表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【最終章開始!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/45

第4話 小さな氷河期



(……室内で雪見酒というのも、オツなものかもしれません)


 現実逃避気味にそんなことを考えながら、私は目の前の非現実的な光景を見つめていた。


 場所は子供部屋。

 時間は午後のおやつの時間。

 しかし、室内の環境は真冬の雪山そのものだった。


 天井付近に発生した小さな雨雲のような魔力塊から、さらさらと白い粉雪が降り注いでいる。

 床にはうっすらと雪が積もり、ベビーベッドの柵は霜で白く凍りついていた。

 吐く息が白い。

 室温は間違いなく氷点下だ。


「うあ……あうぅ……」


 その吹雪の中心で、レオンが顔を真っ赤にして泣きじゃくっていた。

 彼が声を上げるたびに、雪の勢いが増す。

 寒さと、自分の中から溢れ出す制御不能な力への恐怖。

 小さな体は震え、どうしていいか分からずに助けを求めている。


「……魔力回路の拡大痛、いわゆる『魔力の成長痛』ですな」


 厚手のコートを着込んだ侍医長が、震える手で診断結果を告げた。


「レオン様の魔力量が急激に増大し、未発達な体の器が悲鳴を上げているのです。溢れた魔力が周囲の熱を奪い、雪となって結晶化しています」

「病気ではないのですね?」

「はい。極めて稀ですが、強大な魔力を持つ王族には見られる現象です。……ただ、これほどの規模は記録にありませんが」


 侍医長は言葉を濁し、部屋の隅で立ち尽くす人物をチラリと見た。

 クラウス様だ。

 彼は顔面蒼白で、唇を噛み締め、身動き一つせずにレオンを見つめている。

 その姿は、まるで彫像のように硬直していた。


 彼には分かっているのだ。

 この現象が何を意味するのか。

 そして、この先に待っている苦しみがどれほどのものか。


(……しっかりしなさい、ミズキ)


 私は自分に喝を入れた。

 ここで私が動揺すれば、レオンはもっと不安になる。

 母親がどっしり構えていなくてどうする。


「マリア、暖炉に薪をくべて。特大サイズでね」


 私はショールを羽織り直し、毅然と指示を出した。


「それから、ホットミルクと毛布を。……ただの雪よ。温めれば溶けるわ」


 私は躊躇なく、吹雪の中へと足を踏み入れた。

 肌を刺す冷気。

 魔力の乱気流が、私を拒絶するように吹き荒れる。

 けれど、私は止まらない。


「レオン、寒かったわね。ごめんね」


 ベビーベッドに手を伸ばし、泣き叫ぶ息子を抱き上げる。

 冷え切った小さな体。

 私の腕の中で、彼はビクリと震え、一層激しく泣いた。


 同時に、私の体の中にある「鎮静」の魔力が共鳴する。

 彼の暴れる魔力を、私の魔力が優しく包み込み、中和していく感覚。

 雪が、雨に変わり、やがて止んだ。


「……よしよし。大丈夫よ、ママがいるわ」


 私は自分の体温を伝えるように、彼を強く抱きしめた。

 レオンの泣き声が次第に弱まり、ヒック、ヒックというしゃくり上げに変わる。

 部屋の温度が少しずつ戻ってきた。


「……ミズキ」


 背後から、掠れた声が聞こえた。

 振り返ると、クラウス様が悲痛な面持ちで立っていた。

 彼は私に近づこうとはしなかった。

 越えられない線がそこにあるかのように、部屋の入り口で足を止めている。


「……私のせいだ」


 彼が呻く。


「私の血が、あの子を苦しめている。……魔力過多症だ。あの子も、私と同じ地獄を歩むことになる」


 彼の瞳には、深い絶望が宿っていた。

 かつて彼が味わった孤独。

 誰にも触れられず、誰をも傷つけてしまう恐怖。

 愛する息子に、その呪いを継承させてしまったという罪悪感が、彼を押し潰そうとしている。


「違います、クラウス様。これは成長の証です。才能です」

「才能? これは呪いだ!」


 彼が叫んだ。

 その声に、落ち着きかけていたレオンが再び火がついたように泣き出した。

 パチパチと、空中に霜が発生する。


「見ろ、私の声に反応して怯えている。……私が近くにいるだけで、あの子の魔力は共鳴し、暴走を誘発するんだ」


 クラウス様は後退った。

 逃げようとしている。

 レオンから、そして自分自身の過去から。


「待ってください! どこへ行くんですか!」

「……執務室だ。今夜はそこで寝る」

「クラウス様!」


 私が呼び止める声も虚しく、彼は背を向け、逃げるように部屋を出て行った。

 バタン、と扉が閉まる音が、酷く冷たく響いた。


 残されたのは、私と、泣き止まないレオン。

 そして、溶け出した雪の水溜まりだけ。


「……馬鹿な人」


 私はレオンをあやしながら、悔しさに唇を噛んだ。

 彼は勘違いしている。

 レオンが泣いたのは、彼が怖かったからじゃない。

 パパの悲しそうな顔を見て、不安になったからだ。


 この子は、私たちの子だ。

 魔力が強かろうが、雪を降らせようが、愛すべき我が子に変わりはない。

 それなのに、彼は勝手に絶望し、勝手に孤独になろうとしている。


「……許しませんよ」


 私は呟いた。

 レオンの背中をトントンと叩きながら、決意を固める。


 この子は、かつてのクラウス様とは違う。

 一人ぼっちじゃない。

 私がいる。

 そして、何よりクラウス様自身がいるではないか。


 魔力過多の苦しみを知り、それを乗り越えた彼こそが、レオンの一番の理解者になれるはずなのに。

 恐怖で目隠しをして、一番大切な役割を放棄しようとしている。


 そんなことはさせない。

 私は安眠を守る女だ。

 夫が一人で枕を濡らす夜なんて、私の管理下では認められない。


 レオンがようやく泣き止み、私の胸で寝息を立て始めた。

 その寝顔は天使のように無垢だ。

 指先から散る小さな氷の粒さえ、キラキラと輝いて綺麗に見える。


 私はマリアを呼んだ。


「レオンをお願い。……私は、少し夫を教育してきます」

「えっ? あ、はい。……ご武運を」


 マリアが察して、レオンを受け取る。

 私はショールを脱ぎ捨て、腕まくりをした。


 これは夫婦喧嘩ではない。

 業務改善命令だ。

 育児放棄ネグレクト未遂の夫に対し、家族としての在り方を叩き込む必要がある。


 私は足音荒く、執務室へと向かった。

 廊下ですれ違う騎士たちが、私の鬼気迫る表情を見て、慌てて道を開ける。


 待っていなさい、クラウス様。

 あなたが閉ざした心の扉ごと、蹴破って差し上げますから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ