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【最終章開始!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
第4章

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第6話 王妃の説教



 私はクラウス様の背中を押し、寝室のベッドに座らせた。


 ふわりと沈み込むマットレスの感触。

 懐かしい匂い。

 数日間、主の不在で冷え切っていた寝室に、ようやく体温が戻ってきた。


「……ミズキ」


 クラウス様が、膝の上のレオンを抱きしめたまま、私を見上げた。

 その顔には、まだ少し戸惑いの色が残っている。

 無理もない。

 数分前まで「自分は息子を傷つけるだけの存在だ」と信じ込み、孤独の殻に閉じこもっていたのだから。

 それが私の強襲によって無理やり引きずり出され、今こうして、恐れていたはずの息子と密着している。


「逃がしませんよ。今日はここで、朝まで家族団欒です」


 私は仁王立ちで宣言し、腕組みをした。

 これは説教の続きだ。

 彼の中に残る最後の不安の種を、徹底的に潰しておかなければならない。


「……不思議だ」


 クラウス様が、レオンの小さな手を包み込みながら呟いた。


「あんなに不安定だったレオンの魔力が、今は嘘のように静かだ。私の魔力と触れ合っているのに、反発も暴走もしない。……なぜなんだ?」


 彼は自分の手を見つめる。

 かつて母を傷つけ、周囲を凍らせた呪われた手。

 それが今、息子の柔らかな肌を傷つけることなく、守るように包んでいる。


「それは、あなたがレオンの父親だからです」

「精神論か?」

「いいえ、魔術理論です」


 私はベッドの端に座り、二人の間に手を差し伸べた。

 私の指先から、淡い光の粒子が溢れ出し、クラウス様とレオンを繋ぐように漂う。


「『魔力パスの連結』をご存じですよね?」

「……ああ。魔術師同士が魔力を共有する際に行う、高度な同調技術だ。だが、赤子と無意識にそれができるはずが……」

「できているんです。無意識だからこそ」


 私はレオンの頭を撫でた。

 彼は気持ちよさそうに目を細め、クラウス様の胸に頭を擦り付ける。


「この子には、私の『鎮静』の魔力と、あなたの『王』の魔力が半分ずつ流れています。つまり、レオンにとってあなたの魔力は異物ではなく、自分の一部のようなもの。……一番馴染む毛布のような存在なんです」


 さらに、と私は付け加える。


「私があなたに触れることで、私の鎮静効果があなたを通じてレオンにも流れます。三人で一つの回路を作るんです。……循環ポンプのように、魔力が滞ることなく巡る。だから暴走しない」


 クラウス様が目を見開いた。

 理屈好きな彼に、この説明はストンと落ちたようだ。


「そうか……。私の魔力は、毒ではなかったのか」

「ええ。むしろ、レオンにとっては必要不可欠な栄養素です。あなたが避ければ避けるほど、レオンは魔力不足で不安定になり、暴走していたんですよ」


 私が指摘すると、クラウス様は痛そうに顔を歪め、それから深く項垂れた。


「……私は、なんて愚かなことを。息子を守るつもりが、逆に苦しめていたなんて」

「気づけたなら、それでいいです。これからは、たっぷりと補給してあげてください」


 私は彼の肩を抱いた。

 震えが止まる。

 彼は顔を上げ、涙の跡が残る瞳で私とレオンを見た。


「ありがとう、ミズキ。君が来てくれなければ、私は一生、後悔の闇を彷徨っていたかもしれない」

「どういたしまして。……でも、罰として今夜は寝かせませんよ?」

「えっ?」


 彼が驚いた顔をする。

 私は悪戯っぽく笑い、ベッドにゴロンと横になった。


「嘘です。寝かせないのではなく、徹底的に寝てもらいます。……ほら、実験開始ですよ」


 私はポンポンと、自分の隣のスペースを叩いた。

 真ん中を空けて。


「レオンを真ん中にして、私たちが挟むんです。これで最強の魔力循環結界が完成します。名付けて『川の字フォーメーション』です」

「……また変な名前をつけたな」


 クラウス様が呆れたように笑い、靴を脱いでベッドに上がってきた。

 レオンを大切そうに真ん中に寝かせる。

 そして、その反対側に彼が横たわる。


 広いキングサイズのベッドが、急に狭く、そして温かく感じられた。


 真ん中のレオンは、パパとママに挟まれて嬉しそうだ。

 右を見てキャッキャと笑い、左を見て手を伸ばす。

 その指先からは、もう冷たい雪も、危なっかしい火花も出ていない。

 ただ穏やかで、温かい光が灯っているだけだ。


「……温かいな」


 クラウス様が、レオン越しに私の手を取った。

 レオンのお腹の上で、私たちの手が重なる。


「ああ、本当に。……これで証明されましたね。私たちは、離れているより一緒にいる方が強いんです」

「違いない。……もう二度と、離れないと誓うよ」


 彼は私の手を握りしめ、そしてレオンの小さなお腹をそっと撫でた。

 その眼差しは、王としての威厳と、父としての慈愛に満ちていた。


 父のトラウマは消えた。

 過去の亡霊は、家族の体温に溶かされて成仏したのだ。


 レオンが大きなあくびをした。

 つられるように、私もあくびが出る。

 深夜の大騒動で、アドレナリンが切れてきたようだ。


「……寝ましょうか。明日は、壊れた窓の修理手配をしなきゃいけませんし」

「ああ。請求書を見るのが怖いな」


 冗談を言い合いながら、私たちは目を閉じた。

 魔力の循環を感じる。

 私からクラウス様へ、クラウス様からレオンへ、そしてレオンから私へ。

 途切れることのない愛のループ。


 これなら大丈夫。

 どんなに強い魔力を持っていても、この子が孤独になることはない。

 私たちがいる限り、安眠は守られる。


 私は満ち足りた気持ちで、深い眠りへと落ちていった。

 夢の中で、成長したレオンとクラウス様が、庭を駆け回っている姿が見えたような気がした。


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