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【最終章開始!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
第4章

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第7話 安眠の継承



(……綺麗)


 ふと目が覚めて、私は息を呑んだ。

 まだ夜明け前の、薄暗い寝室。

 しかし、私の視界には幻想的な光の帯が見えていた。


 私の胸元から溢れ出す淡い青色の光――「鎮静」の魔力が、隣で眠るクラウス様へと流れていく。

 そして、クラウス様からは力強い金色の光――「王」の魔力が、真ん中にいるレオンへと注がれている。

 さらに、レオンからは銀色のキラキラした光が、私へと戻ってくる。


 三色の光が混ざり合い、絡み合い、ベッドの上で緩やかな螺旋を描いている。

 それはまるで、私たちを外界から守る揺り籠のようだった。


 私はそっと、真ん中で眠るレオンの頬に触れた。

 昨日のような冷たさはもうない。

 ぽかぽかと温かく、規則正しい寝息を立てている。

 指先から散っていた不安定な火花も、完全に消えていた。


「……よかった」


 安堵のため息が漏れる。

 私の仮説は正しかったのだ。

 親子だからこそ繋がる魔力のパス。

 クラウス様が恐れていた「共鳴による暴走」ではなく、「共鳴による安定」が起きている。


 反対側を見る。

 クラウス様は、今まで見たことがないほど深く眠っていた。

 眉間の皺も、苦しげな唸り声もない。

 レオンの小さな手を、自分の大きな手で包み込むように握ったまま、泥のように眠っている。


 彼もまた、癒やされているのだ。

 息子の魔力に触れることで、自分の中の孤独なインナーチャイルドが慰められているのかもしれない。


 私は幸せな気持ちで、再び目を閉じた。

 この光の輪の中にいれば、どんな悪夢も入ってこられない。

 安眠の継承。

 私たちが勝ち取った平穏は、こうして次の世代へと受け継がれていくのだ。


 ***


 次に目を覚ましたのは、部屋の外の話し声がきっかけだった。


「……おい、静かすぎるぞ。まさか、中で冷え切っているんじゃないだろうな」

「縁起でもないことを仰らないでくださいまし。でも、昨夜の空気は最悪でしたから……心配ですわね」


 聞き覚えのある声だ。

 アデルバート皇帝と、ソフィア王女。

 時計を見ると、すでに朝の九時を回っている。

 どうやら、昨夜の窓ガラス粉砕事件と、その後のクラウス様の引きこもり騒動を聞きつけて、心配して来てくれたらしい。


 私は体を起こそうとしたが、両側からの拘束がきつくて動けなかった。

 右腕はレオンに枕にされ、左腕はクラウス様に抱きしめられている。

 完全にロックされている。


 ガチャリ。

 扉が開く音がした。

 侍女のマリアが止める間もなく、二人の貴人が踏み込んでくる。


「クラウス! ミズキ! 無事か!?」

「失礼いたしますわよ!」


 二人が寝室に飛び込んできた。

 そして、ベッドの上の光景を見て、ピタリと足を止めた。


「……は?」


 アデルバートが間の抜けた声を出す。

 ソフィアが扇子を取り落としそうになる。


 彼らの視線の先には、川の字になって爆睡している私たち親子。

 朝日を浴びて、三人の魔力が虹色に輝いている(ように見えるほど平和な)光景。


「……なんだ、これは」


 アデルバートが呻いた。

 呆れと、そして純粋な驚嘆が混じった声だった。


「最強の結界じゃないか」


 彼の言葉に、私は布団から顔だけ出して、くすりと笑った。


「おはようございます、皆様。……朝の面会時間は、まだ少し早いようですが」

「ミ、ミズキ! あなたたち、昨夜あんなに揉めていたのに……」


 ソフィアが信じられないという顔で近づいてくる。

 彼女はベッドの脇に立ち、すやすやと眠るレオンと、その手を握って離さないクラウス様を見て、深いため息をついた。


「心配して損しましたわ。……ご覧なさい、アデルバート陛下。この幸せそうな顔」

「ああ。昨日の、あの悲痛な顔をしていた男と同一人物とは思えん」


 アデルバートも苦笑して肩をすくめる。


 その話し声で、クラウス様がようやく目を覚ました。

 うぅ、と唸り声を上げ、重いまぶたを持ち上げる。

 そして、目の前に皇帝と王女がいることに気づき、飛び起き――ようとして、レオンがいることに気づいて寸止めした。


「……ん? アデルバート? ソフィア? なぜ寝室にいる」

「見舞いだ、馬鹿者。お前が育児ノイローゼで死にかけていると聞いたからな」


 アデルバートが腕組みをして見下ろす。

 クラウス様は一瞬何のことか分からなそうな顔をしたが、昨夜の記憶が蘇ったのか、急に顔を赤くして咳払いをした。


「……心配をかけたようだな。だが、もう問題ない」


 彼は隣で眠るレオンの頭を、愛おしそうに撫でた。


「私の魔力は、呪いではなかった。……この子を守るための力だったんだ」


 その言葉の響きは、力強く、迷いがなかった。

 トラウマの克服。

 王としての、そして父としての自信を取り戻した顔だ。


「それは重畳。……しかし、お前たちのその『川の字』とやらは、魔術的にも興味深いな」


 アデルバートが顎をさする。


「三人の魔力が循環し、増幅し合っている。これなら、外部からの干渉を一切受け付けないだろう。まさに、鉄壁の要塞だ」

「ええ。これこそが、我が国が誇る『安眠システム』の完成形です」


 私が胸を張ると、ソフィアが「また変な名前をつけて」と笑った。


 レオンが目を覚ました。

 ぱっちりと目を開け、周囲に集まった大人たちを見て、にこりと笑う。

 そして、クラウス様に向かって手を伸ばした。


「あー!」

「おはよう、レオン」


 クラウス様がレオンを抱き上げ、頬ずりをする。

 その目尻は下がりっぱなしだ。

 昨日までの「魔王」のような雰囲気はどこへやら。今は完全に「親バカ」である。


「やれやれ。これでは、我々の出る幕はないな」


 アデルバートが踵を返した。

 その背中は、どこか満足げだった。

 彼もまた、魔力過多に苦しんだ者として、この結末に救いを見たのかもしれない。


「行きましょう、アデルバート陛下。お邪魔虫は退散ですわ」


 ソフィアもウィンクをして後に続く。

 二人が部屋を出て行くと、再び静寂が戻ってきた。

 けれど、昨夜のような冷たい静けさではない。

 温かく、満ち足りた朝の空気。


「……ミズキ」


 クラウス様が私を見た。


「ありがとう。君のおかげで、私はまた一つ、強くなれた気がする」

「お礼なら、レオンに言ってください。この子がパパを信じてくれたんですから」

「そうだな。……ありがとう、レオン」


 三人で身を寄せ合う。

 窓の外では、小鳥がさえずり、新しい一日が始まろうとしている。

 でも、もう少しだけ。

 この温もりの中にいたい。


「二度寝、しますか?」

「……いや、さすがに起きよう。腹が減った」


 クラウス様が照れくさそうに笑う。

 健康的だ。

 悩むより、食べて、寝て、笑う。

 それが一番の解決策なのだ。


 私はベッドから抜け出し、大きく伸びをした。

 今日も忙しくなりそうだ。

 でも、もう何も怖くない。

 私たちには、最強の「帰る場所」があるのだから。


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