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【最終章開始!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
第4章

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第3話 最強のベビーシッター



 離宮のサロンは、色とりどりの光と笑い声で満たされていた。


 テーブルの上には、アデルバート皇帝が持ち込んだ北方の珍味に加え、ソフィア王女が持参した洗練された菓子や美酒が並んでいる。

 そして、部屋の一角を占拠しているのは、山のように積まれたプレゼントの箱だった。


「さあレオン様、おばさまからの贈り物よ。これは『自動浮遊積み木』、こちらは『三ヶ国語対応・英才教育絵本』、そしてこれが目玉商品の『魔力感知式ガラガラ』よ!」


 ソフィアが目を輝かせながら、次々と箱を開けていく。

 ベビーチェアに座らされたレオンは、目の前で繰り広げられる不思議な光景に、キャッキャと声を上げて喜んでいた。


「……ソフィア。ありがたいが、生後半年の赤子に英才教育は早すぎないか?」

「あらクラウス陛下。天才は早期教育で作られるものですわ。レオン様には将来、スノーランドへの留学も検討していただきたいですし」

「断る。レオンは手放さない」


 クラウス様が即答し、ソフィアが扇子で口元を隠して笑う。

 その様子を、アデルバートが酒杯を片手に楽しげに眺めている。


「平和だな。……数年前には考えられん光景だ」

「ええ。皆様のおかげですわ」


 私は微笑み、アデルバートのグラスに酒を注ぎ足した。

 かつて敵対し、殺し合い寸前だった者たちが、今はこうして一つのテーブルを囲み、子供の成長を祝っている。

 これこそが、私たちが勝ち取った「次世代の平和」の形だ。


 レオンがソフィアから渡されたガラガラを振り回す。

 シャン、シャン、と涼やかな音が鳴るたびに、ガラガラの先端が淡く発光する。

 魔力に反応して色が変わる仕組みらしい。


「青、緑、赤……。まあ、綺麗な虹色。やはりレオン様の魔力は豊かですわね」

「ああ。将来は私を超える魔術師になるだろう。……あるいは、最強の商売人か」


 クラウス様が冗談めかして言うと、全員がどっと笑った。

 幸せな時間。

 何もかもが順調で、完璧な夜。


 ――異変は、唐突に訪れた。


「あー……うー……」


 レオンの機嫌が、急降下した。

 笑顔が消え、眉間に小さな皺が寄る。

 眠いのだろうか。それともオムツだろうか。

 いつものぐずりだと思い、私は席を立った。


「あらあら、疲れちゃったのかしら。そろそろ寝んねの時間ですね」


 私がレオンに近づこうとした、その時。


 ヒュゥゥゥ……。


 室内の空気が、一瞬で冷え込んだ。

 物理的な冷気だ。

 テーブルの上の料理から湯気が消え、ワイングラスの表面に霜が走る。

 暖炉の火が、見えない圧力に押されるように小さくなった。


「……なんだ?」


 アデルバートが鋭い目つきで周囲を見回す。

 ソフィアも扇子を閉じ、身構えた。

 敵襲?

 いいえ、違う。

 この冷気の発生源は、私の目の前。


「……あうぅぅぅ!」


 レオンだ。

 彼がぐずる声に合わせて、冷気が波紋のように広がっている。

 泣き声の代わりに、魔力を放出しているのだ。


「レオン、どうしたの? よしよし、ママですよ」


 私は慌てず、彼を抱き上げようと手を伸ばした。

 いつものように、私の「鎮静」の魔力で包み込んであげれば、すぐに落ち着くはずだ。

 そう信じていた。


 バチッ!!


 指先が触れる直前、静電気のような衝撃が走った。

 弾かれた。

 私の手が、見えない壁に拒絶されたように押し戻される。


「え……?」


 私は呆然と自分の手を見た。

 そんなはずはない。

 私の魔力は「鎮静」。あらゆる魔力を中和し、受け入れる性質のはずだ。

 それが、我が子に拒絶されるなんて。


「ミズキ、離れろ!」


 背後から、クラウス様の悲鳴のような声が響いた。

 振り返ると、彼は顔面蒼白で、椅子を倒す勢いで立ち上がっていた。

 その目は、レオンを見ていない。

 レオンの背後に重なる「何か」――おそらくは過去の自分自身の影を見ているようだった。


「クラウス様? ただの寝ぐずりです、大丈夫です」

「違う! それは……暴走の前兆だ!」


 彼が叫んだ瞬間、レオンが大きく息を吸い込んだ。

 くしゃみが出る。


「……くちゅっ!」


 可愛らしい音。

 しかし、引き起こされた現象は可愛くなかった。


 カアァァン!!


 衝撃波が炸裂した。

 サロンの窓ガラスが、一斉に粉砕される。

 飛び散る破片。

 吹き荒れる吹雪のような魔力風。


「結界!」


 私とクラウス様の声が重なった。

 二重の防御結界が瞬時に展開され、室内の全員をガラスの破片から守る。

 アデルバートとソフィアも、手慣れた様子で身を守っていた。


 ガラガラと音を立てて崩れ落ちる窓の残骸。

 吹き込む夜風。

 そして、静寂。


 レオンは、何事もなかったかのように鼻をすすると、きょとんとした顔で周囲を見回した。

 自分のしたことが分かっていないのだ。


「……おいおい。くしゃみ一つでこれか」


 アデルバートが、頬に付いた霜を拭いながら、乾いた笑い声を上げた。

 ソフィアも顔を引きつらせている。


「強力な魔力だとは聞いていましたけれど……これほどとは」


 私は震える足で、レオンに近づいた。

 今度は弾かれなかった。

 抱き上げると、彼は温かく、いつもの柔らかな赤ちゃんの匂いがした。

 怪我はない。

 彼自身は、自分の魔力に守られて無傷だ。


「……ごめんなさい、皆様。驚かせてしまって」

「いや、構わん。退屈しのぎにはなった」

「ええ、怪我人が出なくて何よりですわ」


 二人は努めて明るく振る舞ってくれた。

 けれど、一人だけ、笑っていない人物がいた。


 クラウス様だ。

 彼は部屋の隅で、壁に手をついて荒い息を吐いていた。

 その視線は、私の腕の中にいるレオンに固定されている。

 まるで、恐ろしい怪物を見るような目で。


「……クラウス様?」

「……近寄らないでくれ」


 彼が呻くように言った。


「私の血だ。私の呪われた血が、あの子に継承されてしまったんだ」


 絶望の色が、彼の青い瞳を塗りつぶしていく。

 かつて彼が恐れていた悪夢が、現実のものとなって目の前に現れたのだ。

 愛する息子が、自分と同じ「魔力過多」の苦しみを背負うという未来。


 私はレオンを強く抱きしめた。

 違う。

 この子は呪われてなんかいない。

 ただ、少し力が強すぎるだけ。

 私たちが守って、導いてあげればいいだけのこと。


 そう言おうとしたけれど、クラウス様の拒絶のオーラがあまりに強くて、言葉が喉に詰まった。

 楽しい夜会は、砕け散った窓ガラスと共に終わってしまった。

 残されたのは、寒風と、家族の間に走った亀裂だけ。


 レオンが、不思議そうにパパの方へ手を伸ばす。

 その手は、届かなかった。

 クラウス様が、背を向けて部屋を出て行ってしまったからだ。


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