第10話 永遠の二度寝
窓から差し込む光が、レースのカーテンを通して部屋の中に金色の粒を撒き散らしている。
小鳥のさえずりが遠くに聞こえる。
風が木の葉を揺らす音。
そして、もっと近くで聞こえる、規則正しくて愛おしい二つの寝息。
(……ああ、幸せ)
私は薄く目を開け、視界いっぱいに広がる光景に、心の中で呟いた。
そこは、世界で一番贅沢な場所だった。
私の左側には、この国の王であるクラウス様。
かつて不眠症で苦しみ、眉間に深い皺を刻んでいた彼はもういない。
今の彼は、完全にリラックスしきった無防備な顔で、深くて甘い眠りの中にいる。
長い銀髪が枕に散らばり、朝日に透けてキラキラと輝いている。
そして、私の右側――私とクラウス様の真ん中には。
小さな天使が丸まっていた。
レオン。
生後数ヶ月になる私たちの息子。
彼は両手を万歳して、口を半開きにし、ミルクの匂いをさせて眠っている。
その顔はクラウス様にそっくりで、寝相の良さは私に似ているらしい。
川の字。
これが、私たちが夢見た最強の布陣だ。
私は体を起こそうとして、すぐにやめた。
だって、布団の中が暖かすぎる。
最高級の羽毛布団は、まるで雲のように軽くて、一度入ったら二度と出られない魔力を持っている。
時計を見る。
針は午前九時を回ろうとしていた。
普通なら、とっくに起きて公務に向かっていなければならない時間だ。
王妃として、母親として、やるべきことは山積みのはず。
(……でも、今日はいいわよね)
私は自分に言い訳をした。
帝国との条約は順調に履行され、国境には平和が戻った。
ソフィア王女とのビジネスも軌道に乗り、国の財政は潤っている。
優秀な部下たちが育ち、私の作ったマニュアル通りにテキパキと仕事をこなしてくれている。
つまり、今の私たちは「暇」なのだ。
平和ボケと言われるかもしれないけれど、命懸けで勝ち取った暇なのだから、誰に遠慮する必要もない。
「……んぅ……」
隣で、クラウス様が身じろぎをした。
彼がゆっくりと瞼を持ち上げ、私と目が合う。
青い瞳が、とろりと微睡んでいる。
「……おはよう、ミズキ」
「おはようございます、あなた」
彼は腕を伸ばし、私とレオンをまとめて抱き寄せた。
温かい。
体温が混ざり合い、境界線が溶けていくような心地よさ。
「……起きる時間か?」
「そうですね。時計の上では」
「……公務は?」
「午後からです。まだ三時間あります」
私が答えると、彼は満足そうに目を細め、再び枕に顔を埋めた。
「なら、問題ないな。……あと五分だけ」
「五分で足りますか?」
「いや、一時間。……いや、昼まで寝よう」
国王陛下の堕落した発言に、私はくすりと笑った。
かつて、彼は眠ることを恐れていた。
それが今では、こんなに貪欲に睡眠を求めている。
私が彼を変えたのだ。
そして、彼も私を変えた。
私は、孤独な社畜から、愛される妻へ。
そして、守られるだけの姫から、戦う強さを持つ母へ。
レオンが「あー」と小さな声を出して、寝返りを打った。
私の腕に小さな手が触れる。
その感触だけで、胸がいっぱいになる。
何もいらない。
宝石も、名誉も、権力も。
この温もりさえあれば、私は生きていける。
「……ねえ、クラウス様」
「ん?」
「私、今とっても幸せです」
素直な気持ちを伝えると、彼は閉じていた目を開け、私を見つめた。
その瞳には、私と同じ幸福な色が映っていた。
「奇遇だな。私もだよ。……君と出会えて、本当によかった」
彼は私にキスをした。
おはようのキス。
愛してるのキス。
そして、おやすみのキス。
かつて、私は言った。
『婚約破棄? 知りません。睡眠の方が大事です!』と。
あの時の強がりは、今、真実になった。
面倒なことは全部片付けた。
敵はいなくなった。
あとはただ、この至福の時間を味わうだけだ。
私は布団を肩まで引き上げた。
瞼が重くなる。
心地よい闇が、私を優しく招き入れている。
さあ、二度寝の時間だ。
誰にも邪魔されない、永遠のような安らぎの中へ。
「おやすみなさい、私の世界」
私は呟き、愛する家族の真ん中で、再び深い眠りへと落ちていった。
夢の続きは、きっと、目が覚めてからもずっと続いていく。
(完)
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