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【最終章開始!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
最終章

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第5話 嵐の予兆



 窓ガラスが、ガタガタと不安な音を立てて震えている。


 厚いカーテンの隙間から、紫色の稲妻が走るのが見えた。

 数秒遅れて、ドーンという重い雷鳴が腹の底に響く。

 季節外れの大型台風が、王都を直撃しようとしていた。


「……うぅ」


 私はベッドの中で、こめかみを押さえて呻いた。

 頭が痛い。

 低気圧が近づくと、古傷が痛むように、魔力回路が圧迫される感覚がある。

 ましてや今の私は臨月だ。

 お腹はスイカのようにパンパンに膨れ上がり、少し動くだけでも息が切れる。

 体中のバランスが崩れているところに、この嵐だ。

 元社畜の根性をもってしても、今日ばかりは起き上がれそうになかった。


「ママ……だいじょうぶ?」


 ベッドの脇から、心配そうな声がした。

 レオンだ。

 彼は私の顔を覗き込み、眉を八の字にしてオロオロしている。

 遊びたい盛りなのに、今日は一日中、私のそばを離れようとしない。


「ええ、大丈夫よ。……ただ、少し頭が重いだけ」

「あかちゃん、おもいの?」

「そうね。赤ちゃんも、この嵐にびっくりしているのかも」


 私が苦笑すると、レオンは決意したような顔で頷いた。

 そして、小さなお手てを私のお腹にそっと乗せた。


「……いたいの、いたいの、とんでけ!」


 幼い呪文。

 けれど、そこで発動したのは、ただの気休めではなかった。


 フワッ。


 レオンの掌から、淡い金色の光が溢れ出した。

 それは温かく、日向のような匂いがした。

 光は私のお腹から全身へと染み渡り、鉛のように重かった頭痛を、優しく溶かしていく。


「……えっ?」


 痛みが引いた。

 完全に消えたわけではないけれど、呼吸が楽になる。

 これは、治癒魔法?

 いいえ、違う。

 これは「守り」の魔法だ。

 ソフィア王女に教わった防御結界の応用で、外部の圧力(低気圧)から私を遮断し、内側の平穏を守ろうとしてくれているのだ。


「……レオン、これは?」

「ソフィアおばさまにおそわったの! ママとあかちゃんをまもるまほう!」


 レオンが得意げに胸を張る。

 まだ四歳だというのに。

 教わったことを応用して、こんなに繊細な魔力操作ができるなんて。

 親バカを差し引いても、天才かもしれない。


「すごいわ、レオン。……とっても楽になったわ」

「ほんと?」

「ええ、本当よ。ありがとう、お兄ちゃん」


 私がそう呼ぶと、レオンはパァッと顔を輝かせた。


「おにいちゃん! うん、ボクおにいちゃんだから! ママもあかちゃんも、ボクがまもる!」


 彼は嬉しそうに、もう一度私のお腹を撫でた。

 その手つきは、以前のような不安や嫉妬を含んだものではなく、慈しみに満ちていた。

 彼はもう、赤ちゃんをライバルだとは思っていない。

 守るべき対象として、受け入れているのだ。


 バンッ!


 扉が勢いよく開いた。

 風雨の音と共に、びしょ濡れのクラウス様が飛び込んでくる。


「ミズキ! 無事か!?」

「きゃっ、クラウス様。濡れたままで入ってこないでください」

「す、すまない。だが、風が強くなってきて……結界の補強が必要だ」


 彼は慌てて上着を脱ぎ捨て、タオルで髪を拭きながらベッドに近づいてきた。

 その顔には疲労の色が濃い。

 国王として、台風被害の対策指揮を執り続けているのだ。

 それでも、隙を見つけてはこうして私の様子を見に戻ってくる。


「私は平気ですよ。レオンが守ってくれていますから」

「レオンが?」


 クラウス様がレオンを見る。

 レオンは「えっへん」と腰に手を当ててポーズを取った。


「パパ、おそいよ。ボクがママのいたいの、なおしてあげたんだから」

「な、なんと……。先を越されたか」


 クラウス様は悔しそうに、でも嬉しそうにレオンの頭をくしゃくしゃに撫でた。


「よくやった、レオン。お前は立派なナイトだ」

「えへへ。ナイト!」


 和やかな空気が流れる。

 外は嵐でも、この部屋の中だけは温かい。

 家族の絆が、最強のシェルターになっている。


 しかし。

 その平穏を破るように、また一つ、大きな雷が落ちた。


 ドォォォォォン!!


 地響きと共に、窓ガラスがビリビリと震える。

 部屋の照明が一瞬明滅した。


「……ひっ」


 私は思わずお腹を押さえた。

 今のは、雷の音だけではない。

 お腹の底で、何かが弾けたような感覚があった。


「ミズキ?」


 クラウス様の顔色がさっと変わる。

 私の異変を、敏感に察知したようだ。


「……クラウス様。少し、変です」

「変とは?」

「お腹が……キュッとなる間隔が、短くなっている気がします」


 さっきまでは、低気圧のせいだと思っていた重苦しさ。

 でも、これは違う。

 規則的な痛み。

 そして、腰の奥から押し寄せるような波。


 陣痛だ。


「まさか……まだ予定日までは数日あるはずだぞ」

「この天気ですもの。気圧の変化で、早まったのかもしれません」


 私は深呼吸をして、痛みを逃そうとした。

 まだ我慢できるレベルだ。

 でも、確実に始まっている。


「侍医長を! いや、マリア! お湯を沸かせ! 準備だ!」


 クラウス様が叫び、部屋を飛び出そうとして、柱に肩をぶつけた。

 相変わらずだ。

 レオンの時もそうだったけれど、いざとなると私より彼の方がパニックになる。


「落ち着いてください、あなた。まだ生まれませんよ」

「だ、だが! 外は嵐だぞ! もし何かあったら……!」

「大丈夫です。ここは王宮で、あなたは国王で、レオンという最強のナイトもいます」


 私はレオンに手を伸ばした。

 レオンは私の手をギュッと握り返してくれた。

 その手は震えていたけれど、逃げようとはしなかった。


「レオン。ママ、これから赤ちゃんを産むからね。少し痛い顔をするかもしれないけど、怖がらないでね」

「……うん。ボク、ここにいる。ママの手、はなさない」


 健気な言葉に、涙が出そうになる。

 強くなったね、レオン。


 クラウス様も深呼吸をして、戻ってきた。

 その顔には、覚悟の色が戻っていた。


「……分かった。私は全力を尽くして環境を整える。結界を最大出力で固定し、侍医団を招集する」

「お願いします」


 風雨の音が激しさを増していく。

 まるで、世界が新しい命の誕生を、荒々しいファンファーレで迎えているようだ。


 ズキン。

 痛みの波が、さっきより強く押し寄せる。


 さあ、来なさい。

 私の二人目の天使。

 お兄ちゃんも、パパも、みんな待っているわよ。


 長い夜が始まろうとしていた。

 家族全員で挑む、二度目の戦いだ。


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