表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【最終章開始!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/45

第5話 父のトラウマ



 ガランとした寝室に、時計の針が進む音だけが響いている。


 夜中の二時。

 キングサイズのベッドは、不自然なほど広かった。

 私の隣には、スヤスヤと眠るレオンがいる。

 けれど、その向こう側――いつもならクラウス様がいる場所は、冷たく整えられたままだ。


(……三日目、ですね)


 私は天井を見上げ、冷めた感情で日数を数えた。

 あの日、レオンの魔力が暴走し、部屋に雪が降った日。

 クラウス様は「私のせいだ」と言い残して部屋を出て行った。

 それきり、彼はこの寝室に戻ってこない。


 食事も執務室。

 仮眠も執務室。

 お風呂の時間すらずらして、徹底的に私とレオンを避けている。


 まるで、自分が病原菌か何かであるかのように。


「……バカな人」


 小さく呟く。

 寂しいという感情は、とうに通り越していた。

 今、私の胸にあるのは、ふつふつと湧き上がる静かな怒りだ。


 昼間、侍従の一人を捕まえて聞き出した。

 クラウス様は何を考えているのか、と。

 侍従は言いにくそうに、けれど安堵した様子で教えてくれた。


『陛下は、古い文献を読み漁っておられます。「強大すぎる魔力を持つ王族同士が近くにいると、魔力が共鳴して暴走を誘発する」という記述を気に病んでおられるようで……』


 迷信だ。

 魔力学の権威であるソフィア王女が聞いたら、鼻で笑うようなオカルト話だ。

 でも、今の彼にはそれが真実に見えている。

 恐怖というフィルターを通して。


 彼は本気で信じているのだ。

 自分がそばにいるだけで、愛する息子を傷つけてしまうと。

 だから離れる。

 それが彼なりの「守る」形なのだと。


(……ふざけないでください)


 私はベッドから起き上がった。

 守る?

 違う。

 それはただの逃げだ。

 自分が傷つきたくないから、息子が傷つく姿を見たくないから、距離を置いているだけ。


 レオンを見てみなさい。

 この子は、パパがいなくて寂しがっている。

 昼間、廊下でクラウス様の気配を感じるたびに、そちらへ顔を向けて手を伸ばしているのに。

 その小さな手を無視することの、どこが愛情だと言うの。


「レオン、起きなさい」


 私は眠る息子を抱き上げた。

 レオンは「ふぇ?」と声を上げ、眠そうな目をこすった。

 ごめんね。

 でも、今日は夜更かしに付き合ってもらうわよ。


「パパを迎えに行くわよ」


 私はガウンを羽織り、ルームシューズを履いた。

 髪は下ろしたままだし、化粧もしていない。

 でも、構うものか。

 これは夜襲だ。

 飾り気のない本音で殴り込みに行くのだから、姿もそのままでいい。


 私はレオンをしっかり抱き、寝室の扉を開けた。


 廊下には、夜警の近衛騎士たちが立っていた。

 彼らは私を見ると、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに背筋を伸ばして敬礼した。


「王妃殿下。……どちらへ?」

「散歩です。少し、国王陛下の執務室の方へ」


 私が冷ややかに告げると、騎士たちは顔を見合わせ、そして無言で道を開けた。

 止める気はないらしい。

 彼らもまた、引きこもりの王に手を焼いているのだ。

 「行ってやってください」という心の声が聞こえてくるようだ。


 カツ、カツ、カツ。

 深夜の王宮に、私の足音が響く。

 レオンは状況が分かっていないのか、私の胸で大人しくしている。

 時折、指先からパチパチと青い火花が出るが、私はそれを優しく撫でて消した。


 執務室の前に着いた。

 重厚な扉。

 その向こうに、あの臆病で、不器用で、愛すべき夫がいる。


「……ミズキ様」


 扉の前に控えていた侍従長が、私を見て深く頭を下げた。


「陛下は、どなたも通すなと仰せですが」

「そうですか。では、王妃権限で命令を上書きします」


 私は一歩も引かなかった。


「そこを退いてください。……夫を教育する時間です」


 侍従長は、ほんの少しだけ口元を緩め、「承知いたしました」と下がった。

 扉の鍵が開けられる。


 私は深呼吸をした。

 怒りを燃料に。

 愛を武器に。


 私はノックもせずに、ドアノブを回した。

 鍵はかかっていなかった。

 拒絶しているようで、心のどこかでは誰かが来るのを待っていたのかもしれない。

 そんな甘えすら、今の私には腹立たしい。


 バーン!!


 私は足で扉を蹴り開ける勢いで、中へと踏み込んだ。


「開けなさい、クラウス!」


 私の声が、薄暗い執務室に響き渡る。

 部屋の奥、書類の山に埋もれるようにしてソファに座っていた人影が、ビクリと跳ね上がった。


「ミ、ミズキ……!?」


 クラウス様が立ち上がる。

 その顔色は最悪だった。

 無精髭が伸び、目の下には濃い隈。

 数日会わなかっただけなのに、十歳くらい老け込んだように見える。


「な、なぜここに……。入ってくるなと言っただろう! レオンまで連れて……!」

「うるさいです!」


 私は彼に詰め寄った。

 彼が後ずさる。

 世界最強の魔術師が、パジャマ姿の妻に怯えて後退している。


「近寄るな! 共鳴する! あの子が苦しむんだ!」

「苦しんでいるのはあなたでしょう! 勝手に悲劇のヒロインぶらないでください!」


 私は彼の胸ぐらを――掴みたいところだが、レオンを抱いているので無理だ。

 代わりに、鋭い視線で彼を射抜いた。


「いいですか、よく聞きなさい。この子は、あなたではありません」


 私はレオンを見せた。

 レオンは、パパの顔を見て、ぱぁっと笑顔になった。

 そして、小さな手を彼の方へ伸ばす。


「あー! パッ、パ!」


 無邪気な声。

 そこに恐怖など微塵もない。

 あるのは、純粋な好意と信頼だけだ。


「見なさい。この子があなたを怖がっていますか? 苦しんでいますか?」

「……だが、魔力が……」

「魔力がどうしたというのです。雪が降ろうが窓が割れようが、直せばいいだけです。そんなことより、父親に拒絶される方がよっぽど傷つきます!」


 私の言葉が、彼の胸に突き刺さる。

 クラウス様が息を呑み、揺れる瞳でレオンを見た。

 レオンは必死に手を伸ばしている。

 抱っこして、と。


「……私は、怖いんだ」


 彼が本音を吐露した。

 弱々しい声。


「かつて、私の魔力は母を殺した。……もし、レオンの魔力が暴走して、君や、あの子自身を壊してしまったら……私は生きていけない」

「起きてもいない未来を勝手に絶望しないでください」


 私は一歩踏み出し、彼との距離をゼロにした。


「あなたは一人でした。でも、レオンには私たちがいます。私がいます」


 私の瞳を見て、と言葉に乗せる。


「私の『鎮静』の魔力は、飾りですか? あなたを救い、皇帝を救ったこの力が、我が子一人救えないとでも思っているんですか?」


 クラウス様がハッとする。

 そうだ。

 私を忘れている。

 最強の冷却装置がここにあることを。


「座ってください」


 私は彼をソファに押し倒すように座らせた。

 そして、有無を言わさず、その膝の上にレオンを乗せた。


「えっ、わ、わああっ!?」


 クラウス様がパニックになって両手を泳がせる。

 しかし、レオンはパパの膝に乗れて大満足だ。

 彼の胸にギュッとしがみつき、嬉しそうに声を上げる。


 その瞬間。

 レオンの体から溢れていたパチパチという魔力の火花が、ふっと消えた。

 クラウス様の魔力と触れ合い、馴染み、安定したのだ。


「……消えた?」

「ほら、言ったでしょう」


 私は腰に手を当てて見下ろした。


「共鳴して暴走? 逆ですよ。親子なんだから、波長が合って安定するに決まっているじゃないですか」


 それは科学的根拠のない、私の直感だったかもしれない。

 でも、結果が全てだ。

 目の前で、レオンは世界一幸せそうな顔で、パパの服をよだれで汚している。


 クラウス様は呆然としていたが、やがて恐る恐る、レオンの背中に手を回した。

 温かい。

 柔らかい。

 そして、静かだ。


「……レオン」


 彼の目から、涙が溢れ出した。

 一滴、二滴と零れ落ち、レオンの銀髪を濡らす。


「ごめんな……怖がって、ごめん……」


 彼は息子を抱きしめ、嗚咽を漏らした。

 長い間、彼の中に巣食っていた「孤独な少年」が、ようやく成仏した瞬間だった。


 私はため息をつき、その隣に座った。

 やれやれ、手のかかる長男だこと。


「分かったら、部屋に戻りますよ。ここは寝心地が悪そうです」

「……ああ。帰ろう」


 クラウス様が涙を拭い、立ち上がった。

 その腕には、しっかりとレオンが抱かれている。

 もう、離さないという意志を感じた。


 私たちは執務室を出た。

 廊下で待機していた騎士たちが、さりげなくガッツポーズをしているのが見えた。


 夜はまだ明けていない。

 二度寝には十分な時間が残されている。

 三人で寝れば、どんな悪夢も怖くない。

 それを証明するための実験は、大成功に終わったようだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ