第7話 安眠の継承
(……綺麗)
ふと目が覚めて、私は息を呑んだ。
まだ夜明け前の、薄暗い寝室。
しかし、私の視界には幻想的な光の帯が見えていた。
私の胸元から溢れ出す淡い青色の光――「鎮静」の魔力が、隣で眠るクラウス様へと流れていく。
そして、クラウス様からは力強い金色の光――「王」の魔力が、真ん中にいるレオンへと注がれている。
さらに、レオンからは銀色のキラキラした光が、私へと戻ってくる。
三色の光が混ざり合い、絡み合い、ベッドの上で緩やかな螺旋を描いている。
それはまるで、私たちを外界から守る揺り籠のようだった。
私はそっと、真ん中で眠るレオンの頬に触れた。
昨日のような冷たさはもうない。
ぽかぽかと温かく、規則正しい寝息を立てている。
指先から散っていた不安定な火花も、完全に消えていた。
「……よかった」
安堵のため息が漏れる。
私の仮説は正しかったのだ。
親子だからこそ繋がる魔力のパス。
クラウス様が恐れていた「共鳴による暴走」ではなく、「共鳴による安定」が起きている。
反対側を見る。
クラウス様は、今まで見たことがないほど深く眠っていた。
眉間の皺も、苦しげな唸り声もない。
レオンの小さな手を、自分の大きな手で包み込むように握ったまま、泥のように眠っている。
彼もまた、癒やされているのだ。
息子の魔力に触れることで、自分の中の孤独なインナーチャイルドが慰められているのかもしれない。
私は幸せな気持ちで、再び目を閉じた。
この光の輪の中にいれば、どんな悪夢も入ってこられない。
安眠の継承。
私たちが勝ち取った平穏は、こうして次の世代へと受け継がれていくのだ。
***
次に目を覚ましたのは、部屋の外の話し声がきっかけだった。
「……おい、静かすぎるぞ。まさか、中で冷え切っているんじゃないだろうな」
「縁起でもないことを仰らないでくださいまし。でも、昨夜の空気は最悪でしたから……心配ですわね」
聞き覚えのある声だ。
アデルバート皇帝と、ソフィア王女。
時計を見ると、すでに朝の九時を回っている。
どうやら、昨夜の窓ガラス粉砕事件と、その後のクラウス様の引きこもり騒動を聞きつけて、心配して来てくれたらしい。
私は体を起こそうとしたが、両側からの拘束がきつくて動けなかった。
右腕はレオンに枕にされ、左腕はクラウス様に抱きしめられている。
完全にロックされている。
ガチャリ。
扉が開く音がした。
侍女のマリアが止める間もなく、二人の貴人が踏み込んでくる。
「クラウス! ミズキ! 無事か!?」
「失礼いたしますわよ!」
二人が寝室に飛び込んできた。
そして、ベッドの上の光景を見て、ピタリと足を止めた。
「……は?」
アデルバートが間の抜けた声を出す。
ソフィアが扇子を取り落としそうになる。
彼らの視線の先には、川の字になって爆睡している私たち親子。
朝日を浴びて、三人の魔力が虹色に輝いている(ように見えるほど平和な)光景。
「……なんだ、これは」
アデルバートが呻いた。
呆れと、そして純粋な驚嘆が混じった声だった。
「最強の結界じゃないか」
彼の言葉に、私は布団から顔だけ出して、くすりと笑った。
「おはようございます、皆様。……朝の面会時間は、まだ少し早いようですが」
「ミ、ミズキ! あなたたち、昨夜あんなに揉めていたのに……」
ソフィアが信じられないという顔で近づいてくる。
彼女はベッドの脇に立ち、すやすやと眠るレオンと、その手を握って離さないクラウス様を見て、深いため息をついた。
「心配して損しましたわ。……ご覧なさい、アデルバート陛下。この幸せそうな顔」
「ああ。昨日の、あの悲痛な顔をしていた男と同一人物とは思えん」
アデルバートも苦笑して肩をすくめる。
その話し声で、クラウス様がようやく目を覚ました。
うぅ、と唸り声を上げ、重いまぶたを持ち上げる。
そして、目の前に皇帝と王女がいることに気づき、飛び起き――ようとして、レオンがいることに気づいて寸止めした。
「……ん? アデルバート? ソフィア? なぜ寝室にいる」
「見舞いだ、馬鹿者。お前が育児ノイローゼで死にかけていると聞いたからな」
アデルバートが腕組みをして見下ろす。
クラウス様は一瞬何のことか分からなそうな顔をしたが、昨夜の記憶が蘇ったのか、急に顔を赤くして咳払いをした。
「……心配をかけたようだな。だが、もう問題ない」
彼は隣で眠るレオンの頭を、愛おしそうに撫でた。
「私の魔力は、呪いではなかった。……この子を守るための力だったんだ」
その言葉の響きは、力強く、迷いがなかった。
トラウマの克服。
王としての、そして父としての自信を取り戻した顔だ。
「それは重畳。……しかし、お前たちのその『川の字』とやらは、魔術的にも興味深いな」
アデルバートが顎をさする。
「三人の魔力が循環し、増幅し合っている。これなら、外部からの干渉を一切受け付けないだろう。まさに、鉄壁の要塞だ」
「ええ。これこそが、我が国が誇る『安眠システム』の完成形です」
私が胸を張ると、ソフィアが「また変な名前をつけて」と笑った。
レオンが目を覚ました。
ぱっちりと目を開け、周囲に集まった大人たちを見て、にこりと笑う。
そして、クラウス様に向かって手を伸ばした。
「あー!」
「おはよう、レオン」
クラウス様がレオンを抱き上げ、頬ずりをする。
その目尻は下がりっぱなしだ。
昨日までの「魔王」のような雰囲気はどこへやら。今は完全に「親バカ」である。
「やれやれ。これでは、我々の出る幕はないな」
アデルバートが踵を返した。
その背中は、どこか満足げだった。
彼もまた、魔力過多に苦しんだ者として、この結末に救いを見たのかもしれない。
「行きましょう、アデルバート陛下。お邪魔虫は退散ですわ」
ソフィアもウィンクをして後に続く。
二人が部屋を出て行くと、再び静寂が戻ってきた。
けれど、昨夜のような冷たい静けさではない。
温かく、満ち足りた朝の空気。
「……ミズキ」
クラウス様が私を見た。
「ありがとう。君のおかげで、私はまた一つ、強くなれた気がする」
「お礼なら、レオンに言ってください。この子がパパを信じてくれたんですから」
「そうだな。……ありがとう、レオン」
三人で身を寄せ合う。
窓の外では、小鳥がさえずり、新しい一日が始まろうとしている。
でも、もう少しだけ。
この温もりの中にいたい。
「二度寝、しますか?」
「……いや、さすがに起きよう。腹が減った」
クラウス様が照れくさそうに笑う。
健康的だ。
悩むより、食べて、寝て、笑う。
それが一番の解決策なのだ。
私はベッドから抜け出し、大きく伸びをした。
今日も忙しくなりそうだ。
でも、もう何も怖くない。
私たちには、最強の「帰る場所」があるのだから。




