シャイミー
日が落ち町の至る所に明かりが灯されると、町の表情は一変する。
「それじゃ行ってくるから、ここで大人しくしてなよ。」
櫻の言葉に大人しく頷くミーシャ。一行は其々にミーシャに聞いた自宅と職場の様子を伺いに行く事とし、部屋を出た。
町の中は大通りこそ華やかで清潔感もあるが、一歩路地に入ると雰囲気はガラリと変わり、別の秩序が仕切る世界へと変貌したかのようであった。
櫻は周囲に人の目が無い事を確認すると首筋を露わにする。
「アスティア、血を飲んであたしを運んでくれないか。あの娘の家の周囲を上から調べてみるんだ。」
「うん、解った。」
素直に頷き背後から首筋へ牙を突き立て吸血を行うと、背中に四枚の羽根が姿を現す。そしてそのまま櫻を抱き、空へと舞い上がった。
「話によるとこの辺りの筈だが…。」
ミーシャに聞いた話を元に空から町並みを眺めていると、暗がりに潜んでいるものの、あからさまにとある建物を見張っている様子の男達の姿が見えた。
「サクラ様、アレじゃない?」
「あぁ、多分そうだろうね。」
男達が見張っているのはアパートのように複数の住人が住む賃貸の建物だ。ミーシャから聞いた話とも一致する事からほぼ間違いないが、ダメ押しに櫻が不審な男達に読心を試みる。
「…どうやら間違い無いようだね。あそこがミーシャの家で、あの連中は予想通りあの娘が戻って来ないか見張っているようだね。既に家捜しも済んでるようだ…。」
(それにしても…あの娘、なかなか強かだねぇ。)
「アスティア、一旦宿に戻ろう。」
「もういいの?」
「あぁ、取り敢えず家の周りに見張りが居る事が確認出来た。これ以上はあの娘の口から真実を語って貰わない事には協力しかねるからね。」
「?うん、それじゃ戻るね。」
櫻の言葉に首を傾げながらアスティアはスイと方向を変え、宿へと引き返す。夜の町は賑わい、しかし誰も空を見る者など居ない。二人だけの世界をもう少しだけ満喫したかったアスティアは少々残念に思うのだった。
人目を避けて宿の傍の路地に降り立ち、羽根を消すとそのまま正面入り口から宿へ戻る。
部屋へ戻るとミーシャが窓を避けるように部屋の隅に身を縮めていた。
「ただいま。カタリナ達はまだ戻ってないようだね。」
「えぇ…というより貴女達が早いのよ。ちゃんと確認して来たの?」
部屋の隅から動こうとはしないものの、芯が強いのか口はよく動く。
「あぁ。ちゃんと確認して来たよ。数人の男がお前さんの家を見張ってた。接触はしなかったがね。」
「そう…。」
櫻の言葉にミーシャは自らの肩を抱き締める。櫻とアスティアがそんな様子を横目にベッドに腰掛けると、部屋の扉が開きカタリナと命が入って来た。
「あれ、お嬢達はもう戻ってたのか。」
「お帰り。どうだった?」
「あぁ、ミーシャに聞いた店の場所に行ってみたんだが、閉店したような感じで商売はしてなかったね。」
カタリナも櫻達と向き合うように隣のベッドへ腰かける。命は櫻の傍へ寄り添うように立っていた。
「それよりもミコトが大変でね。色町の客の男どもに声をかけられたら突然腕を捻り上げるもんだから騒ぎになる処だったよ。」
やれやれと小さく首を振るカタリナ。
「私はご主人様のモノです。あのような男に許す身体はありません。」
ツンとした表情で迷いなく言い放つその様子にミーシャは呆気にとられたような顔を見せた。
「貴女達ってやっぱりそういう関係なの?」
「…もうどうとでも受け取ってくれ…。」
櫻はそう言って観念した顔で頬杖をついた。
「それよりも…だ。ミーシャ?お前さん、あたしらに隠し事をしているね?」
唐突に櫻の声が変わる。その豹変ぶりにミーシャが一瞬ビクっと身体を強張らせるが
「…何の事?」
と直ぐに平然とした顔で白を切る。そこは客商売をしてきただけあってか、動揺する様子は全く見られなかった。
「まぁ素性も判らない旅人に全部正直に話すなんてのは流石に不用心過ぎるがね。せめて信用くらいはして欲しいかな?シャイミー。」
「…どうしてその名前を!?貴女、アイツらから何か聞いたわね!?まさかアタシを売る気!?」
櫻の言葉にミーシャはガタリと音を立て立ち上がると身構えた。
「そんな事はしてないよ。だいたい、あんな連中に接触なんてしたらコッチが何をされるか解ったもんじゃない。あたしはね、人の頭の中を覗く事が出来るのさ。」
「…何言ってんの?」
ミーシャは櫻の言葉を信じる事が出来ないように眉を顰めると、頭のおかしい者でも見るかのような目で櫻を見る。
「まぁ普通は信じないわな。」
カタリナがそんなミーシャの傍に近付くと、身構えるミーシャを軽く羽交い絞めするように押さえ、先程までカタリナが座っていた場所に再び、今度はミーシャを膝に乗せるような形で櫻と対面に座る。
「ちょっと!何するの!?」
大声で暴れようとするミーシャであったがカタリナの拘束は見た目以上にガッチリとその身を押さえ、足をバタつかせるのが精一杯。
「おいおい、宿なんだぞ?他の客の迷惑になるし、そんなに大声を出したらオマエを探してる連中に見つかるぜ?」
ミーシャの耳元で囁くようにカタリナが語り掛けると、その耳にかかる息にミーシャは思わず身震いをする。
「さて、あたしとしては出来れば自分の口から本当の事を言って欲しい処なんだが…どうだい、悪いようにはしないよ?お前さんだってこのまま逃げ回ってて事態が好転するとは思ってないんだろう?」
ミーシャの目をジっと見つめる櫻。
「サクラ様、前から思ってたけど、どうして心を読まないの?そうすれば知りたい事なんてすぐ判るのに。」
ここぞとばかりに櫻に横から抱き着きながらアスティアが疑問を口にする。
「誰だって他人に知られたく無い事や言いたくない事はあるだろう?それを必要もなく本人の気持ちを無視して知るのは、あたし自身も気持ちいい物じゃないんだよ。だから本当に必要な時以外にはなるべく相手の意思を尊重したいのさ。」
アスティアの髪を撫でながら諭すように語る。
「だけどソレも時と場合さ。勝手に首を突っ込んだようなものだが、こうして匿った以上は知らん顔も出来ん。出来る事ならこの件を片付けてから旅を続けたいんでね、お前さんにも積極的に協力して欲しいんだよ。」
櫻の眼差しが再びミーシャを強く射抜いた。その視線から本気を感じたミーシャはたじろぐ。
「ふぅん…分かったわ、そこまで言うなら今アタシが考えてる事を当ててごらんなさい?そしたら取り敢えず貴女の言う事を信じてあげていいわ。」
そう言ってツンと顔を背けた。
(ま、大抵のヤツがそういう反応になるわな。)
今まで出会って来た人物の大半の反応を思い返し思わず笑みが零れる。
「それじゃ同意を得られた事だし、遠慮無く読ませてもらうよ。」
言うが早いか思考を読んだ櫻はスッと立ち上がるとミーシャの耳元に口を寄せ、何やらボソボソと呟く。すると途端にミーシャの顔が赤く染まり、目は大きく見開かれた。
「おや?こっちじゃなかったかな?」
にんまりと笑みを浮かべる櫻。
「…正解よ…分かった、取り敢えず信じてあげるわ。」
ミーシャは目を逸らすと唇を尖らせながら、渋々というように櫻達に協力の姿勢を示すのだった。その様子にカタリナが声を殺して笑う。
「何がおかしいの?」
ミーシャは少し頬を膨らませ、ムっとしたように尋ねる。
「いや、アタイもお嬢と会った時に同じようなやり取りしたなと思ってね。」
まだ出会って半月も経っていないのに、妙に懐かしさを覚えるのだった。
「それで、先ずは何から話してくれるんだい?」
「…取り敢えず、アタシの名前は確かに『シャイミー』だけど、店では『ミーシャ』で通ってるの、そこは騙してたって言うより、どっちもアタシの名前だと思ってるからそう名乗っただけって解って欲しいわ。」
「あぁ、解った。」
「それで、店を乗っ取られたって言う話なんだけど…本当はまだ乗っ取られては居ないんだ。その店はアタシのお母さんがオーナーの店なのよ。」
そこから語られたミーシャの話はこうだ。
ミーシャの母『シェルミー』に対し強い執着を持っている同業店のオーナー『ドンパ』という男が、シェルミーの全てを手に入れる為に裏で色々と画策をし、シェルミーの資産の殆どを手に入れた。だがシェルミーの最大の資産である娼館の土地と建物の権利書はミーシャに預け、シェルミーですらその所在は解らなかった為に、ドンパはシェルミーを人質に取り権利書との交換条件を突き付けて来たという。
「だけどお母さんは『自分はどうなってもいいから権利書は渡しちゃ駄目』と言ってアタシを逃がしたの。アレはアタシがこれから先生きて行く為に必要なものだからって…。」
カタリナの膝の上で俯きながら、その拳をグッと握りしめる。
「お母さん、男性恐怖症なの…今頃どんなに怖い目に遭っているかと思うと…。お願い、お母さんを助けるのに手を貸して…。」
ミーシャの声が震える。するとその頭にポンと大きな手が置かれた。
「大丈夫さ、権利書はまだ手元にあるんだろう?だったらアンタの母さんを取り返せれば一先ずの足枷は無くなる。」
カタリナがさも簡単に言い放つと
「取り返せればって、それがどれだけ難しいか解って言ってるの?何処に捕らわれてるかも判らないし、それにドンパの手駒は屈強な男達なのよ?」
そう言ってミーシャはまた少し荒ぶる。カタリナはそんなミーシャを後ろから包み込むように抱き締めると
「まぁまぁ。居場所なんてお嬢にかかれば簡単に割れるさ。それにアタイ達だって結構強いんだよ?そこらの男に遅れは取らないさ。なぁミコト?」
と、命に向けウィンクをして見せる。
「はい。ただの人相手に敗北する要素はありません。」
命もハッキリと口にする。
「まぁ暴れるかどうかは別としても、カタリナも命も強いってのは保証するよ。その点は安心しておくれ。」
最後の一押しとばかりに櫻が保証を口にすると、ミーシャは一つ大きく深呼吸をし落ち着きを取り戻した。
「さて、取り敢えず今日の所は食事を取って寝ちまおう。明日の朝から行動開始と行こうじゃないか。」
櫻の言葉に皆が頷き、櫻一行は一度部屋を出ると大通りへ繰り出し、適当な食事を買い込み部屋へ戻る。何かの肉の串焼きや、何らかの穀物の粉を生地状に加工した物に色々挟んだ食品等、料理名や材料は不明ながら美味そうな物を適当にチョイスして来た。
櫻とカタリナ、そしてミーシャでそれらを分け合い晩の食事を済ませる。
「ねぇ、貴女達、何も食べてないけど本当に要らないの?」
食事の光景を眺めているだけのアスティアと命にミーシャが心配になり声をかける。
「うん、ボクは後でサクラ様から貰うから平気だよ。」
「私もご主人様に頂きますので、お気になさらず。」
二人の言葉に櫻をチラリと見るが、食事に夢中になっている子供にしか見えないその姿にミーシャは首を傾げるしか無かった。
食事を終え、宿の水場で口を濯ぐと部屋へ戻り、櫻とアスティアが衣服を脱ぎ全裸になる。
「え?貴女達、何してるの?」
ミーシャが驚きの声を上げた。
「ん?あぁ、あたしは寝る時は素っ裸じゃないと寝付きが悪くてね。」
「ボクもサクラ様と寝る時は裸じゃないと嫌なんだ。」
二人の言葉にポカンと口を開ける。
「ベッドが二つの部屋だから、済まないがお前さんはカタリナと一緒に寝てくれ。」
櫻がそう言うとミーシャはカタリナを振り向き、その視線が合うと途端に顔が熱くなるのを自覚した。
「まぁちょっと狭いかもしれないけど、我慢してくれよ。」
カタリナがそう言って笑う。
「まぁ、匿って貰ってる訳だし?文句は無いわよ。」
そう言いカタリナの隣に身を横たえる。しかし今まで沢山の女性と身体を重ね、様々な行為をして来たミーシャであったが、カタリナと共に寝るというだけで何故か鼓動が高まるのだった。




