トツマ
《あかるくなった~。》
頭に響く声と、もふっとしたものが顔に覆い被さる感触に櫻が目を覚ます。
(今の声は…あぁそうか。獣の神に託された…。)
《おはようケセラン。ちゃんと自分の名前を覚えてるかい?》
《うん。ケセランはケセラン。》
(ふふ、もし同種の番いが見つかったら『パサラン』と名付けてやりたいね。…そういえばコイツの性別はどっちなんだろう?)
腕にしがみつき寝息を立てているアスティアの肩を優しく揺すり起こすと櫻も身体を起こし、顔の上に乗ったケセランがころりと櫻の膝の上に転げ落ちた。
テントの外に出ると既にカタリナは起き抜けの眠気覚ましに軽く身体をほぐすよう柔軟を行っていた。
「おはようカタリナ。」
「おはよ~。」
「あぁ、お嬢、アスティアも起きたかい。おはよう。」
朝の挨拶を交わすが、森の中は木々に陽の光を遮られ朝という感覚は薄い。
買い置きの乾物で朝食を済ませ手早くテントを片付けると、火種が残っていない事をしっかりと確認してから旅を再開。
「今日一日歩けばトツマの町に到着するんだったな。」
「あぁ。何も無ければ日が沈む前には到着出来るさ。」
道中は特に街道を外れる事も無かったせいか、獣に襲われるようなハプニングも無く順調に歩みを進め、何とか予定通り日が沈む前に目的地の『トツマ』に到着する事が出来た。
その町は森を切り開いて作られており、カオディスと同じように木製の壁で周囲をぐるりと囲み、野生の獣の侵入を防ぐ形になっていた。
早速町の入り口へ向かうと、番兵達が驚いたような、それでいて安堵したような表情を見せ迎えた。
「おぉ…あんた達、旅の人かい?女だけで、こんな子供まで連れてよく無事に到着したね。」
番兵の最初の一言がこれであった。三人は顔を見合わせ首を傾げると、カタリナが代表として一歩前へ出る。
「アタイらは普通に歩いてきただけだが、道中に何かあったのかい?」
「いや、何かがあるという事では無い…と思うんだ。だがここ1年くらいかな…この町に向かったという旅人、特に女性が行方不明になるという事が多発していてね。」
「なんだって?そんな事が起きてるのに、まさかこの町の自警団は何もしてないのか?」
「いや、当然街道を中心に森の中へ入って度々調査をしては居るんだ。だが獣に襲われたような跡も無ければ旅人の荷物すら見つからない…未だに何の手がかりも掴めないのが現状でね。ともあれアンタ達は無事で良かったよ。ほら、何か無い内に入った入った。」
番兵に促され櫻達一行は門を潜り町の中へと入る。すれ違い様、櫻の頭の上に乗るもふもふとした物体を見て首を傾げる番兵であった。
森の中に作られた町は櫻が今まで見てきたような煉瓦造りでは無く、木造建築が立ち並ぶ町並みであった。ただし日本のような家屋ではなく、どちらかと言えばログハウスのような物が殆どだ。
「へぇ、木造家屋か。何だか温かみがあるねぇ。」
通りを歩きながら周囲をきょろきょろと眺めると、その木造建築群の中に明らかに浮いた存在の煉瓦造りの大きな建物が現れる。
「おぉ…やっぱりここにもギルドがあるのか。」
「そりゃぁね。ギルドが無きゃ仕事が回らないから各町には絶対に在るものさ。」
「それなら行方不明者の捜索にギルドからも人員を出して貰えそうなもんなのに、未だに手がかり無しってのはねぇ…。そうだ、路銀も心許ないし仕事が無いか覗いていこうじゃないか。」
櫻の言葉に反対意見は無く、ギルドへ足を向けた。
見慣れた造りのギルド内部に入ると、掲示板に貼られた様々な依頼をカタリナに見繕ってもらう。その理由は当然、櫻が文字を読めないからだ。
「う~ん…案の定だな。」
カタリナが渋い表情を浮かべる。
「何がだい?」
「いや、不明者捜索の仕事は在るんだ。だけど報酬がねぇ…お嬢、ここくらいは読めるかい?」
そう言って指さされたのは小金貨の絵。その横に数字と思われる文字が書かれている。他に並ぶ貨幣の絵の横にソレは見当たらない。
「…済まん、報酬が小金貨というのは理解出来るが、枚数までは解らん…。」
悔しそうな表情を浮かべる櫻にアスティアが
「これは『1』だよ、サクラ様。」
とフォローを入れてくれた。
「そうなのか。ありがとうアスティア、せめて数字だけでも覚えておきたいから今度暇な時にでも教えてくれないか。」
「うん、任せてよ!」
嬉しそうなアスティアを横目にカタリナが話を続ける。
「まぁ見ての通り、報酬が安いんだ。こういう不明者捜索も狩猟ギルドの管轄ではあるんだが、やっぱり他の高額報酬の依頼を優先する連中が多くて引き受け手が居ないんだろうね。」
「成程ねぇ。まぁ生活がかかってるとなれば高い報酬を望むのは理解出来るし、一概に薄情とは言えんが…。」
少しばかり考える。
「こういう依頼は、どういう場合に報酬を受け取れるんだい?引き受けたって見つからない場合も当然あるだろう?」
「そうだねぇ、見つからなかったとしてもペナルティは無いが当然報酬は無しだ。受領を返上すればいいだけ。報酬を受け取れるのは不明者を発見した場合や、その痕跡を見つけた場合でも減額されるが報酬を貰える場合が多い。」
「…不明者の生死に関しては?」
「それはどっちでも同じ額さ。当人を見つけたかどうかが判断材料だからね。ただ生きてた場合には依頼者自身からも感謝の気持ちとして少しばかり色をつけて貰える場合があるかな。」
(成程、受ける事自体はさしてリスク無しか。)
櫻が小さく頷く。
「よし、その不明者捜索を受けようじゃないか。」
「アタイは別に文句は無いけど、旅を急がなくてもいいのかい?1日2日で達成出来る依頼とは思えないよ?」
「あたしの行く先で人が困ってるんだ。これを解決してこそ『人類を護る神』としての価値があるってもんじゃないか。」
「ボクはサクラ様の決めた事なら全然文句は無いよ。」
そう言って櫻の横にピタリと寄り添うアスティアに櫻が頷いて見せる。
「よし、じゃぁ決まりだ。カタリナ、これを受けて来てくれないか。あとは何か手がかりになりそうな情報でもあれば聞き出して欲しい。」
「あいよ。」
そう言って依頼書を掲示板から引き剥がし、カタリナはカウンターへ向かった。
(こういう場合は大抵犯罪集団的な連中による拐かしってのが相場だろう。問題は手がかりも残さずどうやって…と言う点だが…。)
《ケセラン、お前さんは他の獣と話が出来るんだよな?》
頭の上のケセランに声を飛ばす。
《うん。はなし、できるよ。》
《あたしらはこれから行方不明になっている人達を探す事になる。そこで森の中の獣達が何かを見ていないか、話を聞いてきて欲しいんだ。》
《わかった~。いく。》
櫻の頭の上から飛び降りようとするケセランを慌てて両手で止める。
《まてまて、流石に今からは森の中は暗すぎてあたしらが何も出来ない。今日はこの町に泊まって明日の朝からが本番だ。》
《は~い。》
再び櫻の頭の上に落ち着いたケセランから手を離すと、今度はアスティアが櫻の腕にしがみつく。
「ねぇサクラ様。行方不明になった人達ってご飯ちゃんと食べてるのかな?お腹空かせてたら大変だし、早く見つけてあげたいね。」
「…あぁ、そうだね。」
純粋なその姿に笑顔を浮かべ頭を撫でると、アスティアは幸せそうに微笑んだ。




