捜索
節約の為に安い宿を取り食事も質素に済ませ一晩を明かす。
「ん~…!安宿とは言ってもテントで寝るよりはグッスリと眠れるもんだね。」
ベッドから身体を起こし腕を上げて伸びをすると、アスティアもまだ眠いながら真似て身体を伸ばす。
(うんうん、宿に泊まるとこれがあるからたまらないねぇ。)
二人の少女の白く透き通るような裸体を眺め、満足そうに頷くカタリナ。
そんな眼差しにも慣れた二人は脱いであった服を頭から被り、あっと言う間に着替えを終えると櫻はアスティアの髪を手に取り、リボンを取り出す。
「「さて今日はどんな髪型にしようかね?」」
アスティアの髪に手櫛を通しつつ考える櫻、その櫻の髪を手に取り考えるカタリナ。二人の声が重なる。
元々櫻とアスティアを着飾らせて目の保養にしたいカタリナであったが、アスティアは櫻に髪を整えて欲しいという事で、せめて櫻の髪はカタリナが好きにして良いという事になったのだった。
「カタリナ、最悪もう2日ばかりも泊まるとして、食事代も考えると予算は足りそうかい?」
髪をあれこれ弄りながら視線はそのままに言葉を交わす。
「え?あ、あぁ。ちょっとばかし厳しそうだが、森で獲物を捕って賄えば飯代は浮くから宿賃は何とかなりそうだね。」
先程のベッドの上の光景を脳内で反芻し、垂れかかっていたヨダレを慌てて拭い答える。
「そうか…それじゃ、出来るだけ早めに成果を出さないとだね。」
そう言うと必要最低限の手荷物だけを持ち部屋を出た。
「さて…。」
昨日カタリナがギルドの受け付けから得た情報で、町の北側の街道で不明者が出る率が高いという事から其方に向かう事に。
町の門を出て周囲を見回す。辺りは相変わらず鬱蒼と茂る木々に覆われ薄暗く、見回した程度ではろくに情報は得られない。
「カタリナ、お前さんは一人でもそう危なくは無いだろうからそっちを頼む。だが油断はするなよ。アスティアはあたしと一緒に居てくれ。何も得る物が無くても日が天辺に来たら一旦ここに戻るんだ。」
「あいよ、任せな。」
「わーい、サクラ様と一緒!」
櫻はカタリナに町の西側を任せ、自分とアスティアで東側の森に分け入る事にした。
ガサガサと小枝をかき分けながら森の奥に入ると
《よし、ケセラン。その辺に居る獣に変な連中が居なかったか聞いてきてくれないか。》
と指示を出す。
《うん。わかった~。》
気の抜けた声が返ってくると、ケセランが頭からぴょんと飛び降り藪の中へ姿を消した。
「ケセランどっか行っちゃったよ?」
「あぁ、あたしが頼んだんだ。その辺の獣からの情報収集の為にね。あたしらはケセランが戻って来るまでこの近くを少し捜索してみよう。」
そうして野生の刻鳥が四度程鳴くまで周囲を見て回ったが、何も有益な情報は見つからない。
「う~ん…やっぱり闇雲に辺りを見て回るだけじゃ駄目か…。何か指針が欲しい処だねぇ。」
森の中で立ち尽くしていると、ガサガサと藪を揺すりケセランが姿を現した。
《お、お帰り。何か話は聞けたかい?》
櫻の頭の上にぴょんと飛び乗るケセランに成果を聞く。
《うん。へんな『ひと』みたっていうケモノ、いたよ~。》
《変な?》
(獣から見て人の普通と変の区別は付くものなのか…?)
《うん。『ひと』だけど『ひと』じゃないのが、よるにもりのなかをうろうろしてるんだって~。》
《『人』じゃない『人』?何だいそりゃ?》
《よくわかんなかった~。》
(まぁ多くを望んでも仕方無い、これだけでも十分な情報と言えるか。)
空を見上げるとまだ少々早い段階ではあるが間もなく太陽が真上に差し掛かりそうだ。
「よし、少し早いがカタリナとの合流地点に戻るとするか。アスティア、行くよ。」
「は~い。」
木の枝の上から周囲を見回していたアスティアが下りて来ると、共に来た道を戻った。
町の門の前で櫻達がカタリナを待っていると、番兵が声をかけてきた。
「お嬢ちゃん達、そんな処で何してるんだい?危ないぞ?」
「あぁ、森に入った連れを待ってるんだがなかなか戻ってこなくてね…何をやってるんだか。」
「えぇ!?連れって、何人だい!?」
「いや一人だがね、はぐれた訳じゃないよ。分担して森を調べてたんだ。」
「この森は危険な獣も多く生息してるんだぞ!しかも一人で入るなんて…今すぐ救助に向かわないと!」
慌てる番兵に櫻も少しマズイかと不安を感じ始めたその時。
「何をそんなに慌ててるんだい?」
ガサガサと森の中から姿を現したのはカタリナだ。
「カタリナ!お前さんの戻りが遅いから心配し始めてたんだぞ…!?」
そう言ってからカタリナの姿に言葉を失う。
「あ~…その引き摺ってるモノは一体…?」
見るとカタリナは両手両肩に狼のような獣を4体も担いでいた。それらは特に外傷らしきものは無いものの、既にぐったりとして呼吸もしていない事が解る。
「あぁ、コイツら?『ボーフ』だよ。ちょいと囲まれたんだが、確かギルドにコイツの狩猟依頼もあったと思ってついでに獲って来たんだ。」
手に持ったソレの首を持って差し出して見せると、その身体はダラリと力なくぶら下がるのみ。どうやら首を一捻りで絶命させているらしい。
「ほぉ~…ボーフを一人で?あんた凄いな。狩猟ギルドの所属だったのか。」
番兵も先程までの慌てようは何処へやら、カタリナの成果に感心しきりだ。そのまま獲物を担いで町に入るカタリナを始めとした櫻達一行を快く町の中へ見送った。
「アタイの方はご覧の通り、飯の種はあったけど特に手がかりは見つからなかったよ。お嬢の方は?」
「あたしの…というかケセランの得た情報が一つある。その事についてちょっと作戦というか話があるから一度宿に戻ろう。」
「あいよ。それじゃアタイはギルドにコレの報酬を貰いに行くから、お嬢達は先に戻っててくれ。」
一旦カタリナと別れた櫻達は昨夜泊まった安宿に再び訪れ、一日分の代金を先払いすると部屋へと戻った。
「はぁ~、森の中を歩くってのは結構疲れるねぇ。」
ベッドに腰掛け足をブラブラと揺らし、脹脛に溜まった疲労を癒す。
「サクラ様大丈夫?ボクが揉んであげようか?」
「ん?そうかい?それじゃお願いしようかね。」
櫻がベッドにうつ伏せになると、アスティアのヒヤリとした手が火照った脹脛に触れ優しく揉みほぐす。
「あぁ~…いい気持ちだ。」
まるで年寄りのような櫻の言葉にアスティアはクスリと笑った。
暫しするとカタリナが部屋に戻って来た。
「お。お帰り。さっきの獣の討伐報酬ってのはいくらになったんだい?」
「アレは1体で大銀貨2枚に小銀貨5枚だから計小金貨1枚になったよ。」
「ほぅ、捜索依頼と同額か…成程、引き受けるヤツが少ない訳だ。」
危険な生物を駆除して人の生活を守るという意味では確かに重要な依頼なのかもしれないが、行方不明の人を見つけるという行為を軽んじている気がして櫻は少々不満を覚えた。
「ともあれ作戦会議と行こうか。」
気を取り直してベッドから起き上がると、その上に胡座をかく。
「ケセランに頼んで森の獣達から情報を聞き出して貰ったんだが、『人』ではない『人』が夜中に森の中をウロついているという話を聞いたというんだ。」
「なぁに?その『人』ではない『人』って?」
「いや、それはあたしにも解らないんだがね。取り敢えず今注目したいポイントは『夜中に』って点だ。獣から聞いた情報を信じて良いなら今闇雲に探すよりも夜中になってから様子を見に行ってみた方が確実だろう。」
「確かにね。アタイもそれでいいと思うよ。で、それじゃ今から夜まではどうする?」
「う~ん…。」
少しばかり考えると
「取り敢えず腹ごしらえかね。」
とベッドから飛び降りた。
「出来れば野菜を食べて栄養バランスを取りたい処だが、予算をかけたくないし食堂はなるべく避けた方がいいかな…。」
櫻がぶつぶつと悩む中、カタリナが手に持った報酬を掲げ
「何みみっちい事言ってんだい。アタイが稼いだこの金で腹いっぱい食えばいいだろ。」
気風の良い声を上げた。
「いいのかい?ソレはお前さんが自由に使う権利がある金だぞ?」
「何を今更。アタイらは運命共同体みたいなもんだろうが。それに実際何年生きてるかは知らないが、この中ではアタイが大人としてお嬢とアスティアの面倒を見なきゃ金の工面なんて出来ないよ?」
確かにカタリナの言う通り、ギルドでの仕事の斡旋も戦闘面でもカタリナが居なければまともな収入を得る事は難しい。櫻は小さく頷くと
「うん、そうだね。それじゃこれからは金の管理はカタリナに一任する事にしよう。ただプライベートな買い物というのもしたい事があるだろうから、小遣い程度は貰えると有り難いね。」
「ははっ、了解だ。何だか二人の娘を持つ母親になった気分だね。」
(いや、どっちかと言うと父親って感じだがな…。)
頭の中でツッコミを入れつつ、早速櫻達一同は町の中の食堂を探す。ただし予算に余裕があるという訳では無いので出来るだけ安い店を…。




