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105話『クラマ#14 - pre-mortality』

「マユミさ~ん! いる~!?」


 ダンジョン地下2階からヒウゥース邸の地下へと侵入した僕ら一同。

 僕の他には、イエニア、パフィー、レイフ、ティア、そしてイクス。

 侵入方法はティアの槍で地下の天井をぶち壊して、上に跳んだイクスにロープを降ろしてもらった。


 そして今、鉄格子(てつごうし)の並ぶ地下牢らしき所で、僕たちはマユミの名前を呼んでいる。


「あっ! クラマ! こっちこっち! こっちっすよ~!」


 返事はすぐに返ってきた。

 果たして声のした場所へ僕らが向かうと……そこには喜び跳ね回るマユミの姿が!

 とりあえず僕は心配するような声をかけた。


「大丈夫ですか? 何かされなかった?」


「いえ、それが……ここに連れて来られてから何もなかったんすよね。定期的に食べ物を持ってきてくれるくらいで」


「じゃあ普段通りの生活だったわけだね」


「なっ! なんすかそれ~! 私が引き()もりみたいに……その通りです!」


 その通りだよね。

 しかし何もされなかったのか……そうかぁ……。

 きっと、この切羽詰(せっぱつ)まった事態ではマユミにまで手を出してる暇がなかったんだろう。

 この世界では魔法で嘘を見破れるので、情報を引き出すのに拷問をする必要がない。

 なんでか僕はされたけどさ。


 そうやってマユミに話を聞いてる間に、パフィーが手早く鍵束(かぎたば)を見つけてきた。

 それっぽい鍵を鉄格子の扉に()め込んでいく。


「たぶんこれで……やった! 開いたわ!」


「ありがと~! 皆なら絶対助けてくれるって信じてましたよ~!」


「そりゃそうだよ。僕にはみんなを見捨てるなんて出来ない。まあ、外で頑張ってくれてるセサイルのおかげだけどね」


「そうなんすか……。あ! そうだ、他にも捕まってる人がいるんすよ! 私の隣にも……オルティちゃーん?」


「オルティ!?」


 イクスがその名に反応する。

 確かそう、オルティというのはワイトピートに捕まったイクスの仲間の名前だ。

 マユミに誘導された僕らは隣の部屋へ。

 するとそこに、ひとりの少女の姿があった。

 イクスは鉄格子に勢いよく掴みかかって、少女の名を呼ぶ。


「オルティ!! 大丈夫!? 助けに来たよ、オルティ! ……オルティ?」


 イクスの呼びかけ。

 しかし反応がない。

 死んでいる……わけじゃない。

 照明が乏しく薄暗いので見えにくいが……鉄格子の奥の彼女は気だるげに身じろぎして、口を開いた。


「はぁ……来ちゃったんだ、イクス。まぁ、いいか……べつに……」


 そう言ってオルティは、鉄格子の奥で顔を上げた。


「ひゃっ……!?」


「う……これは……!」


 その顔を見た女性陣から(うめ)き声が漏れる。

 おそらく端正だったであろう少女の顔は、左半分が生皮を剥がれて、筋繊維や血管、そしてまんまるとした眼球がグロテスクに露出していた。



> クラマ 心量:83 → 122(+39)



「あ……ああ……オルティ……!」


 イクスは変わり果てた仲間の姿を目にして震えていた。

 おそらく、こうなるまでに助けられなかった罪悪感……己への自責に(さいな)まれているのだろう。


 僕はパフィーから鍵束をもらって鉄格子の扉を開けた。

 飛び込むように中に入っていくイクス。

 イクスはオルティを強く抱きしめ、(むせ)び泣いた。


「ごめん……ごめんね、オルティ……わたしが……わたしがもっとちゃんとしてれば……!」


 それに対してオルティは、少し困ったような、それでいて無気力なため息を吐いた。


「はぁ……変わってないわね。イクスが気にする事じゃないでしょ。冒険者なんだから、捕まった自分が悪いの」


 諦観。

 無気力。

 無感動。

 イクスから聞いていた話では、オルティという少女はそんな大人びた性格ではなさそうだった。

 ここでの扱いによって変えられてしまったのだろう。

 もしかしたら顔を剥がされただけじゃないのかもしれない。

 日の当たらない地下室で、いったい彼女の身に何が……。


 僕は口を開いた。


 ――他にも何かされたの?



 ……と、言おうとしてやめた。

 心量は多い方がいい。

 少しでも心量を上げておくために、彼女の口からどんな拷問を受けたか語らせるべきだ。

 それが勝率を上げるための最善の行為。

 なのだけど……


「……心配しないで! 知り合いに腕のいいお医者さんがいるから、ここを出たら紹介するよ!」


 僕は力強くそう言った。

 それからレイフから布のローブを受け取り、オルティに優しくかける。


「……え、それ……本当……?」


 オルティは顔を上げて僕を見上げた。

 剥き出しの眼球がギョロッと動いて、至近距離で僕を見る。

 僕はそれを真っ直ぐに見返して言った。


「うん。大丈夫だよ、きっと治せるから。他にも僕にできる事があったら協力するからね! なんでも言ってくれていいよ!」


「……そ。ま、まぁ……どっちでもいいけど……ありがと……」


 ニーオ先生はサクラの手術痕も消せるって言ってたから、整形外科の心得もあるんだろう。

 これだけ酷い状態のを治せるかは知らないけれど。


 それから扉をくぐって出たオルティが言う。


「ああ、奥にまだひとり捕まってるのがいるから。一応助けてあげて」


「わたくしが参りましょう。クラマ様、鍵を」


 言われてティアに鍵束を渡す。

 鍵束を受け取ったティアは、イクスやオルティと共に奥へと歩いていき……さて。

 もういいかな。

 僕はイエニアに黒槍を差し出した。


「イエニア、お願い」


「……ええ」


 彼女はそれを受け取る。

 神妙(しんみょう)な……真剣な眼差しが僕に向けられる。


「本当にいいのですね? 私たちは行かなくて」


「うん。大丈夫、僕を信じて」


 僕の吐いた台詞を受けて、イエニアはハァーッと大きなため息をついた。


「まったく、そう言われては言い返せませんね。……分かりました」


 イエニアは両手で槍を持ち、穂先(ほさき)を真上へと向けた。


「あなたのために、道を(ひら)きます」


 そうして、その詠唱を開始した。


「オクシオ・ヴェウィデイー! サウォ・ヤチス・ヒウペ・セエス・ビウピセイーネ・トラエドス・ダーフェス・イートゥレーネ!」


 槍が淡い光を帯びる。

 同時に魔力の波が周囲に撹拌(かくはん)し、僕の心臓が共鳴して震える。


「悪を潰やすヴィルスーロの槍よ! 正しき心、正しき道、信ずる者のため、今ここに開かれよ!」


 薄暗い地下牢の闇を振り払うかのように、声高に響き渡る声。

 その威を示す言葉は、強く。

 力をもって(つむ)がれた。


「ヤルブ・プルトン・サイファー!!」



> イエニア心量:182 → 82/500(-100)



 槍の穂先に赤い光が満ちる。

 その光は次の瞬間、轟音、地響き、暴風、あらゆる力を発散しながら、まっすぐ上空へと突き抜けた!




 ……荒れ狂う猛威が収まった後。

 周囲に立っているのは槍を手にしたイエニアだけであり――

 その上には、天までくり抜いたような大穴が、ぽっかりと開いていた。


「終わりましたよ。大丈夫ですか、皆さん?」


 僕を含め、衝撃に尻餅をついていた一同は立ち上がる。

 そして立ち上がった僕はイエニアから黒槍を受け取った。


 ……これで直通ルートが作られた。

 あとは登っていくだけだ。

 きっと、あの男が待っている。


「あっ! イエニア、敵が集まってきたわ! くっつけた扉が壊されそうよ!」


 パフィーの声。

 イエニアはそれに反応して応答する。


「分かりました! 今行きます! ……ではクラマ、ご武運を」


「うん、ありがとう。イエニアも気をつけて」


 僕の言葉に頷き、迎撃のために駆けていくイエニア。


「じゃあ私も、ティアの方を手伝いに行こうかしら」


 最後に残ったレイフが、そう言って去ろうとする。

 それを僕は呼び止めた。


「あ、レイフ!」


「ん? なあに?」


「実はね、みんなと離れた後、ダンジョンの最下層に……」


 僕は思い出す。

 あの夜の事を。




 ――ちょっと待った。そこも誤解があるんじゃないか。僕が好きなのは――


 ――分かったわ、パーティーを抜けるのはやめる。その代わりに……今の言葉の続きは、ダンジョン攻略が終わってから聞くわ。




「……………………」


「あら、どうしたの? 言いかけてやめるなんて」


「いや……」


 ダンジョンは攻略した。

 だから告白する。……なんて。


 違う。

 違うよな。

 今の僕に必要なこと。

 僕が今やるべきことは、そうじゃない。


「……なんでもない。代わりにひとつ聞いていいかな?」


「なにかしら?」


 僕は問う。


「実は僕がみんなを裏切ってて、この作戦が失敗するように仕組んでたとしたらどうする?」


「んん~? んー……そうねぇー……」


 彼女は人差し指を頬にあてて、考えるしぐさをする。

 二秒、三秒、四……。

 やけに長いように感じた。

 でも、実際にはそんなに長い時間はかかっていない。


 そうして、彼女は答えた。


「それもいいかもね?」


 日向(ひなた)のような優しい笑顔を向けて。




「……だよね」


 ああ――よかった。

 本当に。

 この人がいてくれて。


「ありがとう。じゃあ、行ってくる」


「ええ、行ってらっしゃい」


 これで、すべての準備が整った。

 僕は筋力強化の魔法を唱えて、跳んだ。

 修理した銀の鞭と長棒を使って、天井に空いた穴から上の階に登っていく。



> クラマ 心量:122 → 97(-25)



 ……実のところ、既にここでの戦いは終わっている。

 セサイルや皆の戦いを見るまでもない。

 本当はもっとずっと前。

 とうの昔に勝敗は決していたのだ。

 そう、それは貸家に憲兵が踏み込んできて、僕らが地下へ、ティアやセサイルたちが地上へと別れた後のこと。

 セーフハウスの中でティアに通信が来た。

 あの通信は、誰あろうラーウェイブ国王から直接の通信だった。

 国王が直々に騎士団を率いてこちらに向かっている……という内容の話。

 あの時点でもうこちら側……正確にはティアの負けはなくなっていて、そこからの僕は自分の目的のために動いていた。


 ティアは本当にすごい人だ。

 こうして結果を見れば大勝利。

 当初は不可能と思われた無謀な目標を大きな犠牲もなく達成し、国王の信を得て凱旋(がいせん)しようとしている。

 彼女はもしかしたら、次の国王になるのかもしれない。


 しかしティアと僕の目的は違う。

 勝ちは決まっている。

 “ここでの勝利”を考えるなら、この先に行くのは不要。

 それでも僕は登った。

 この先で、あいつが待っているから。




「――やあ、来たね」


 天井に開いた穴を登りきった僕を、そいつはそう言って出迎えた。

 大小さまざまな瓦礫(がれき)が散乱した寝室らしき部屋。

 荒廃した部屋の中、ひときわ大きな瓦礫に腰かけて。

 大量の返り血を(かぶ)って、全身を真っ赤に染め上げた男が。


「ああ、来たよ」


 穴から()い上がった僕は立ち上がって、待ち受ける男を見据えた。


 ワイトピート。


 僕の同類。


 彼にはどうしても、ここで会っておかなければならなかった。




 天井が崩れて空が露出した部屋だが、差し込む日差しは(かげ)っている。

 もう夕暮れ時だ。

 ふと、冷たい風が吹いた。

 この世界で風が吹くのは珍しい。

 次に吹いた時には、きっとすべてが終わっていることだろう。


 運命はここに着地した。

 今や僕らの間には、階下での戦い、そして街の外での戦いも関わりがない。


「フフ……最悪のロケーションだがね。こうして二人きりになれただけ良しとしよう」


 男に言われたいセリフじゃないが同感だ。


「ああ。僕もこの時を待ってたよ。お前と出会った日から、ずっとね」


 これまで苦労をかけて、周囲のみんなを動かして、自分の思うように誘導してきたのはこの時のため。

 さあ、終わりの時を始めよう。





> クラマ 運量:195/10000

> クラマ 心量:97


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