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異形の影

 町を散策しながら道行く人に手頃な食堂が無いか聞くと、安く済ませられる店を紹介してもらう事が出来た。

 店内の雰囲気も良く、大賑わいという程では無いものの昼間からそれなりの客が入っている健全な経営状態の店だ。厨房からは食欲をそそる良い香りが漂い、木の温もりを感じるような建物自体が安心感を与えてくれた。

 カタリナは相変わらずの肉メインの食事を、櫻はアスティアに選んでもらった野菜中心の食事を頼む。

「そういえばカタリナ、さっき『二人の娘を持つ母親になった気分』と言っていたが、お前さんは使徒にならなかったら将来は良い人を見つけて家庭を持ちたかったりしたのかい?」

 少し遠慮がちに櫻が言う。

「ん?何だい藪から棒に?まぁそうだねぇ…好きな人を見つけて結婚ってのは考えなくも無かったけど、アタイは結婚するなら相手は女だろうからどの道子供は望めなかったし、今の状態も悪く無いと思ってるよ?」

(ん?)

「ふーん、カタリナ、ソッチなんだ。」

(んん?)

「あぁ、男に股を開くなんて考えただけで全身に(さぶ)イボが出るからね。」

(んんん~?)

 カタリナとアスティアの会話に櫻の眉間に皺が寄る。

(何だ?今の会話は…カタリナもアスティアも、さも当たり前のように言っていたが…。)

 困惑する櫻。その心境が表情に現れていたのかアスティアが覗き込むと

「サクラ様、どうかしたの?」

 と心配そうに声を掛けて来た。

「ん、いや。ちょっとな?少し考え事をするからアスティアはカタリナと話でもしててくれないか。」

「?うん、解った。」

 素直なアスティアは頷き、カタリナと結婚観の話に花を咲かせる。

《ファイアリス、今いいかい?》

《あらサクラ、貴女から話しかけてくるなんて久しぶりねぇ。嬉しいわ。》

《ご無沙汰してて済まんね。それでちょいと聞きたいんだが…この惑星(ほし)の人類は同性婚が普通なのか?》

《…?…あぁ!突然何を言い出すのかと思ったら、そう…貴女の元居た世界では余り無い事なのよね。》

《うん、全く無いという訳では無いんだが、やはり特別な目で見られるのが常だったね。だが今ちょっとした話題に結婚の話が上ってね、さも当たり前のように相手に同性を選んだもんだから驚いちまった。あたしの元居た世界じゃこういう事に余り深く言及するのもタブーな空気があったし、直接聞くのも悪いかと思ってお前さんに声をかけたんだが…。》

《全然構わないわよ。そうね~、今ざっと見てみたけど婚姻の割り合いは異性婚が人類の約45%、男性同士が約20%で、残りの約35%が女性同士という感じね。同性婚は私の世界じゃそれ程珍しいものじゃないわよ。》

《だがこの世界でも子供を作るには男女の目合(まぐわ)いが必要だろう?別に同性婚を悪く言うつもりも偏見の目で見るつもりも無いが、種の保存という観点からお前さんはどう見てるんだい?》

《あら、それは大丈夫よ。種っていうのは案外自然と数を一定数保つように出来てるものでね?何か外的要因によって淘汰されるんでなければ自然減というのは殆ど起きないの。だから45%の異性婚者が種を繋いで行くわ。何も心配要らないわよ。それでももし貴女がそれを否定したいなら、人類の神として粛清の対象にしても良いのよ?》

《何を物騒な事を…あたしは単にこの世界での常識を知りたかっただけで同性愛を否定なんてしないよ。》

《そう?それを聞いて安心したわ。うふふ…。》

《まぁ聞きたい事はそれだけだ。手間をかけた。済まないね。》

《いいのよ~。また何かあったら声をかけてね♪》

《あぁ。それじゃまた。》

 頭の中での会話を終えると、視界には入っていたが意識の向いていなかったカタリナに焦点を当てる。

(なるほどねぇ。それが当たり前なら(なに)(はばか)る事無く自分の好きを自信を持って言えるって訳だ。だが番兵やらと話をしている時も特に男を嫌悪するような様子は無かったし、単に恋愛対象と見れないというだけなのかね。)

 この世界の常識をまた一つ学んだ櫻は、運ばれてきた料理を黙々と食べながら

(自分の中の常識に捕らわれてちゃいけないねぇ。)

 と改めて自身に言い聞かせるのだった。


 食事を終え一旦宿屋に戻ると仮眠を取り、日が完全に沈んでから宿を出る。森を切り開いて作られた町の中では流石に月明かりもあれば至る所に篝火(かがりび)も立てられ歩くにも困らない。しかし門を一歩出るとその先は再び森の闇が広がる。

「さて、例の怪しい連中を探すにしても、相手が旅人の失踪に関わっているとすれば下手に此方(こちら)が見つかるのもマズい。ケセランの得た情報では町の北側の、街道から東側の森の中で例の不審な連中が見られたという事だが、如何せん範囲が広い。今晩だけで何か手がかりが見つかる可能性はあまり無いという事は言っておく。」

「それはまぁそうだろうね。そんな簡単に見つかるなら自警団の連中がとっくに見つけててもおかしくない。」

「でもそれじゃぁどうするの?」

 櫻は鬱蒼と茂る木々を見上げ指を指し

「どの道不審者達が旅人を狙うなら街道の(そば)に姿を現す事になる。なら此方(こちら)も街道沿いが長く見えるポイントへ行き、木の上からソイツらが出て来るのを待ち構えてみる。アスティア、何処かそういうポイントを探してくれないか。」

 と作戦を説明。

「うん、任せて!」

 アスティアは櫻の言葉を受けて羽根を出すと街道沿いに手頃なポイントと、人が乗れそうな枝を探す。

 程なくして戻って来たアスティアの誘導に従い一本の木の上に登り、暗闇の中を息を殺し各々が背を預けるように三方に森の中へ意識を集中した。


 暗闇の中に目を凝らす内に徐々に夜目が利くようになってきた頃。

「なぁお嬢、もし今晩その不審者が見つかったらどうする?」

 視線はそのままに小声でカタリナが話し掛けて来る。

「そいつは相手の状態次第だが、目の前で被害が出ない限りは取り敢えず様子見だね。恐らくそう遠くない場所に隠れ家のような物があると予想出来るし、そこを突き止めたいというのもある。」

「ふぅん…で、その怪しい人影があっちに見えるんだがね?」

「それを先に言っておくれよ。」

 呆れながら『どれどれ』とカタリナの向く方へ身体の向きを変えると、カタリナは小さく手を動かし控えめに指を指し方角を示した。そこには確かに茂みの中に蠢く何かがあるのが判るものの、その姿形までは判別が付かない。

(う~ん、向こうも照明になるような物は持っていないのか…人攫いなら奇襲が基本だろうし、目立つ事はしないのが当然とも言えるな。)

 そんな事を考えつつ、櫻はその影に対し読心を試みる。相手の素性や目的、この近辺で活動する為の拠点の位置を知る為だ。だがその櫻の思惑は大きく外れる事になる。

(…!?心が読めない…!?)

 先程よりも街道に近付き、3体の人影として判別出来る程の距離に居るその者らから、全く心や思考が読み取れないのだ。慌てて櫻はアスティアとカタリナの読心を試してみると、二人の思考は今まで通りに読み取る事が出来る。櫻の能力が喪失した訳では無い。

(馬鹿な、思考が読めないのは神くらいじゃないのか…?)

 困惑と同時に可能性を考える。すると一つの仮説が生まれた。余りに馬鹿馬鹿しい結論であったがそれならば説明が付くというその説。

(まさか、何も考えてない…?)

 その考えが脳裏を過ぎったその時、その人影が木々の隙間から差し込む(わず)かな月明かりに照らされ姿を顕にした。

 その姿に、樹上に姿を隠していた三人が揃って息を呑む。

(何だ…あれは…。)

 月明かりで薄らと見えたソレは、人の形をした何か。衣服は身に着けておらず、(あらわ)になったその身体は所々の肉が腐り骨が露出している箇所まである。正に『動く死体』という他無いモノであった。

 動作自体は生きている人より多少緩慢な程度で、櫻の知るゾンビ映画のようなノソノソとした動きではない。それどころか何かの目的に沿って行動しているようにすら見える。それが証拠に街道付近に来たソレらは獲物を待ち構えるように街道脇の茂みに身を(かが)め姿を隠したのだ。

 しかもその隠れた位置が櫻達の乗る木の下辺りなものだから櫻達も身動きが取れない。街道に注視しているようで頭上の櫻達の存在に気付いては居ないものの、息を殺し、そのモノ達が次のアクションを起こすのを待つ事となった。

 だが『それら』は微動だにせず只管(ひたすら)獲物を待ち続ける。長い夜の闇の中、櫻達の緊張も限界に達しようとした時、朝を告げる野生の刻鳥の鳴き声が森の何処かから聞こえてきた。

 するとそれを合図にでもしていたかのように茂みの中の『それら』はすっくと立ち上がると、機械のように揃って回れ右をして森の奥へ入って行ってしまった。

「お嬢、どうする?」

 小声でのカタリナの質問に

「後を尾行(つけ)たい処ではあるが…流石にこれだけ木々が生い茂っていると葉擦れの音ですぐに勘付かれてしまうな…。」

 と少々悩んだ櫻であったが、

《そうだ、ケセラン。お前さん、アイツらの後を尾行(つけ)て『巣』を突き止めて来てくれないかい?入り口を見つけたら中までは入らず戻って来て、後であたしらを案内しておくれよ。》

 頭の上にすっかり居着いたケセランに声を飛ばす。

《うん、いいよ~。》

 二つ返事で答えが返ってくると、櫻達が木から下りる間も無くその頭の上から地面に向かい飛び降りた。

 ファサっと軽やかに地面に下りると、連中の匂いが判るのか藪の中へぴょんぴょんと姿を消すケセラン。

「ケセラン行っちゃったよ?」

 アスティアが不安そうに言うが

「あぁ、あたしが追跡を頼んだんだ。上手くやってくれる事を祈るのみだが、駄目だったら駄目だった時で考えればいいさね。」

 と言って不審者が去った方角を見つめる。

「取り敢えずもう木の上に居る必要も無いだろうから下りるとしようか。」

「そうだね。サクラ様、ボクに掴まって。」

 アスティアが両手を広げて櫻を迎えると、櫻もその腕の中へ素直に収まりアスティアの首に両腕を回す。

 アスティアに抱き抱えられ地面に下りると森の木々の天辺を朝日が照らし始めたのが見えた。

「夜にしか行動出来ないのか、それともそう指示されているのか…ともあれまさか本物のゾンビを目にする事になるとはねぇ…。」

「『ゾンビ』?サクラ様、アレが何か知ってるの?」

 櫻の言葉にアスティアと、カタリナも興味深げに耳を傾ける。

「あ~、アレがあたしの知ってるモノと同じかは解らないが、あたしの故郷ではああいった『動く死体』の事を『ゾンビ』と呼んでいたんだ。因みに骨だけになったヤツは『スケルトン』と言うが、ソレまで実際に居るかは流石にまだ解らんね。」

「へぇ…アタイはこの大陸に関して少しは物を知ってるつもりだったけど、そんなの聞いた事も無いや。」

「ボクは元々カムナルの島から出た事が無いからそんな話初めて聞いたなぁ。」

「あたしだって実際にお目にかかるのは始めてさ。」

(と言うか…二人の反応からして、この世界でも異質なモノのようだね…。後でファイアリスに聞いてみるか?)

 街道の真ん中に立ち、森の中から聞こえる様々な鳴き声や音に耳を傾けていると、藪の中からころころと転がり出て来る真っ白い毛玉が一つ。ケセランだ。

「あ、戻って来たよ。」

「ところでコイツは何で転がって来たんだい?」

「さぁ?それは聞いてみれば解るだろう。」

 櫻はしゃがみこみケセランを拾い上げる。

《おかえり。アイツらの巣は見つかったかい?》

《うん。あったけどなくなった。》

《…ん?どういう事だい?》

《『す』があったんだけど、いわがうごいてなくなっちゃったの。》

(ん~…つまりカムフラージュされていて入り口が判らないって事か?となると益々裏で糸を引いてるヤツが居るねぇ。)

《うん、ありがとう。済まないがもう一度、今度はあたし達をそこまで案内してくれないか。》

《いいよ~。》

 ケセランは櫻の手から飛び降りると、再びころころと転がり始めた。

《その転がるのは何をしてるんだい?》

《ごはんのあと、こうするとおなからくなの。》

《ご飯って、途中で食事をして来たのか…。》

《うん。》

(そういえば最初に会った時も食事の後は藪の中から転がって来てたな。この種族の消化法とかそういうものなのかね?そもそもどういう身体の形をしてるのかもさっぱり解らんが…まぁ気にする事でも無いか。)

 そんな事を考えつつ、転がり藪の中を突き進むケセランを見失わないように櫻達が後に続くと、櫻の身長の二倍程の高さの壁のような小さな切り立った崖が現れ、その崖を伝って少し歩くと巨大な岩が姿を見せた。

《この岩が、その動いた岩かい?》

《うん、これ~。》

 案内の役目を終えたケセランは、ぴょんと一飛びで櫻の頭の上に飛び乗り、のそりと身体を休める。

「ふん…確かに一見すると入り口には見えないね。」

 岩は随分昔からこの場に有る物のようで苔むしており、周囲の景色に溶け込み不自然さは見当たらない。周囲を見てみるも動かした形跡は発見出来なかった。

(カタリナに血を飲ませれば多分この岩くらいなら除ける事が出来るだろうが…今何の考えも無く入り口を開けて中からゾンビが大量に出てきたりしたら嫌だしねぇ…。)

 穴の中からワラワラと出て来るゾンビの群れを想像して思わず身震いする櫻。

「サクラ様、どうしたの?」

 アスティアが櫻の顔を覗き込む。

「ん?どうやらここがゾンビの巣のようなんだが、どうしようかと思ってねぇ。そうだアスティア、取り敢えずここから真上に出て町との位置関係を見ておいてくれないか?」

「うん、任せて。」

 アスティアが羽根を出して空へ飛び立つ。

「カタリナ、この岩をどかす事は出来そうかい?」

 カタリナの身の丈程の高さに分厚く幅広な岩をポンと叩く。

「ん~?どうかな?やってみないと判らないね。」

 カタリナは肩をぐるぐると回し岩に近付くと、両手を添えて一気に両足に力を込め全身の力を岩にぶつけた。しかし岩はまるでビクともしない。

「…この岩、おかしいね。」

 カタリナはその感触に違和感を覚え身を離すと腕を組んで考え込んだ。

「おかしいとは?」

「アタイも流石にどかす事は出来ないと思ってたが、少し揺するくらいは出来ると踏んでたんだ。だけどコレはまるで自分からこの場に座り込んでるみたいに微動だにしない。それ処かアタイの力に対抗しようとする感じすらあった。」

「ふぅん…やっぱりここが入り口って線で良さそうだね。しかしカタリナの力で除けられないとなると…。」

 櫻が次の手を考えようと顎に手を当てると

「ちょっと待ってくれよ。お嬢の血の力があれば、こんな岩くらいアタイが退()けて見せるって!」

 自分の力が低く見られたと思ったのか、カタリナが慌てる。

 そんなカタリナの姿に思わず櫻が吹き出してしまうが、

「いや、それはそうだろうけどね。恐らくそこまでしっかり閉じてある入り口を強引に開けたら中に居る奴に気付かれちまう。ゾンビがどれくらい居るかも判らないのに総力戦は避けたいからね。」

 とカタリナを落ち着かせた。

「サクラ様、見てきたよ~。」

 空からアスティアの声が聞こえると、櫻の傍にフワリと舞い降り羽根が(くう)に消える。

「あぁ、ありがとう。その報告は後で聞くとして、一旦町に戻ろう。少し考えがある。」

「は~い。」

「あいよ。」

 櫻達一行は、怪しげな岩に背を向けると街道へ、そして町へと引き返した。

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