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【最終章開始!】婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です! ~復讐は不眠症王太子に丸投げして、離宮で抱き枕生活はじめます~  作者: 月雅
第4章

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第2話 優良顧客の来訪



「ようこそおいでくださいました、皇帝陛下。……前回お会いした時より、随分と顔色がよろしいようで」


 私は離宮の迎賓館で、最高級のカーテシーと共に最大級の「営業スマイル」を浮かべた。

 目の前にいるのは、北の大国ガレリア帝国の支配者、アデルバート二世。

 かつて黒い魔力を纏って国境を破壊しようとした怪物は、今はすっかり毒気の抜けた、紳士的な大人の男性としてそこに立っていた。


「皮肉か? アルカディア王妃よ。私の顔色が人間に戻ったのは、ひとえに貴殿の商品のおかげだ」


 アデルバートは豪快に笑い、懐から青い宝石を取り出した。

 私が作った「強制安眠石」。

 その輝きは少し鈍くなっている。半年間、彼の中の過剰な魔力を吸い続けてきた証拠だ。


「そろそろ寿命のようだな。最近、夜中にふと目が覚めることがある」

「それはメンテナンスの時期ですね。新品と交換いたしますわ。……もちろん、継続契約サブスクリプションの範囲内ですので、追加料金は頂きません」

「話が早くて助かる。ここに来るまでの道中、貴殿との商談を楽しみにしていたのだ」


 彼は上機嫌でソファに腰を下ろした。

 隣では、クラウス様が少し呆れたような、しかし警戒を解かない目で皇帝を見ている。


「アデルバート。ここは我が国の領土だ。あまり気安く私の妻に近づくな」

「減るものでもあるまい、クラウス国王。……それにしても、平和になったものだ。半年前は殺し合い寸前だったというのに、今ではこうして茶を飲んでいる」


 アデルバートがマリアの淹れた紅茶を啜る。

 テーブルには、彼からの手土産である北方の珍味や工芸品が山積みになっていた。

 公式な外交訪問というよりは、親戚のおじさんが遊びに来たような雰囲気だ。


「平和こそが最大の利益ですから。……ところで陛下、帝国の市場調査報告書を拝見しましたわ。出生率が回復傾向にあるとか?」

「ああ。魔力汚染が浄化され、生活が安定したおかげだな」

「素晴らしいことです。……そこでご提案なのですが、我が国で開発した最新の『魔力感知機能付きベビーベッド』、帝国でも販売してみませんか? 赤ちゃんの魔力を安定させ、夜泣きを防ぐ優れものです」


 私は隙を見逃さず、新商品のカタログを差し出した。

 アデルバートは目を丸くし、それから腹を抱えて笑い出した。


「ははは! 相変わらず商魂が逞しい! 転んでもタダでは起きない女だ」

「王妃たるもの、国益と育児の両立は基本ですので」

「いいだろう。サンプルを寄越せ。良ければ軍での一括採用も検討しよう」


 商談成立。

 私は心の中でガッツポーズをした。

 これでまた、レオンのための貯金が増える。


 その時、控えていた乳母が、お昼寝から目覚めたレオンを連れてきた。


「あー、うー」


 レオンは機嫌よく声を上げ、私の方へ手を伸ばす。

 私は彼を受け取り、アデルバートに向き直った。


「紹介します。息子のレオンです」

「ほう……これが」


 アデルバートが立ち上がり、私に近づいてきた。

 その瞬間、室内の空気が少しだけ変わった。

 彼の纏う空気が、鋭くなったような気がする。


 彼はレオンの顔を覗き込んだ。

 レオンは物怖じすることなく、大きな瞳でアデルバートを見返している。

 銀色の髪が揺れ、その小さな指先から、パチッ、と青い火花が散った。


「……!」


 アデルバートの目が細められた。

 彼は無言でレオンの頬に指を近づけ、触れる直前で止めた。

 何かを確認するように、じっと魔力の波長を感じ取っている。


 長い沈黙。

 そして、彼は低く、独り言のように呟いた。


「……末恐ろしい魔力だ」


 それは称賛ではなかった。

 畏怖。

 あるいは、同情にも似た重い響き。


「器に対して、力が大きすぎる。……まるで、昔の私を見ているようだ」


 ドクン、と私の心臓が跳ねた。

 昔の彼。

 つまり、魔力過多症で暴走し、国を滅ぼしかけた怪物。

 レオンが、それと同じだと言うのか。


「アデルバート」


 鋭い声が割って入った。

 クラウス様だ。

 彼は私の手からレオンを奪い取るように抱き寄せ、アデルバートから距離を取った。

 その顔は険しく、青ざめている。


「子供を脅かすような真似はやめてもらおうか。レオンは健康だ。侍医長の診断も受けている」

「脅かしてなどいない。ただ、事実を述べたまでだ」

「事実かどうかは私が判断する! ……彼はまだ赤子だ。余計な先入観を植え付けるな」


 クラウス様の口調は、明らかに過剰反応だった。

 普段の冷静な彼なら、外交相手の言葉をここまで感情的に否定したりはしない。

 アデルバートは肩をすくめ、苦笑交じりに一歩下がった。


「悪かった。親馬鹿の逆鱗に触れるつもりはなかったよ。……ただ、気をつけた方がいい。力というものは、時に持ち主の意志を超えて牙を剥く」


 意味深な言葉を残し、アデルバートは席に戻った。

 クラウス様はレオンを抱きしめたまま、背を向けている。

 その背中が、微かに震えているように見えた。


(……クラウス様?)


 違和感が胸に残る。

 彼は何をそんなに恐れているのだろう。

 レオンの魔力が強いことは知っている。

 でも、それは「才能」であり、私の血が入っているから制御できるはずだと、そう言っていたではないか。


 アデルバートの言葉が、小さな棘となって私の心に刺さった。

 『昔の私を見ているようだ』。

 もし、レオンが彼と同じ道を辿るとしたら。

 孤独と、破壊と、不眠の地獄を。


「……ミズキ様、ソフィア王女殿下がご到着されました」


 重苦しい空気を破るように、マリアが告げた。

 タイミングよく、扉が開かれる。


「皆様、お揃いのようですわね。……あら? 随分と湿っぽい空気ですこと」


 現れたのは、華やかなドレスに身を包んだソフィア王女だった。

 彼女の明るい声と、手土産の山を持った従者たちの登場で、部屋の空気が一気に換気される。


「ソフィア! お待ちしておりましたわ」


 私は努めて明るい声を出して立ち上がった。

 今は考えないようにしよう。

 不安は伝染する。

 私が不安になれば、レオンも不安になる。

 この子は安眠の申し子なのだから、きっと大丈夫。


 クラウス様も、表情を取り繕って振り返った。

 けれど、その瞳の奥には、消えない暗い影が沈殿していた。


「さあ、夜会の準備をいたしましょう。久しぶりの同窓会ですもの、積もる話もありますわ」


 私は手を叩き、侍女たちに指示を出した。

 賑やかな夜が始まる。

 けれど、窓の外の夕焼けは、どこか不吉なほど赤く燃えているように見えた。


 最強の家族。

 そう信じていた私たちの足元に、小さなひび割れが生じ始めたことを、私はまだ認めたくなかったのかもしれない。


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