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その後は、公爵邸の客室に通されました。
彼と向かいあってソファに座ると、私は淡々と事情を説明しました。
「……つまり、ぼくが望んでいるのはイリアだと知っていて、国王は代わりに君を寄越したと」
「はい、その通りです」
「ひどくない?」
まあ、ひどいかもしれません。
私が困っていると、公爵は力無く言葉を続けました。
「いまの国王にイリア以外の王女がいるとは知らなかったよ」
「私は側妃の娘で、公の場所に出ることもありませんから」
「いや……だからって……確かにあの契約なら、これで罰則はないけど……いやでもさあ……やっぱひどいよ!」
公爵は机に突っ伏し、しばらく泣いてから顔を上げると、きっと私を睨みつけました。
「君も君だ! ぼくが望んでいるのが君ではないと知っていて、よく嫁いで来られたものだ!」
最初から予想していた罵声でしたので、私は黙ってそれを受け入れました。
「よくもぼくを騙してくれたな! ぼくが結婚したかったのはイリアだ! 君じゃない! 君とは離縁だ! ここから出て行ってくれ!」
彼の怒りはもっともです。
私たちは彼に事実を告げずに結婚の相手を入れ替え、後から文句をいっても遅いように、ちゃっかり先に籍まで入れちゃってるのですから。
もちろん、私にも公爵に対する罪悪感はあります。
公爵が花嫁に望んでいるのは姉だと知っていて、身代わりに嫁ごうというのですから。それでもすんなりと話を受け入れたのは――国王である父の命令に逆らえないというのが一番ですが……私自身にも、考えがあったからです。
「お言葉ですが公爵様、父がそう対応せざるえない状況を作った、あなたにも非があるのでは?」
「なに?」
「姉の気持ちも考えず、恐ろしい契約を盾に妻に迎えようなど、はっきり言って外道のやることです。しかも、公爵家はこれまでまったく表舞台に出てこず、どんな人物かもわからない。そんな相手に大切な娘を嫁がせたい親などいるはずがないではありませんか」
「しかし君のことは嫁がせてきたではないか」
それは私が父にとって『大切な娘』ではないからです。
しかし、彼にそれを説明する必要があるとは思えませんでした。
「王家はあなたを騙しましたが、あなたのやり方にも問題がありました。ここは私たち、どっちもどっちではありませんか?」
きっぱりと言い放つと、公爵様は面食らったような表情をされました。
「フェリアンナ……」
「え?」
彼が小さな声で――姉のものでも、私のものでもない女性の名前を呟きました。
私は不思議に感じて聞き返しましたが、彼はただ「いや」と小さく首を振りました。
「君は、大人しそうな見た目に反してはっきりとものを言う女性だね……ぼくが怖くはないのかい? 世間では、ぼくは呪われていると言われているんだろう」
「怖いか怖くないかといえば、もちろん怖いです。ですが、それはあなたが呪われているからではなく、あなたがどんな人かわからないから。それでも言うべきことは言わなくては」
なにしろ王宮では、黙っていてはなにも支給されませんでしたので。
言うべきことを言うべきときに言わなければ、食いっぱぐれてしまうのです。
そんな私に、公爵様は「ふっ」と笑みをこぼした――ように見えました。自信がないのは、彼がすぐに俯いてしまったからです。
「私が愛してるのはイリアだ」
彼はぽつりとそう言うと、ふいと顔を背けました。
「事情は分かった。確かに私にも落ち度はあったようだ。しかし私が愛しているのはイリアで、君と結婚生活を送るつもりはない……籍を入れてしまったからには、一年は離縁できないが」
離縁をするためには、白い結婚を一年続けなければなりません。
そして私たちが一年後に離縁しても、すでに王家と彼の契約はこれで果たされたことになります。次にイリアが彼の求婚を断ったとしても、罰則は発生いたしません。
「それでも、ぼくは君と一年後に離縁し、あらためてイリアに求婚する……必ずだ!」
私はそんな公爵様を見て、少しだけ感心しました。
理由はわからないし、求婚のやり方もよくなかったけれど、公爵様が姉を愛する気持ちは本物だと伝わってきたからです。そんな彼を、私はちょっとだけ可愛いと思いました。
……まあ、女性の趣味は悪いですが。
「良いか、ぼくが君を愛することはない! 公爵夫人としての待遇など期待しないことだ!」
公爵様はそう言い捨てると、私を残し、足早に客室を去って行きました。
……と思ったら、すぐに戻って来て、扉から顔だけこちらに覗かせました。
「あとで使用人を寄越す、ここでの生活のことは、その者に聞くが良い!」
どうやら、使用人は与えてもらえるようです。




