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トーチュ

 一晩が明けると櫻とアスティア、そしてミーシャがテントから姿を現した。

 テントの中はそこまで広くない為にカタリナは万が一のミーシャへの追っ手対策も兼ねて外で寝る事とし、(みこと)が火の番をしていたのだった。

 カタリナによって朝食が用意されると、定番の乾物入りスープが櫻とミーシャに手渡される。

「…そこの二人は食べないの?」

 アスティアと命を不思議そうな目で見るミーシャ。

「あぁ、その二人は訳ありでね。あまり気にしないでくれると助かるよ。」

 ヴァンパイアのアスティアは兎も角、人造人間の命に関しては説明が面倒な事になりかねないと危惧した櫻によって一同に口を(つぐ)むようにと(あらかじ)め伝えてあった。

 そんな一同の様子に何か訳ありかと勘ぐるミーシャであったが、そもそもこんな若い女四人だけで旅をする連中がまともな訳も無いと深く追求する事は控える事とした。

「ご馳走様。」

 一晩休む事で疲れが抜けた身体に温かいスープが安らぎをもたらしたのか、ミーシャの表情は落ち着き、夜の闇の中ではハッキリと判らなかった可愛らしい顔立ちも穏やかになる。

(これだけ可愛い容姿なら身売りなぞせんでも嫁の貰い手だって引く手数多だろうに…女専門とは言え進んで水商売の道に入るとは…。)

 スープを飲み干しながら櫻はそんな事を考えていた。


 食事を終えると皆で手分けをしてテントを片付けキャンプ跡を始末する。

「さて、それじゃ早速出発するか。カタリナ、次の町まではもう少しなんだろう?」

「あぁ。半日足らず歩けば余裕で到着する筈さ。」

 その言葉にミーシャがぴくりと身体を震わせる。

 旅路は拍子抜けする程に順調で、その日も何もトラブルは無く、太陽が天辺に差し掛かる頃にはトーチュの町の入り口が見えて来た。町は煉瓦(れんが)造りの(へい)で仕切られており、妙な物々しさを感じる。

「何だい、随分と窮屈そうな町だね?」

 優に三階建ての建物程の高さにも達しようというその壁を見上げて櫻が呟く。

 カオディスやトツマも塀を持つ町ではあったものの、それはとってつけたような木製のものであった。しかしこのトーチュの町の重厚な塀は外部からの防備と言うよりも、中から人を出さないようにしている風に感じられた。

「この町は歓楽街が隠れた名物なの。そこにはアタシみたいに進んで入った女以外にも、売り飛ばされた()(さら)われて来た()も居てね、そういう()を逃がさないようにしてるのよ。」

 ミーシャがカタリナの背に隠れるように言う。

「よくそんな所から逃げ出して来たね?」

「アタシは元々逃げる必要なんて無かったから、周りの連中もそこまで警戒してなかったのよ。でも今はきっとアタシを探してる筈…。」

 明らかに怯えているミーシャ。

「なぁ、何故そんなに怯えているんだい?たかだか店から逃げ出した程度で…。」

 櫻は素直に疑問をぶつけようとする。しかしその口元に手を差し出し言葉を遮ったのはカタリナだ。そしてそのまま櫻に耳打ちするように顔を近付ける。

「お嬢、こういう色町(いろまち)で働くってのはね、その店の『商品』…つまり『所有物』になるって事なんだ。それが店の意に反して勝手に逃げ出したとなれば、見つかって連れ戻されればどうなるか判ったもんじゃないんだよ。」

(成程…店を乗っ取ったって言う新しいオーナーがどんな奴かって事か。)

『ふむ』と鼻を鳴らし腕を組む。

「そうだね…カタリナ、お前さんの外套をこの()に貸してやってくれないか?それで取り敢えず町の宿を取ってそこで先の事を考えよう。」

「はいよ。ちょっと待ってな。」

 櫻の言葉を受けてカタリナが荷物の中から自身の外套を取り出し、そのままミーシャの肩へふわりと掛けフードを深めに被せると、頭に軽くぽんと手を添えた。

「心配すんなって。お嬢が何とかするさ。」

「何とかって…あんな小さい子に何が出来るのよ…。」

「まぁお嬢一人じゃ頼りないけどな、アタイらだって居るんだから少しは頼りにしてくれよ。」

 カタリナがニシシと笑うと、ミーシャは肩に掛かった外套をギュっと握りしめた。

「取り敢えず…そうだな。カタリナ、ちょっとこっちに来てくれないか?」

 櫻が周囲をきょろきょろと見まわした後に人目につかない適当な木陰を見つけカタリナに手招きをする。

「何だい?」

 櫻の元へ歩み寄るカタリナ。

「お前さんならあたしの肉の力があればあの()を抱えてこの(へい)を飛び越える事が出来るだろう?入口があそこしか無いんじゃ待ち伏せは必至だろうからね。」

 いつもならば朝にカタリナ用の水筒を用意していた処なのだが、生憎今朝はミーシャが居た為に用意する事が出来ずにいた。

「あぁ、そういう事か。いいよ。それで、アスティアは呼ばなくて良かったのかい?」

「余りぞろぞろと引き連れてもあの()の不信を買うだけだからね…痛みは仕方ない。ただ服が汚れると目立つから今回は腕の肉にしとくれ。」

「あいよ。一気にバリっと行くから血が噴き出す前に治してくれよ?」

 カタリナの恐ろしい言葉にゴクリと唾を飲み込みつつ櫻が覚悟の頷きをし、細い腕を差し出した。

「それじゃ遠慮無く…。」

 その言葉から間髪入れずに櫻の腕にカタリナの牙が突き刺さり、言葉通り無遠慮にブチブチと音を立てて肉の繊維が千切れると口の形に(えぐ)れた。

 余りの事に収縮した血管は血を噴き出す事をせず、その隙に櫻は超回復によって失った部分を復活させる。しかしその痛み自体は当然ズキズキと残り、櫻の目には涙が溜まっていた。

「お嬢、大丈夫かい?」

「自分で言い出した事だし問題無いがね、流石にこれ程の痛みに慣れる事は難しいねぇ。」

 苦笑いを浮かべ、傷跡など何処にも無い腕にふーふーと息を吹きかける。

「まぁそんな事より、あたしの力がある内にあの()を町の中に。あたしらは大通りをのんびり歩いてるから、適当な所に匿ったら合流しておくれ。それから宿を探そう。」

「あぁ、解った。それじゃちょいと行ってくるよ。」

 早速カタリナはミーシャの傍まで行くと、何やら二言三言のやり取りの内にミーシャを肩に担ぎ上げ、町を囲う塀沿いに物凄い勢いで移動したかと思うと、木々の頭上に飛び上がる姿が見えそのまま町の中へと消えて行った。その時ミーシャのか細い悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが、櫻は余り気にしない事にした。

「さてと、あたしらも町に入るとしようか。」

 櫻がアスティア達の元に戻ると、カタリナ達を茫然と見送った二人も何となく状況を理解し櫻の後に続く。入口に立つ番兵は若い女と少女二人という異質な旅人に少々の不審の目を向けるものの、この町の娼館に奉公にでも来たのだろうとすんなり通行を許可したのだった。


 門を抜け町の中へ入ると大通りが綺麗に真っ直ぐ延び、恐らく中央広場であろう場所まで見通し良く視界に入る。

「ほ~、こりゃ凄いな。余程計画的に作られた町なんだねぇ。」

 北に真っ直ぐ延びる大通りを周囲の景色を堪能しながら歩いていると、途中の建物の隙間からカタリナが姿を現し、櫻の姿を確認すると小走りに駆け寄ってきた。

「お、お疲れさん。首尾は?」

「あぁ、あの上に置いて来た。あそこなら誰も見つける事は出来ないだろう?」

 そう言って指差したのは、町の西側奥に立ち並ぶ高級住宅街のような場所の中でも一番背の高い家の屋根の上。

「ま、あまり長く置いておくのも可哀想だし、早く宿を取って迎えに行ってやらないとだけどな。」

 まるで悪戯に成功した悪ガキのようにヘラっと笑うカタリナ。

「まぁそうだね。あたしらも久々に屋根の下で休みたいし、早速宿を探すとしようか。」

 そうして()ずは中央の広場まで足を運ぶ。どうやらこの町は中央広場から大通りが米の字のように八方へ分かれる形でほぼ円形に構成された大き目の町のようだ。そして主に西側が住宅地、東側が商業地区となっている様子。

「凄いね~、こんな大きい町初めて。」

 アスティアがくるくると回りながら周囲の景色を楽しむ。

「ここはトツマと、次の町のアイディの間にある事から結構人が滞在する町なんだ。だから結構発展してるし歓楽街や色町もあるんだよ。」

「へぇ…それじゃあのミーシャって()はそこで働いていたのか。それで宿屋はどっち側になるんだい?」

「ここから東に行って…多分大通り沿いにあるだろうね。」

 カタリナが指差す方向を櫻も目で追うと、確かに東に延びる大通り沿いには色々な看板が掲げられた建物が立ち並ぶ。

「それじゃカタリナ、何処か適当な宿屋を見繕っておくれ。」

「あいよ。」

 相変わらず文字の読めない櫻はカタリナに丸投げするのだった。


 手頃な値段の宿屋を見繕った一行が二階に部屋を借りると、櫻は早速血の水筒を用意しカタリナに手渡す。カタリナはソレを三分の一程飲み干すと窓から屋根へと出た。周囲は既に夕方へ差し掛かって来ており町の中を行き交う人々は多いが、忙しなく歩くその中で屋根の上に注意を払う者などそうそう居るものでは無い。カタリナは悠々と屋根の上を飛び移り富裕層エリアまでミーシャを迎えに行った。

「よ、お待たせ。」

 屋根の上に置き去りにされ風に吹き曝されていたミーシャは、目の前に現れたカタリナの姿を見て表情をパッと明るくしたかと思うと、すぐにその頬を膨らませて不機嫌になった。

「ちょっと、こんな所に置き去りにして酷いじゃない!このまま貴女(あなた)が戻らなかったらアタシここで野垂れ死ぬか落ちて死ぬしか無かったのよ!?」

「そんな大げさな…ちゃんと迎えに来るって言っておいただろう?それに実際迎えに来たんだ、それでいいじゃないか。」

「置き去りにされた者の事を考えなさいって言ってるの!もう、いいわよ!早く下ろしてちょうだい!」

 プンプンと頬を膨らませながらミーシャが両手を差し出す。

「はいはい、言われなくても。そんなに膨れるなよ、折角の可愛い顔が台無しだよ?」

 カタリナは呆れて頭を掻きつつミーシャの背に手を回すと背中と(ひかがみ)に腕を添え持ち上げる。

「ひぇ!?」

 お姫様の如く抱き上げられたミーシャが思わず間の抜けた声を上げると、その驚きも一瞬で消え去るようにカタリナが飛び上がり屋根の上をヒョイヒョイと渡り出した。

 ミーシャはその恐怖に思わずカタリナの首に腕を回してしがみ付く。

「ははっ、怖いのか?落としゃしないから安心して掴まってな。」

 余りに豪快なカタリナの行動に唖然としつつ、その言葉に素直に従い腕に強く力を込めるとその胸元に顔を伏せるミーシャだった。


 無事に宿の屋根までミーシャを運んで来たカタリナは周囲を警戒しつつ先にミーシャを部屋の中へ入れ、その後に自らも屋根の上からヒラリと部屋の中へ入り込んだ。

「お疲れさん。」

「お帰りカタリナ。」

「お帰りなさいませ。」

 三者三葉の迎えの言葉に片手を小さく上げて応えるカタリナ。

「で、連れて来たは良いけどコレからどうするんだい?」

「あぁ、まずは…。」

 部屋の中、5人は顔を突き合わせこれからの事を話し合う。そうして()ずはミーシャの家の状況確認、それと色町の様子を探る事とし、櫻とアスティア、カタリナと命に分かれ、日が落ちてから行動する事とした。

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