戦う術(すべ)
洞窟の中を進む一行。どうやら穴は奥に行く程に分岐が増すようで、様々な動物の住処にもなっているようだ。
「命、通って来た道を記憶してるかい?」
「はい、道順はしっかりと覚えています。」
はっきりと断言してくれる命の記憶力に頼もしさを覚えながらカタリナの先導に続く。洞窟は意外な事に奥に行く程に広さを増し、徐々に地下へと下って行く。
ヒカリゴケのようなものなのだろうか、洞窟の中には点々と薄明かりを灯す植物のようなものが自生し、辛うじて洞窟の壁面の輪郭を浮き上がらせるが、ランタンの明かりと合わせても視界の確保には充分とは言い難い。
逆に光が生み出す濃い影に、アスティアは暗がりが怖いのか、櫻のスカートをギュっと握り身を縮めた。
「居るならそろそろ魔物が出て来てもおかしくない筈なんだけど…。」
カタリナが呟いた時、その言葉を待っていたかのように分かれ道の先から大きな黒い影が羽音を立て、一行に向け襲い掛かって来た。
命が即座に櫻を護るようにその前へ出ると、先頭を行くカタリナは襲い来るソレを僅かな身体の捌きで避けつつランタンを腰に掛け、戦闘態勢に入る。だが
「カタリナ、まだ倒すんじゃないよ。」
「えぇ!?」
櫻の言葉に、カタリナの振り上げた腕が空を切る。
「アイツは魔物かい?」
「あぁ、多分アレはベッツィが魔物化したヤツだ。本来ベッツィは小柄で小動物しか狙わないのに、あのサイズなうえにアタイらを獲物と認識して逃げる様子も無いからね。」
カタリナの言う通り、暗がりに正確な大きさこそ測る事は出来ないが、その大きさは軽く見積もっても櫻の身長に匹敵する横幅だ。適切な説明に櫻は『よし』と頷く。
「グラント、お前さんがアイツに一太刀入れたら、あたし達も討伐に協力する。それまではあたし達は守りに徹したサポートをするから頑張って一撃入れてみな。」
「えぇ!?そんなぁ!?」
突然の櫻の発言にグラントは情けない声を出すが
「ほら、早くしな!あたしらだって耐え続けるのは辛いんだ!」
襲いかかり続ける魔獣を振り払うカタリナを見て声を上げる。
「う…うぅ…。」
剣を持った両手にギュっと力を込めるグラント。
「うわぁぁぁーー!!」
恐怖を打ち消すように大きな声を上げると、洞窟内にその声が響き渡った。
「うわぁー!わぁー!うぁー!」
ヒラヒラと躱す魔獣目掛けてがむしゃらに剣を振り回すグラント。その無軌道な剣の動きに魔獣も攻めるタイミングを計りかねたのか、なかなか襲い掛かって来ない。
余りに埒が明かない状況を見かね、櫻は地面に落ちている石を拾い上げると、魔獣目掛けてそれを投げつけた。すると唐突に飛来する物体に魔獣の気が逸れたか一瞬の隙が生まれ、見事にグラントの剣先が魔獣の足に傷を負わせた。
『キィ!』
僅かな切り傷ではあったが、攻撃のヒットを知らせるような魔獣の鳴き声に櫻が頷くとカタリナが飛び掛かり、羽根を鷲掴みにし、そのまま地面に投げつけるように叩き付けた。
明かりがランタンしか無い状態で闇に紛れるような黒い身体の魔獣。それが地面に落とされやっと全容を知る事が出来たが、それは両羽根を広げると櫻の身長よりも大きな、蝙蝠に似た姿をしていた。
「まんま蝙蝠だね…。」
その姿を目にした櫻が思わず呟く。
「コウモリ?」
「あぁ、いや。気にしないでくれ。独り言だよ。」
アスティアが不思議そうに首を傾げるが、櫻は笑って誤魔化した。
魔獣は地面に叩き付けられた衝撃で脳震盪でも起こしていたのか、身体をピクピクとさせているが未だ息はある。
「ほら、グラント。チャンスだよ?しっかりトドメを刺しな。」
「あ…は、はい!」
櫻に促され剣を逆に持ち直すと、ゴクリと唾を飲み込み力の限りを込めるようにその身体に剣を突き立てた。二度、三度とそれを繰り返すと、魔獣の身体から瘴気が抜ける。
「ふぅ、やっと一匹…しかも小物か…。この先もこんなのしか居なかったら、あたしら何日この町に滞在しなきゃならないか判らないねぇ。」
ハァハァと息を切らすグラントを見て呟く。
「まぁいいじゃないか。報酬は折半って事にしてるし、アタイらの路銀稼ぎにもなるんだ、悪い事ばかりじゃないだろ。」
そう言いながら地面に横たわる魔獣の解体をするカタリナ。
「グラント、トドメを刺す時あれだけ隙だらけだったんだ、もっと狙う場所を選びなよ。首を一撃で落とせば他の部位の素材を高く売る事だって出来るんだ、討伐報酬だけじゃなくそういう処も考えなきゃ駄目だよ。」
「あ、はい。すみません…。」
傷だらけの魔獣の身体を指差され、グラントは申し訳なさげに肩を落とした。
「そう一度に何でも詰め込むもんじゃないさ。今まで農夫をやってた男がこうして剣を振り回す決心をしただけでも大きな覚悟が見て取れる。それで更にこうして戦ったんだ、先ずは褒めるべきだろう?」
見かねて櫻がフォローを挟む。
「まぁ…そうだけどさ。だけどグラント、アンタの剣の扱いは危なっかしいんだよ。ここは洞窟だよ?たまたま天井の高い空間だったから良かったけど、本来あんな振り回し方してたら彼方此方にぶつかって得物は駄目になるし仲間にも危害が及ぶ。相手をしっかり見据えて的確に振り下ろしなよ?」
カタリナの呆れ気味の言葉にグラントは返す言葉も無い。その様子を見ていた櫻は口元に手を添えて少々考えを巡らせた。
「うーん、そうだねぇ…グラント、お前さんは畑仕事が本職だろう?」
「え?あ、はい。」
「だったら鍬や鋤の扱いは得意じゃないかい?」
「…そりゃぁ、一年の半分くらいは振ってますからね…あ。」
何かに気付いたようにグラントは目を大きく開いた。その様子に櫻もウィンクして見せる。
「まぁ、あたしも剣なんて使った事が無いから偉そうに言えた事じゃないけど、応用くらいにはなるだろう?」
「…はいっ!」
櫻のアドバイスにグラントの表情が明るくなる。
「お嬢、畑仕事なんてしたことあるのかい?」
「まぁね。さ、取るもん取ったら先に進もうか。」
意外と言う風なカタリナの言葉に、櫻は多くを語る事は無かった。
魔獣討伐の証としての部位と使えそうな素材を荷物に入れると、洞窟の先を急ぐ。すると更に洞窟の空間が広がって行き、ボーフやバーの魔獣が姿を現すようになって来た。先程と同じようにグラントに一撃を入れさせてからカタリナを主力に魔獣を討伐する。
「ふぅ、今のヤツはアスティアと出会った時に遭遇したのと似てたね。毛色が少し違うが同じ種類かな?」
「そうだね。あれはボーシーって言うんだよ。あの時は驚いたよね~、まさかボクが魔獣を倒すなんて思いもしなかったもん。」
(え…?この娘達も戦えるの!?)
目の前に転がる魔獣の死体を前に懐かしむように語る二人の少女に、グラントは目を丸くするばかりであった。
「…そろそろ荷物もいっぱいになって来たし、今日はこんなモンで町に戻るとしようか。」
櫻とアスティアが抱える袋には様々な素材と魔物討伐の証としての部位がパンパンに詰まり、本来は戦闘要員である命にも少々持たせる程になっていた。
戻り路はカタリナが殿となりながら命が先導、グラントは万が一に備え警戒態勢を取りつつ、無事に出口へと到着する。
「はぁ~、外の空気が美味い!」
抱えていた荷物を一旦地面に下ろし、その場に座り込む櫻。洞窟内では判らなかったが、結構な時間が経っていたようで辺りは夕日に照らされていた。
「お嬢、疲れてるのは解るが、今ここで休んでると森の中はすぐ真っ暗になっちまう。野宿道具は持って来てないから、せめて草原まで戻らないと。」
「分かってるって。命、済まないがこの荷物も持ってくれるかい?」
櫻は傍らに置いた袋をポンと叩く。
「はい、お任せください。アスティアお嬢様のお荷物もお持ち致します。」
「え、ありがとー。」
櫻とアスティアが両手で抱えていた袋を其々片手でひょいと持ち上げる命。見た目からは全く想像出来ない少女達の能力に、グラントは驚きの連続の一日であった。
この処、短い文章が続いていますが、区切りを考えるとどうしてもこうなってしまいます。
どうかご了承ください。




