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106話『クラマ#15 - 死闘』

 天井が崩れて空が(ひら)け、瓦礫(がれき)にまみれた部屋。

 大きめの瓦礫に腰かけていたワイトピートは立ち上がって、僕の到来を歓迎した。


「おめでとう! この戦いはきみたちの勝利だ!」


 彼は両の手を打ち合わせる。

 ……が、自身の左手首から先がないのに気づいて肩をすくめた。

 それから彼は改めて口上を述べる。

 芝居(しばい)がかった仕草で、大仰(おおぎょう)に。


「ダンジョン探索を(えさ)に呼び寄せた冒険者! 強制的に召喚した地球人! 彼ら罪なき人々を、法の目の届かぬ地下深くで捕まえ、奴隷に仕立て上げる……このような悪辣(あくらつ)な計画を指揮した稀代の大悪党が! ここにこうして成敗されたのであった……!」


 そう言って、ワイトピートはヒウゥースの生首ゴロリと床に転がした。

 サーダ自由共和国評議会議長ヒウゥース。

 この街で起きた事件の黒幕。

 彼が一体どのような顔で断末魔を迎えたのかは分からない。

 なぜなら、僕が床に転がった生首に目を向けていないからだ。

 ワイトピートから僕は目を()らさない。


「どうしたのかね? 敵の大将首だよ。こいつを取りに来たのではないのかね?」


「そいつはもう必要ない。なんなら逃げられたって、べつによかった」


 僕がここに来たのはヒウゥースを捕らえるためじゃない。

 目的は目の前の男、ワイトピート。

 この男に会うために、わざわざ床をぶち抜いてやってきた。

 ワイトピートは僕の言葉に苦笑を返す。


「いやはや、つれない男だ。私もここまで相手にされなくて参ったよ。あれだけ冒険者がひしめく中に入り込まれては、さすがの私も手出しできないね」


 この男のやりたいことなら予想できる。

 そこから僕は先読みして、彼の行動をすべて潰してきた。


「しかし必要もないのに一人でここに来てくれたということは……ふむ。これは……私の誘いを受ける気になったと考えて良いのかな?」


 ワイトピートの期待の眼差し。

 僕はそれに答えよう。


「……この後、正騎士の盾の通信魔法を使って、ここで行われてた出来事を全世界に暴露する段取りになってる」


「ほう……!」


 そして提案する。


「その場で、このヒウゥースの死体を映して……ラーウェイブの侵略を受けたと報道したらどうなるだろう?」


 ワイトピートは嬉しそうな笑顔を見せた。


「ん! んんんんっ……悪くない! はは、悪くないな! それはいい! それはひどい裏切りだ!」


「楽しそうだろう? 逃げるのが大変だけど」


「ううむ、足さえ用意できれば……ああしまった、気球が壊れていなければなあ」


 彼はペシッと自分の頭に手を置いた。

 いや、壊れていなければ……って。


「え? 壊したの?」


「いやははは、違うんだよ。暇潰しに遊んでいたら壊れてしまってね……不良品を置いていたヒウゥースが悪い! こらっ、お前だぞ! 聞いているのか? このこのっ!」


 と、言って彼は床に転がった生首の傍にしゃがみ込んで、ゴツゴツと拳骨(ゲンコツ)を打ちつけた。


「はは、しかしなんとかなるさ。きみと私の二人なら」


「ああ……残念だなあ。本当に……本当に、残念だ」


「………………」


 ワイトピートはすっと立ち上がる。

 無邪気で楽しげな空気は、風に流されたように消え去っていた。


「……なるほど、心は決まっているようだね」


「迷っていたよ。……ついさっきまではね」


「そうか……」


 彼は嘆息(たんそく)して、物悲しげに空を見上げた。


「人にフラれたのは初めての経験だ。悲しいものだな」


「……………」


「脈はあると思ったんだがね。私の思い違いだったかな」


 ……ああ。

 本当のことを言うならば。

 僕はべつに、この男のことが嫌いじゃなかった。

 その堂々とした、うさんくさい語り。

 頼れる実力と存在感。

 好きになってしまいそうだから、反発した。

 嫌悪しようと努力した。


 僕は決別するように告げた。


「ああ、だから今日はお前を殺しに来た」


 この男を放っておくことはできない。

 たとえ今回は諦めて退いたとしても、いずれ必ず、最悪のタイミングを見計らって現れる。

 パーティーの皆のために、こいつはここで息の根を止めておかなければならない。


 僕がここに一人で来た理由はそれだ。

 この男は生かしておけないが……しかしあまりにゲリラ戦闘に通じすぎていて、まともにやったら捕まえられない。

 仲間を連れて来ると逃げられてしまう。

 だから一人で戦う必要がある。

 そして、決着をつけるのに都合のいい舞台が用意されている今この時が、唯一のチャンスだった。


「ふたつ、疑問がある」


 ワイトピートは静かに口を開いて、僕に()いた。


「きみの破滅を求める衝動はいつまでも抑えられるものでもない。それは、きみ自身も分かっているのではないか?」


 的確だ。

 この男の言葉は、いつでも僕の胸の内に突き刺さる。


「予言しよう。ここで私を消したとて、やがていずれは、きみ自身が私と同じ存在となるだろう」


 ああ……。

 そうだな。

 そう思うよ、僕も。

 だけど、それでも僕は――


「……僕は地下深くで、おかしな男と()った」


「ほう、それは?」


「彼は魔法で体を乗り換えて、普通じゃ考えられないほどの永い時を生きてきた。そいつは僕らによく似ていたよ。自分以外の人間への共感が薄く、非道な行いにも罪悪感がない」


 “陽だまりの賢者”ヨールン。

 おそらくあれは、後天的に僕らのような人間に変わっていったものだ。

 僕はワイトピートの返事を待たずに、(たた)みかけるように言う。


「それに、僕の生まれた世界じゃ、この症状にもいくらか研究が進んでる。他者の感情への共感性の欠如……でもこれは、欠如といっても完全にゼロってわけじゃない。明確な線引きはない……そこには程度の差があるだけだ」


「ふむ……それで?」


 思案しているようなワイトピートの様子。

 僕はそれに向かって、まっすぐに告げた。


「だから僕も変われるはずだ。いや、変わってみせる」


 僕の出した結論。

 決意の言葉。

 これに対してワイトピートは……驚くほどの即答でもって返してきた。


「無理だ。人は変わらない」


 にべもなく否定される。

 僕はすかさず反論した。


「そんなはずはない。これまで僕はこの街で、いろんな人が変わるのを見てきた」


 自分の(から)に閉じこもるのをやめて、前に進みだした三郎ことニシイーツ。

 親しい人を守るために自分から動けるようになったメグル。

 他人の価値観も考慮することを始めたディーザ。

 彼らだけじゃない。出会った時からすれば、皆それぞれに変わってきている。


 だが、ワイトピートはふるふると首を振った。


「では聞くが、きみはほんの少しでも罪悪感を抱いたことがあるのかね?」


「………………」


 答えられなかった。

 ワイトピートが吐く言葉のナイフは、やはり僕の胸に鋭く刺さる。


「人間の本質というものは、そう簡単に変化したりはしない。変わったように見えているのは、元からその人間が持っていた別の側面が顔を(のぞ)かせているだけだ」


 僕は返す言葉に詰まったまま、ワイトピートの講釈(こうしゃく)を聞く。


「きみが出会った男というのは、どれだけの時間をかけて変わった? きみはそんなに長生きするつもりかね?」


「……お前は変わろうとしたのか?」


 ようやくの思いで(ひね)り出したこちらの返しに、ワイトピートは自嘲(じちょう)気味な笑みを浮かべて言った。


「ふ……この私にも若い頃はあったということさ」


 意外だ。

 この男にも自分を変えようとした時期があったなんて。

 ……つまりはこれは、実体験からの忠告ということだ。

 今の僕のように自分を変えようとして、しかし変われなかったものが、目の前にいる男なのだと。


「……お前の言うことが、たぶん正しいんだろう」


 認める。

 実際、それは確かにそうだ。

 自分を変えたい、変わりたい……なんて。

 そんな簡単に変われるのなら苦労はしない。


 でも、たとえそうだとしても。


「僕とお前は違う」


 僕は強く断言した。

 これにはワイトピートも驚いたように目を()く。


「ほう! 私には出来なかった事が、きみには出来るというのかね?」


「僕じゃない。お前と僕とじゃ、環境が違う」


「環境?」


「ああ。ついさっき、聞いてみたんだ。僕の仲間にね。僕が裏切ったらどうする? ……って」


「……それで?」


 僕は一拍の後、答えた。


「それもいいかも……ってさ」


 ワイトピートの表情が目まぐるしく切り替わる。

 明らかな動揺。

 この男が演技でなく驚いた顔を見せるのは初めて見る。

 以前に僕が倒れ込みながら彼の足首を掴んだ時も、こんな顔をしていたのだろうか。


「ほう……それは……なんともそれは……………台無しだね」


「だろう? 参ったよ。こんなんじゃあ、彼女たちを裏切ったところで何も楽しくないからね」


「クッ……くく……ははは……そうか……うむ、そうかそうか。なるほどな……」


 ワイトピートの苦笑。

 それはとても苦々しい、本当に苦くて苦しそうな笑みだった。


「そうか……仕方があるまい。それでは私はきみを殺して、その首を(さら)すとしよう。たとえきみたちの計画が成就しようとも、きみが生きて戻れなければ、この街すべての者達にとっては悲劇となるだろう。フフ……悲劇の英雄として語り継がれるかもしれないね?」


 言い終えた彼は、どこか吹っ切れた様子だった。

 これで彼が僕を殺す理由も出来たかな?

 とはいえ、いずれにしても僕は殺されるわけにはいかない。

 死にはしない。

 殺すのが僕。

 死ぬのは奴だ。


「ついでに言えば、自分を変える方法にひとつアテもあるしね」


「そうか」


 素っ気なく返される。

 もはや他の出来事に関心はなさそうだった。

 後は殺し合うだけだと、彼の(まと)う気配が言っている。


「最後に、もうひとつの疑問を尋ねよう。きみは――私に勝てるつもりかね?」


「ああ、勝つよ」


「ふははッ! よく言った! ならば証明してみたまえ……今、ここで!」


 言われるまでもない。

 僕は槍を構えて突撃した!


 この男に対して、先手を許してはいけない。

 初動の気配を消す独特の技能。

 また、これまで数えきれないくらいに人を殺してきた経験による、戦術の引き出し。

 そんなものは僕には対応できない。

 なら、()れる対策はひとつ。

 先手必勝だ!


「ふっ――はあっ!」


 遠慮はしない。

 一撃で殺せる全力の突きを放つ!


「ふんっ!」


 弾かれる突き。

 ワイトピートが横に薙いだサーベルによって。

 だが、まだだ。

 譲らない。


「おおおおおおおっ!!」


 弾かれたのを弾き返す!

 それで終わらない。

 すでにジャガーノートでの筋力強化は終えている。

 僕は息をつかずに動いた。

 切り上げ! 払い!

 そして――三段突き!


「ぬうおおおっ!? ノッているな今日は!」


 疾風怒濤の攻めだが、しかしまだワイトピートには届かない。

 未だ軽口を叩く余裕がある。

 なら――回転を上げろ!

 もっと速く!

 もっと強く!


「う、お――おおおおおおおおお!!!」


 (はし)る黒光!

 漆黒の宝槍は縦横無尽に駆け巡り、嵐のように荒れ狂った!


「ぐ、ぬ――!?」


 ワイトピートの顔から余裕がなくなる。

 まだだ!

 畳みかけろ!

 腕が千切(ちぎ)れてもいい。

 止まれば負ける。

 僕の技量で打ち倒せるチャンスは、今、この時だけ。

 全身全霊、全ての力をもって攻め続けろ!


「は――あ――あああああああ――!!」


 三段突き、五段突き、さらには石突での叩き!

 イエニアとの稽古で(つちか)った、今の僕が持つありとあらゆる手段をもって、相手に主導権を譲らず攻め手を継続し続ける!


 過剰な筋肉の酷使。

 無理矢理な体捌き。

 肉体は悲鳴をあげている。

 筋肉はぶちぶちと裂ける。

 骨はびきびきと軋みをあげる。


 そんなのは知ったことじゃない!

 (はし)れ!

 回転を上げろ!

 もっと強く! 速く! 奔れ奔れ奔れ奔れ死ぬまで走れ!! 止まらずに走り続けろ!! 奴の息の根を止めるまで絶対に休むんじゃない!!!


 ジャガーノートのおかげで痛みは感じない。

 体は動く。

 動かせる。

 動く。のだけれ、ど――


「は――は――ッ――く、あ――ああ――――」


 苦しい。

 苦しい!

 苦しい苦しい苦しい!!

 なんで魔法で苦しさは消せないんだ!!


 この苦しさには覚えがある。

 圧倒的に足りていないのに、むしろ逆に破裂して爆発しそうな苦しさ。

 酸欠だ。

 息が――呼吸がしたい。

 肺……肺が……爆発する……!


「あ――くお――――お――――!!」


「ぐぅ、ぬぅぅぅぅっ……!」


 どちらの肉体がデッドラインを越えるかのマッチレース。

 いつまでも続くはずもない。

 まるで膨らみ続けた風船が臨界を迎えるように。

 前触れもなく、終わりの時は訪れた。

 先に根を上げたのは――


「ぬお!?」


 半分に折れたワイトピートの剣が宙を舞う。

 やはり。最初に使っていた剣とは違う。適当に調達した予備の剣では、この槍の重さは受け止めきれない。

 敵は武器を失った。

 この機を逃すはずもない。

 僕は最後の一撃を繰り出す!


「死ねっ―――!」


 ありったけの力を込めた突き刺し!

 いびつな黒い切っ先は、標的の肉を深々と刺し貫く!


 ……が、外した。

 貫いたのは相手がブロックするように掲げた左腕。

 これでは致命傷にはならない。


「ぐううっ!」


「ちいっ……!」


 最後の一撃は外した。

 ならどうする?

 もう一度だ!!

 何度でも刺し貫いて殺してやる!


「お――おおおおおおっ!!」


「くっ、ぬおおおおおぉぉっ!?」


 ワイトピートは倒れ込むように地面を転がって(かわ)した。

 しぶとい……!

 いいかげんに死ね!


 ザグッ、と再び肉を(えぐ)る感触。

 刺し貫いたのは頭部!


「う……それ、は――」


 違う。

 頭は頭でも、それは――ヒウゥースの頭部。

 こいつ、地面に倒れ込んだのはこれを拾うため……!


 そこで僕の目は捉えた。

 槍の刺さったヒウゥースの頭の後ろ。

 にやりとほくそ笑む、ワイトピートの口元を……。


 まずい――!


 僕は槍を引き戻す。

 だが、もう遅い。

 真正面から忍び寄る歩法。

 死を運ぶステップで、青眼の死神はするりと間合いの内側に滑り込んでくる……!


 ワイトピートの手が伸びる。

 避けられない。

 打撃じゃない。組みつき……!


 僕の襟首を掴んだ瞬間、ギュルンと回転して僕の背後をとったワイトピート。

 絞め技!

 僕は腕を上げて首を絞められるのを防……いや違う!

 こいつはベギゥフじゃない!

 格闘家じゃない!

 瞬間的に僕の脳裏をかすめたのは、剣を首に突き刺され、ひねり込まれて胴体から首を切り離された大型獣の姿――


「う……ぉおあああああああッ!!!」


 防がず、跳んだ。

 全力で地を蹴って、背後へ。

 背中にいる男に向けて全力で。


「ぬう――ぐぅっ……!?」


 ワイトピートは踏ん張りきれず、背後の壁に激突!

 カラン、と金属が落ちる音が響いた。

 一瞬の機転で忍び寄る死を回避することができた。

 しかし後ろから耳元に届いてくるのは、余裕の声。


「ふ……やる、ねぇ……だが、それでどうなる?」


 ワイトピートは意に介さず、そのまま僕の首に手を回し、締め上げてくる!


「ぐ……あ……あ、ぁ、が……っ!」


 僕は首に回った腕を引き剥がそうとする。

 だが……だめだ、これは……!

 隙間が……ない。

 抜けられ……まずい、意識、が……………



 ……意識が薄れる。


 ……力が抜ける。


 だが、それがどうした?

 動くのをやめる理由にはならないはずだ。

 駄目でもあがけ。

 僕にはできる。

 僕はこれまでもそうしてきたし……これからもそうあり続ける。

 あがいて、あがいて、あがき続ける。

 命の灯が消える、その瞬間が訪れるまで。



「ぐ、ぬぅぅぅ……っ!?」


 その苦悶が微かに耳に届いた。

 ……気付けば首の拘束が緩んでいる。

 僕は残った力を掻き集めて、ワイトピートの拘束を振り切った!


「っ、がはっ……! ぜ……ゼヒュっ……ふ、は、はあぁぁぁーーーーーーーっ……!!」


 倒れ込んだ僕は、無我夢中で呼吸する。

 とにかく思いきり息を吸って、思いきり吐いた。

 酸素が血流に乗って全身に行き渡る。

 脳を覆った煙が吹き飛ばされて、(かす)んでいた思考が()み渡る。


「はーーーーっ、はぁぁああーーー……はーーーー、はーーーー……」


 全力で呼吸を整えながら、僕は横顔を上げて覗き見る。

 ワイトピートは?

 どうしている?

 なぜ何もしてこない?


 答えはすぐに分かった。

 ワイトピートは先程の場所から動かず片膝をついて、額いっぱいに脂汗を(にじ)ませ、苦悶の表情を浮かべている。

 その手は、胸のあたりを押さえていた。


 理由は分からない。

 分からないが……奴はおそらく、僕がここに来る前から胸にダメージを受けていた。

 暴れた僕の肘か何かが、その上に重なったんだろう。


「く、う……ぬぅんっ……!」


 それでもワイトピートは立ち上がる。

 まずい。

 こっちはまだ息が整ってない。

 時間を稼がないと……!


 僕は近くに落ちていたヒウゥースの頭をワイトピートに投げつけた!


「ふんっ!」


 裏拳で叩き落とされた。

 まだだ。どんどん投げつけろ!


「そらっ! くらえ!」


「むおっ!? くっ……!」


 瓦礫、食器、壊れた金具……。

 手近にあるものを手当たり次第に投げつける!


 古来より、投擲(とうてき)というものは戦場において最も戦果を挙げてきた攻撃手段だった。

 質量がそのまま威力に変わるために、防ぎにくい。

 戦場では避ける場所もない。

 そして今、ワイトピートは起き上がるのにも苦労してる状態。回避はできない。


 投げる! 投げる! 投げる!

 僕の狙い通り、ワイトピートはその場に釘付けになる。

 腕を上げて防いでいるが、その腕にもダメージは蓄積していく。

 ……が、手元に投げられるものが尽きてしまった。


 ワイトピートはその隙をついてきた!


「おおおおおおおっ!」


 駆けてくる!

 一直線に!

 もう走れるのか!?


 どうする?

 相手の走る速度は遅い。

 迎え撃つか?

 ……いや!


 僕は下がった。

 下がりながら場所を移して、投擲を継続!

 ワイトピートの手を逃れた僕は、その辺にある調度品を掴み取って、投げつけ続ける!


 間違ってないはずだ。

 こいつに攻撃機会を与えるは無い!

 それに向こうは左腕を槍で貫かれてる。

 投擲を防ぐのにも右手しか使っていない。

 応急処置をしなければ、奴の腕からは血は流れ続ける。

 つまり今、この状況では、時間をかけるほどにこちらが有利になる――!


 僕はそのまましばらくの間、ワイトピートから距離を取りながら投擲を続け……


「……?」


 なんだ?

 おかしい。

 なにか……おかしいぞ。


 僕は違和感の正体を探る。

 目を凝らしてワイトピートを見る。

 これは……いや……いや、まさか……。


 僕は投擲を止めて、口を開いた。


「血が……止まってるのか?」


 にやりと、ワイトピートは口元を歪ませた。


 こいつ――!


「ははは、バレてしまったかね。そう、こうして脇を締めて力を込めると……血管を閉じる事が出来るのだよ。なかなかコツが要るがね。隠れて止血剤をつけていたのも、気付かなかったようだね?」


 そう言ってワイトピートは、両手を広げて肩をすくめてみせた。

 し、しまった……!

 気付くのが遅れた理由は明白。

 床、そしてワイトピートの服が最初から血まみれだったからだ。

 おそらくヒウゥースのものであろう血痕。

 元から真っ赤に染まっていたから、腕から血が(したた)り落ちてない事に気がつけなかった。


 まずいぞ。

 回復する時間を与えてしまった……!


 ワイトピートは半身(はんみ)になって構える。


「フフ……さあ、ここからは楽しい時間の始まりだ」


 ――来る!

 と思った瞬間、すでに目の前まで踏み込んできていた。

 拳が視界いっぱいに広がる!

 激しい衝撃!

 突き出された拳に顔面を打ち抜かれた。


「くっ、ぁ……おぐっ!」


 続いて腹部に衝撃!

 強烈な膝蹴り!

 だ、駄目だ……見えない。

 こいつの攻撃は反応できない。

 なら無理にでも行くしかない……!


「ふ――」


 まず裏拳で距離を離す!

 当然これはスウェーで(かわ)される。


「はああっ!」


 ……からの後ろ回し蹴り!

 上体がのけぞっている今、これを躱すことは――


 だが、躱された。

 あまつさえ、横に避ける動作と同時に、カウンターの蹴り上げが飛んでくる!


「が……!」


 意識が飛ぶのだけは、かろうじて押し留めた。

 しかしそれで終わらない。

 烈火のごとき怒涛(どとう)の連撃が襲い来る!

 僕は両手のガードを上げて、亀のようになって耐える……!


「く……ぁ……っ……!」


 つ……強い。

 休みのない連打なのに、どの一撃も重く、体の芯に響いてくる。

 それでいて隙も見せない。

 さっきからガードの奥から反撃の機会を(うかが)っているが……こちらの正面を向く瞬間が極端に少ない。

 分かっているからだ。僕が狙うとしたら、奴の痛めた胸部しかないと。

 半身に構えたのもそういうこと。

 そして、さっきから打撃しかしてこないのもそうだ。

 掴まれてグラウンド勝負に引きずり込まれるのを避けている。

 こっちの手が届かない距離で戦い、確実に勝つ算段だ。

 おかげで僕は未だに立っていられるが……このままでは、じわじわとなぶり殺しにされてしまう。


 ……実は反撃のチャンスは、すでに見つけている。

 向こうは左腕を使えない。

 だから連携の中で、左手を使うべき所で次の攻撃が遅れる。


 じゃあ、その一瞬の隙をついて攻めに転じる?

 ……いや、そんな事は向こうも分かってる。

 おそらく……そこに踏み込んだ時が、僕が死ぬ時だ。

 動ける瞬間に僕がするべきこと。

 それは……


「……?」


 ぴたりと。

 不意にワイトピートの攻撃が止んだ。

 ……なんだ?

 打ち疲れたのか?


 見ると、ワイトピートはこちらと間合いを外して、正面からこちらを見て立っている。

 奴は余裕の笑みを浮かべて言った。


「いやはや、大した反応だ。どうやらこちらの初動は見えていないようだが……すべてポイントをずらして、直撃を避けている。あの時、私の突きを金属片で受け止めたのも……まぐれではなかったわけだ」


 たしかに、攻撃を受ける直前だが、向こうの攻撃は見えている。

 それにジャガーノートの筋力強化が合わさって、ぎりぎりで反応できていた。


「それだけ見えているのなら……当然、私の隙も見えているだろう。それでも反撃して来ないのは……」


 そう言って、奴は悠々と部屋の中を歩いていく。

 こいつ……まさか……!


「フッ……きみの狙いは、これだね?」


 ワイトピートが拾い上げたもの。

 それは――ティアの黒槍。

 気付かれた……いや。

 見られたのだ。こちらの目の動きを。


 ワイトピートは手にしたそれを振りかぶり……


「ふんっ!」


 大きく外へ放り投げた!

 黒槍は壁を飛び越え、崩れた天井から敷地の庭へと消えていった。


 ――今だ。

 今しかない。


「むっ……!?」


 僕は駆けた!

 奴が槍を放り投げた隙に、一直線に……



 出口へと。



「なにッ!? まさか逃げるつもりかね!?」


 背後から聞こえてくる驚きの声。

 僕はそれを振り切ってひた走る!

 ワイトピートを倒せるチャンスは失われた。

 ならばもう、こうするしかない。


 部屋を出て通路へ。

 人の姿は見えない。

 遠くから人々の争う喧噪(けんそう)が聞こえる。

 ――そして、後ろの方からは死神の足音も。


「ははははははッ!! きみは本当に笑わせてくれる! よォし、追いかけっこだッ!!」


 走りながら後ろを見る。

 ……速い!

 これじゃすぐに追いつかれる!


「そんな遅いのでは、すぐに追いついてしまうぞォ~!? 頑張りたまえよ、我が友よ!」


「うるさい! 友達じゃない!」


 僕は腰から銀の鞭を抜いて、走りながら後ろに向けて振るう!

 ……が、それは難なくキャッチされてしまった。


「んん~? これは私へのプレゼントかな?」


「くっ……!」


 銀の鞭を手放し、走る!

 全速力で走る。が……


 曲がり角まであと数歩というところ。

 一瞬だけ背後に目を向けた僕の視界に広がったのは――宙を舞う男、その靴の裏。

 飛び蹴り――!


「ぐあっ!!」


 避けることもできずに、僕は強烈な跳び蹴りを受けて吹き飛ばされた!

 吹っ飛び、壁に叩きつけられる!


「あ……が、ぁっ……!」


 全身がバラバラになったような激痛。

 僕はのたうち回りたい気持ちを押さえて、必死に立ち上がろうとする。

 そこにワイトピートの声が届いた。


「――ふむ。ひとつ尋ねるが」


 なんだ。

 こんな時に。

 僕は痛みで返事もできない。


「きみは、身体強化の魔法が切れているね?」


「―――――――――」


 気付かれた……か。

 この……土壇場で………。


「フフ、それは分かるさ。走るスピードが遅すぎたからね。……ああ、苦しいだろうから答えずともいいよ。魔法で抑えていた痛みも、戻ってきたのだろう?」


 くそ。

 ああ、ご明察だ。

 無理に酷使した上、全身を強く打ちつけられて、もはや僕の体は全身痛覚発生装置になってる。

 あまりの痛みに今にもゲロ吐きそうなくらいだ。


「はーーーーーーー、はーーーーーーーー……はぁぁぁぁーーっ……!」


 それでも立ち上がる。

 立ち上がらないと。

 痛みは無視する。無視しよう。

 できる。

 僕ならできる。絶対に。






 ここが最後だ。


 最後の最後の終着点(クライマックス)


 動けないなんて泣き言をいうな。


 帰ったらレイフの胸に抱きついて甘えよう。


 パフィーに添い寝と看病をしてもらうんだ。


 無事に帰ればイエニアもお風呂で洗いっこしてくれるはず。


 ……だから動いてくれよ? 僕の体。






「オクシオ・イテナウィウェ……」


 (つぶや)いた。

 ぼそりと小さく、身体強化(ジャガーノート)の詠唱を。


 ――ここだ!


 僕はありったけの力を大腿筋に注いで、思いきり前に踏み出した!

 顔を上げれば、目の前には驚愕に目を見開いたワイトピートの顔があった。


 そう、僕には奴の攻撃が来る時が分からない。

 ならどうするか?

 答えは先手を取る。あるいは――

 絶対に向こうが(・・・・・・・)攻撃をしてくる(・・・・・・・)時を作り出す(・・・・・・)


 そして決まった。

 完全に虚を突くタイミング。

 奴は僕の詠唱を聞いて向かってきた。

 そこを狙い撃った、誘い込みのカウンター!


「くらえっ――!!」


 ワイトピートの胴体。

 その中心へ向けて、まっすぐに拳を打ち出す!!

 カウンターの直拳は吸い込まれるように標的へ向かい――



「取った。と、思ったのかね?」



 耳元に聞こえる、その(ささや)き。

 僕の放った拳は……届いていなかった。

 肘のあたりを掴まれ、止められている。


「悪くはない。悪くはなかったが……それをやってきた者は、過去に何人もいたよ」


 優しい声色が響く。

 そして同じように優しい手つきで。

 ごきり、と。

 僕の腕が折り曲げられた。


「あ――が、ぁぁああっ……!!」


 激痛。

 悲鳴。

 その結果。

 自分の手で作り出した結末に、男は満面の笑みを浮かべる。



 だが、その顔が凍りつく。



「――なに?」


 僕の、もうひとつの手が彼の襟首を掴んでいる。

 折られている間も痛みを無視して歩を進め、体は密着している。

 押し当てた膝が、相手の胸に触れている。


 まずは膝を押し込んだ。


「ぐむっ……!?」


 痛みを受けて、相手の体は頭を下げて丸まったように硬直する。

 ……ここだ。

 僕は回転し、巻き込むように相手を背負い込む――!


 ……合気道や古武道では「当身7分に投げ3分」という言葉がある。

 投げを決めるために最も重要な事は、相手の重心を崩す事。

 そして崩しの基本というのは、当て身――すなわち打撃である。

 打撃からの投げは柔道の世界では禁止されているが……そんなことは知ったこっちゃない!


「おおおおおおおおっ!!」


「ぬおおおおおおおおおおお!!?」


 完璧な一本背負いが決まる!

 ワイトピートの足は地面を離れ、その体は宙に浮き、飛び、そして……窓の外へ。

 窓にガラスは張られていない。

 ワイトピートはそのまま窓の外へと落ちていき――


「……え?」


 思わず(ほう)けた声が出た。

 窓枠から飛び出たワイトピート。

 その手。

 手が……僕の襟首を掴んでいる。


「っ、お、あ、っああ……!?」


 もはや体のどこにも力が入らない。

 僕の体はそのまま、ワイトピートと一緒に窓の外へと引きずり出された。






 …………………………。


「ふー……ふぅ…………はは、まさかこんなことになるとはね……」


 僕らふたりは窓の外。

 ワイトピートは右手の指二本を窓枠に引っ掛けてぶら下がり……僕はというと、そのワイトピートの背中にしがみついていた。

 ふたりとも片腕が使えない。

 そしてここは三階。

 三階だが……普通の家屋と違って、ヒウゥース邸は城のように大きい。

 普通の建物なら五階から六階程度の高さはある。


「ふふ……こうなってしまえば仕方あるまい。戻るまで一時休戦、と……ま、待て待て待て! 何をしているのかね……!?」


 おまえの首を絞めている。

 ……でも駄目だ。

 片腕じゃあ、しっかり圧迫できない。


 だから唱えた。


「オクシオ・イテナウィウェ……ドゥペハ・イバウォヒウー・ペヴネ・ネウシ・オーバウェフー・トワナフ――ジャガーノート」



> クラマ 心量:97 → 72(-25)



 心筋収縮力上昇。

 血流増大。

 気道拡張。

 運動機能向上。

 筋肉のリミッター解除。


 力が(みなぎ)る。

 体が燃える。


 強化された筋力をもって、僕はワイトピートの首を力の限り締め上げる!


「ぐ、正気かっ……!? 私はまだしも、きみはこの高さでは助かるまい……!」


「どうかな……試して……みようかぁ……!」


「く、お、ぉぉぉおおおっ……!」


 確かにワイトピートなら、うまく着地すれば死にはしないだろう。

 なら、うまく着地できなくしてやればいい……!

 僕は残る力のすべてを右腕に集める!

 ワイトピートの顔に血が溜まり、みるみる赤くなっていく。


「ぐぅぅぅぅぅお……!」


 そのとき、右足に痛みが走った。

 目を向ける。

 そこでは、ワイトピートの靴の(かかと)から刃物が飛び出していた。

 ザク、ザクッと、何度も何度も僕の足に刃物を突き刺してくる!

 ジャガーノートに陳情句(ちんじょうく)は入れていない。

 痛みは緩和されていない。

 刺されるたびに、鋭い痛みが走り抜ける……!


 ……それがどうした!

 そんなもんで(ゆる)めるわけがあるかっ!!


「う、お、おおおおおおおおおっ!!」


「ぐううううぅぅぅぅぅっ……!!」


 力を込めて絞める!

 さらに強く!

 もっと……もっと強く!


「落ちろ……死ねっ……!!」


「く、が――――ぁ―――――か―――――」


 そうして、ついに。

 ワイトピートの手が窓枠を離れた。



 落下する。

 二人そろって。

 全身に感じる風圧。

 心地いい。

 飛び降りがこんなに気持ちいいものだったなんて。


 ……でも今はそんなに(ひた)ってる時間はない。

 最後の博打(ばくち)

 ここから先は運次第。

 さあ、唱えよう。


「エグゼ・ディケ。庭の植木に引っかかりますように――」



> クラマ 運量:201 → 0/10000(-201)



 このあたりに木が植わってたのは分かってる。

 上手くいくかどうかは……五分五分かな。


 これで僕のやるべき事は終わり。

 後は……そう。

 体に受ける、この風の心地良さに身を任せよう――


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