほら、何も居ない。」

 そう言ってランタンを持った手を伸ばすと、ぐるりと身体を一回転して見せる。その明かりに辛うじて浮き上がる壁面(へきめん)までには確かに動く物の姿は無かった。

「全く…それは結果論だろうが…。」

 呆れた声でグラントの傍へ向かおうとしたカタリナ。

《…ケセラン、お前さんはそっちの通路に隠れてな。》

 櫻はケセランに退避(たいひ)を指示し、カタリナと共にグラントの元へと進む。アスティアと(みこと)もその後に続くと、空間の中央と思しき場所まで到達した。

 そこはドーム状の空間のようで、微かな光を放つ植物が薄っすらと周囲を照らし出し、天井を見上げると星空を見るような景色が広がっていた。皆がその光景に溜め息を漏らす。

 だが、その美しい光景とは裏腹にその場に漂う空気は重く、異様な威圧感と息苦しさを櫻は感じていた。カタリナもそれを感じているのか、その目は周囲を警戒し続けていた。

「…なぁ、どうやら何も居ないようだし、今日はここで引き返さないかい?」

 何か嫌な予感がした櫻が提言するが、

「何を言ってるんですか、今日はまだロクに獲物を狩れていないんですよ?もう少し奥まで進んでみましょうよ。」

 と、ここ数日の成果で調子付いていたグラントは欲を出してしまっていた。そんなグラントの気持ちが解らないでもない櫻がどう説得したものかと頭を悩ませていると、

「調子に乗るんじゃないよ。今のアンタみたいな状態が一番危ないんだ。お嬢の判断は賢明だ、今日はもう帰るよ。」

 カタリナの助け船だ。

「は、はい…そうですね。それじゃぁ今日はここまでにしておきましょう…。」

 調子に乗っていたグラントも、今までの戦いでその腕前を見知っているカタリナの言葉は重いようで、気圧(けお)されるように一歩(いっぽ)後退(あとずさ)ると小さく頷き、渋々という風ではあったが納得して引き返す事とした。

(ふぅ…無謀(むぼう)を心配したが、杞憂(きゆう)に終わってくれたか…。)

 安堵(あんど)の息を漏らし、(きびす)を返す櫻。しかしその時、入って来た通路の前に重量のある音と共に巨大な影が降り立ち行く手を阻んだ。

「何だ!?」

 櫻が思わずランタンを(かか)げると、一瞬巨大な壁が立ち塞がったかのように思えたソレは、体毛に(おお)われ呼気(こき)に身体を揺らす、明らかな生物であった。

 そしてその姿に一同は息を飲み込み、身体が固まる。

「な…何だ、コイツ!?」

 その姿にカタリナが驚きの声を漏らした。

 カタリナだけでは無い。その場に居た全員が驚き、声を失った。それは当然と言える。そこに居た獣は、今まで遭遇(そうぐう)した魔獣とは一線を(かく)した異形(いぎょう)の存在であった。

 猿のような顔、虎のような胴体、そして蛇のような尻尾を持つソレは、一行に鋭く不気味な眼をギョロリと動かし、低い(うな)り声を上げ獲物(えもの)見据(みす)える。その大きさは前足一本ですらもカタリナの身長を超える程だ。

 異形の魔獣の尻尾の先にある蛇の頭がシュルシュルと舌を出しながら鎌首(かまくび)をもたげる。

「カ、カタリナ…これ、何の獣の魔物…?」

「分からない…アタイもこんなの初めて見る…。」

 アスティアとカタリナも原型の知れない魔獣に不気味さを覚えてか、足が前に出ない。だが櫻はその姿に覚えがあった。

「コイツはまさか…『(ぬえ)』か…!?」

「お嬢、コイツを知ってるのか?」

「いや…知っていると言うには知識が無さすぎるが…もしあたしの知ってる通りだとしたら…。」

 ハッと思い、グラントに視線を向ける。

「グラント、剣を捨てろ!」

 櫻の突然の叫びに理解が追いつかないグラントは目の前の魔獣の威容(いよう)も相まって金縛りのように微動だに出来ずに立ち尽くす。すると魔獣の身体がパリパリと光を(まと)い始め、その光が(ひたい)へと収束して行く。

「くそっ!」

 悪い予感が当たったと奥歯を食いしばり、櫻はグラントに渾身(こんしん)の体当たりを食らわすと、その衝撃で落とした剣を拾い上げ、細腕に(むち)打ち精一杯の力で遠方へ投げる。

 その時、魔獣…(ぬえ)額部(がくぶ)から(いかずち)(ほとばし)り、投げ捨てられた剣に吸い寄せられるように閃光が走った。

『ドオォォン!』

 強烈な音がダンジョン内に響き渡る。ビリビリと大気が揺れ、一同の耳が一瞬聞こえなくなる程だ。

「「…!…!」」

 皆が其々に何かを言っているが、それが聞こえるようになるまでに少々の時間を要する。だがそんな都合を(ぬえ)が待つ訳も無い。一番弱い獲物と踏んだのか、狙いを定めたのはグラントであった。

 (ぬえ)の鋭く不気味な瞳がグラントを見据えると、()すくめられたグラントはその場で腰を抜かし動く事すら出来ず震える。

「アスティア、カタリナ、そいつを始末しろ!(みこと)はグラントを(まも)れ!」

 櫻が指差し叫ぶと、まだ耳が良く聞こえないまでもその意味を理解し其々が行動に移る。アスティアとカタリナは迷わず腰に下げた水筒の中の血を飲み干し、其々に羽根を出し、変態し、戦闘態勢に移り、(みこと)はグラントの正面に立ち防御を固める。

 しかしその行動は(ぬえ)にとって、目の前の(むれ)のリーダーがどの個体であるかを知る切っ掛けになった。

 (ぬえ)にとってさして強いとも歳を取っているとも思えない小さな個体。だがそれが群の(かしら)であるならば、そして倒し易い相手であるならば尚更(なおさら)、狙わない理由が無かったのだ。

 飛び掛かるアスティアとカタリナ。だがその二人に対して(ぬえ)は身体に(いかずち)(まと)うと、強力なフラッシュのようにその身体を発光させた。その光は空間を真っ白に染め上げる程の光量を発し、その場に居た者達の視界を奪う。それと同時に櫻に飛び掛かる(ぬえ)。そして次の瞬間。

『パシャッ!』

 水気(みずけ)の多い果実(かじつ)が砕けたかのような音がダンジョンの空洞の中に響いた。

 グラントは櫻と(みこと)(かげ)になっていたお陰で視界を奪われる事は無かったが、それが逆に(あだ)となり凄惨(せいさん)な光景を()()たりにする事となってしまった。

 (ぬえ)の繰り出した前足が櫻の頭部を軽々と()でるように吹き飛ばしたのだ。櫻の顔は鼻から上が無くなり、砕けた頭部が辺りに散らばる。その衝撃から骨が折れたのか、ありえない角度に首を曲げたままグラリと揺れた身体がそのまま地面に倒れ、ドクドクと血が溢れ出していた。

「ヒッ…!」

 恐怖に息を飲み、言葉を失い全身はガタガタと震えが止まらない。

「サクラ様!?」

「お嬢!どうかしたのか!?」

 閃光から視界が回復し切れない二人の声が混乱したグラントの耳に届くと、そこに転がる身体が今まで言葉を交わしていた相手だと認識したのだろう

「う、うわあぁぁあぁぁぁぁぁ!!あああぁぁぁぁああぁあぁ!!」

 半狂乱の悲鳴がダンジョン内に木霊(こだま)した。

 すると(ぬえ)はその騒音の出処(でどころ)を弱者と判断し次のターゲットとしたのか、どしりとした足音がグラントに近付く。

「ステラ…。」

 既に何も考えられず死の現実だけが迫ると、無意識にポツリと口をついて出た名に無様に涙を流し、走馬燈(そうまとう)脳裏(のうり)(よぎ)った。魔獣の巨体が迫ると最後の防衛本能か、思わず目を閉じ、自身の首が飛ぶ瞬間を覚悟する。

 だがグラント目掛けて振り上げられた魔獣の前足は、その身に届く事は無かった。

『ドッ!』と何かに当たる音が聞こえ、グラントが恐る恐る目を開けると、そこには魔獣の前足を受け止める(みこと)の姿。

 振り下ろされた右前足を左腕一本で食い止め、その華奢(きゃしゃ)に見える身体からは想像がつかない程にしっかりと二本の足でその重量を受け止める(みこと)

「…よくもご主人様を…!」

 表情こそ見えはしないものの、その声からは明らかに怒りの色が見えた。すると空いた右腕の(ひじ)から先が瞬間に鋭利(えいり)な刃物と化し、下から(すく)うように振り上げると(ぬえ)もその殺気に反応したのか素早く身を引くが(あご)の下に(わず)かに切り傷を負う。

『グウゥゥ…。』

 低い(うな)りを上げる(ぬえ)に対し(みこと)は左手首から先を小型の盾に変化させると真っ向から対峙した。

「サクラ様!サクラ様!?」

 視力が回復し、倒れた櫻の元へアスティアが駆け寄る(さま)を横目で見つつ、櫻から命じられた『グラントを護る』という命令と、その(あるじ)を傷付けられた怒りに、(みこと)の行動原理は混乱し始めていた。

 するとその時

「あたしの事はいいから、アイツを何とかするんだ。」

 ゴボゴボと(のど)()まった血が邪魔をし聞き取り辛いものの、それは櫻の声だ。

「サクラ様!大丈夫なの!?」

「あぁ、頭が割れる程痛いが…一瞬意識が飛んでただけだ。」

 首を『グキッ』と元に戻し立ち上がるその姿は先程失った筈の頭部もしっかりとし、その瞳には力強さが溢れている。

 グラントには最早何が起きているのか理解が追い付かず、悪い夢を見ているのではないかと思うと意識を手放しバタリと気を失ってしまった。

「グラントさん?」

 思わず(ぬえ)から視線を逸らしグラントの様子を(うかが)った(みこと)(ぬえ)はその隙を見逃さず尻尾(しっぽ)の蛇が(みこと)の足首に()み付くと、強い力で(みこと)の身体を持ち上げ勢いよく振り回し、岩壁向けて幾度(いくど)となく叩き付ける。

 (みこと)の身体にはそれ程ダメージは無いものの、蛇の筋力を(よう)した尻尾(しっぽ)に振り回され続けては自由を奪われ思うように反撃が出来ない。

「こんのぉ!」

 変態し渾身(こんしん)の力を込めたカタリナが殴り掛かるが、硬くチリチリとした毛で覆われた身体がその衝撃を吸収し、爪も皮膚まで届かない為全く攻撃が効いている様子が無い。

「カ…タリ…ナ…、これ…を…!」

 ガンガンと岩壁に打ち付けられながらも(みこと)懸命(けんめい)に声を出すと、左腕の肩から先を剣に変え、右腕の剣で切り落としたではないか。

 ガランと硬い音を響かせ落ちた魔法金属の剣。ご丁寧に(つか)(つば)まで形成されたそれを見てカタリナは咄嗟(とっさ)に飛び付き拾い上げた。

「アタイ、武器は苦手なんだよねぇ…。」

 そう言いながらも中々様になっている構えを見せると、一閃(いっせん)、迷いの無い太刀筋を振り抜き(ぬえ)の皮膚を切り裂く。しかしまだ浅い。(ぬえ)(みこと)を振り回し続けながらも、その視線はしっかりとカタリナを見据え、その太刀筋を上手く(かわ)していた。

『ヒョォォォォーーーー!!』

 威嚇(いかく)のつもりなのか、不気味な()き声を上げる(ぬえ)。その身体が再びパリパリと電流を()び始めた。

「ちぃ!また目眩(めくら)ましか!?」

 カタリナが苦々しく吐き捨て警戒をする。だがその電流は(ぬえ)の頭部、そして額部へと収束して行く。

「違う!雷撃だ!」

 櫻は咄嗟(とっさ)先程(さきほど)避雷針(ひらいしん)となったグラントの剣を見る。だがそれは先の一撃によって粉々に砕け、既に原型を留めていない。

「アスティア!あたしをアイツの頭に投げるんだ!」

「え!?何言い出すの!?」

 櫻の突然の言葉にアスティアは(おどろ)きを隠せず思わず間の抜けた声を上げてしまうが

「いいから早く!」

 その必死の声に()むを()ず、その身を(かか)え上げると(ぬえ)の頭目掛けて投げ付けた。

 見事なコントロールで(ぬえ)の頭部に届こうとした瞬間、(ぬえ)の雷撃が放たれた。だがその雷は収束点から動く事は無く、目の前に飛んできた櫻の身体に流れ込み、その身体を破壊しただけに留まった。

「お嬢!?なんて無茶を!」

 そのまま地面に落ち、ビクビクと痙攣(けいれん)する櫻。手足の末端(まったん)(はじ)け飛び、穴という穴から血を流し、立ち上がる事も出来ないまま強くカタリナに視線を向ける。

「い…いいから…(すき)を見せるな…攻めろ!」

「あぁ!」

 カタリナは櫻の言葉に頷くと、大きく踏み込み二度、三度と切り付ける。(ぬえ)はその剣先を(かわ)そうと身を(ひるがえ)すが、放電には体力を使うのか、先程までのように動きに精彩(せいさい)が無い。

「やああぁぁぁ!」

 隙をついてアスティアが四枚の羽根で身を包むように構え、あたかもドリルの如く突撃、(ぬえ)の尻尾を(つらぬ)くと、振り回していた勢いに負けたのか蛇の尻尾が引き千切(ちぎ)れ、その先に()らわれていた(みこと)が地面へ落ちる。ビチビチと暴れる尻尾の蛇を右腕の剣で貫きその動きを止めると、命はそれを蹴り飛ばすように足から外した。

「アスティア、済まないがあたしとグラントをこの広間から出してくれ。カタリナ、(みこと)、後を頼む!」

「あいよ!」

「お任せください!」

 身体の修復は終えたものの、既に幾度(いくど)もの再生で体内の栄養をほぼ使い切ってしまった櫻は、これ以上自分が居ては足手まといになると判断し避難を選択、それと同時にグラントも避難させる事でカタリナ達が遠慮なく戦えるようにした。

「さて、次にあの(かみなり)が来たらアタイらがヤバい。速攻で行くよ!」

「了解、貴女(あなた)の動きに合わせます。お先にどうぞ。」

 先程までの攻撃で(ぬえ)は回避の時に後方へ飛び退()く習性がある事を見抜いたカタリナは、わざと執拗(しつよう)に正面からの攻撃を繰り返し始めた。

 (ぬえ)は後方へ下がりながらも壁際(かべぎわ)に追い詰められないよう、自然と空間の中を時計回りのように動きながらもカタリナへ向け前足を振り下ろし攻防を繰り広げる。目の前をかすめる鋭い(ぬえ)の爪を紙一重(かみひとえ)(かわ)しながらもガンガンと攻めるカタリナ。

 その流れを見て(みこと)は背後から飛び掛かり剣を振り下ろすと、その攻撃は見事に(ぬえ)の背中を切り裂く。しかしその巨体(きょたい)(ゆえ)一太刀(ひとたち)致命傷(ちめいしょう)にはならず、(ぬえ)は深手を負った事により怒りを爆発させた。

『ゴオォォオォォ!』

 喉の奥からその怒りが(にじ)み出る咆哮(ほうこう)を上げ、前足も後ろ足もバタバタと振り上げ蹴り上げ始めると、規則的(きそくてき)な動きなど何も無くなる。

「コイツ!暴れんな!」

 最早ただ暴れるだけの魔獣にカタリナと(みこと)末端(まったん)から切り傷を負わせ続けると、出血が多くなってきたのかその動きは徐々に鈍くなり、息も上がり始めた。

「よし、もう少しだ!」

 カタリナが勝利を確信した時、(ぬえ)は最後の足掻(あが)きとばかりに再び全身に(いかずち)(まと)わせ始めたではないか。

「マズい!?」

 (ひる)むカタリナ。だが

「カタリナ!首を!」

 いつの間にやら(ぬえ)の背中に立っていた(みこと)の言葉にカタリナが察し、(うなず)いた。

「あぁ!」

 パリパリと光を(まと)(ぬえ)の身体に潜り込むように身を(かが)め、首下まで踏み込むと、カタリナの渾身(こんしん)の力を込めた剣が(のど)(つらぬ)く。それと同時に首の後ろを(つらぬ)いた(みこと)(みぎうで)。其々が左右へその(やいば)を振り抜くと、ミリミリと音を立てた後にボトリとその頭が地面へ転がり、その巨体は地面へと崩れると全身を(おお)っていた(いかづち)も治まった。

 しかし恐ろしい事に、首だけになった(ぬえ)は未だに牙をガチガチと打ち鳴らし、目の前の敵を噛み殺そうと言う意思の強さがその瞳に浮かぶ程だ。

「なんて生命力だい…。」

 呆れながらカタリナがその頭部に剣を突き立てると、その瞳から光が失われ遂に(ぬえ)は完全に活動を停止した。

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