56話
side月城紫苑
俺の人生は割と恵まれたものだった。両親は、一人っ子の俺をとても可愛がってくれた。
そして、隣の家には幼稚園の頃から付き合いのある幼馴染が住んでいる。
幼馴染の祥子は、誰の目から見ても可愛かった。性格は明るく、みんなから好かれた。
俺は、そんな祥子に恋をしていた。
高校に入ってからも祥子と同じクラスになり、普通に仲の良い異性の友達のような関係が続いた。
同じ中学の友達も何人か、クラスが一緒だったから中学と同じように遊びに行ったり、放課後駄弁ったりして過ごした。学校生活の滑り出しも上々、この楽しい学生生活が続いていくと思っていた。
高校入学から半年後、突然その生活が崩れ去ってしまった。
入学から半年が経ち中学の友達以外とも仲良くなったそんなある日、友達の一人がダンジョンに行こうと言い出した。前から、探索者という職業に密かに憧れていた俺はそれを承諾。
俺たちは、次の休日に男友達数人でダンジョンに向かうことになった。
ダンジョンに期待を膨らませながら過ごし、遂に待望の探索者になる日。俺たちは期待を胸にギルドに向かった。
ギルドに到着するまで、どんなスキルを得たいかやどんな役割をしたいかの話で盛り上がった。
ギルドに到着して、探索者登録の手続きを進めていった。綺麗な受付のお姉さんにドギマギしていたのを覚えている。
手続きを済ませて職員さんの案内の元、スキルを得られますようにと祈りながらダンジョンに入った。
その瞬間、何かが俺の前で白く光って、思わず目を瞑ってしまう。
再び、目を開けるといつもと比べて明らかに目線が低い。自分がどうなっているのか質問しようと周りを見ても、みんな俺の姿を見て驚いていた。
「なあ、そんなに驚いて、俺の体今どうなってるんだよ?」
友達の一人が手鏡を貸してくれたので、自分の姿を確認する。
「は?」
思わず、驚きの声を上げた。無理もないだろう、鏡の中にいたのは幻想的な容貌をした美少女だったからだ。
俺が口を開けたり片目を閉じたりすれば、鏡の中の美少女も同じように動く。
俺は、どうやら美少女になってしまったらしい。
そこからは、目がまわるような忙しい日々だった。専門機関での検査や手続き、本当に忙しかった。定期的に心療内科に通うように言われた。
専門家の先生が言うには、この体の原因は『魔女』というスキルにあるようだった。
少なからずこういった所有者の体に影響を与えるスキルは存在するようで、俺が初めてでは無いようだ。少しだけ安心できた。
こういったスキルには、体を変化させる効果の他にも色々な能力があったりするらしい。
スキルを試す専用の頑丈な施設があると言われそこで試すことになった。
試した結果、能力がわかった。
一言で言ってしまえば、魔法だ。火や水を出したり、箒を使えば空も飛ぶことができた。まあ、少し宙に浮く程度だったけど。
今は、少しの現象しか起こせないけど鍛えればもっと凄い現象を起こせるらしい。その能力を買われ、政府に雇われないかという誘いも来た。
この頃の俺は、正直ものすごく浮かれていたと思う。魔法も使えて、それが色々な人から認められて嬉しかった。しかし、性別が変わったという事実を甘く見ていた。
色々な検査が終わって、家に帰れるようになった日。
家の扉を開けると母が女用の服を持って、駆け寄ってきた。
「おかえり、紫苑! 早速なんだけど、この服着てみない? 私が高校生ぐらいに思い切って買った、思い出の服なんだけど」
開口一番、母はそんなことを言い出した。もちろん俺は断った。今は女の体といっても心は男だ。女の格好なんてしたくない。
その時は、俺を元気付けるための冗談なのだろう思っていた。
その日は、ご飯を食べてお風呂に入り次の日が学校に行く日だということもあり、早めに寝た。
次の日
目を覚まして、朝食を済ませて学校の準備を済ませる。今日は父が車で送ってくれるらしい。
学校の方には政府の人が事情を説明してくれているから、いつも通りで良いみたいだ。
「紫苑。そろそろ行くぞ」
父に声をかけられて、車に乗り込み学校に向かう。
移動中では、クラスのみんながどう言う反応するかの不安で胸がいっぱいだった。
学校に到着して、クラスに入ると一緒にダンジョンに行った友達と目が合った。その友達が俺に気づくと遅れて俺の存在をクラスメイトが気付き始めた。
俺はクラスメイトに囲まれ、質問攻めにされた。まあ、クラスメイトが美少女になったら気になることなんて山ほどあるだろう。
質問は授業が始まるまで終わらず、答えられる質問から答えていった。
授業はいつも通り始まり、いつも通りの内容で、いつも通り終わった。
授業が終わった後、いつもの調子で男友達に話しかけると異変に気づいた。男友達が全く目を合わせてくれなかった。
ふと、コイツは俺をどう思っているんだろう、と思った。その瞬間、俺の視界に異常が起こった。
話しかけた男友達の胸が透けて見えて、心臓があるであろう場所にある、色のついた水晶玉みたいな物が見えた。
俺は、それを見た瞬間、それがどういった物なのか本能的に理解した。これは、その人の感情だ。その人の心の状態で水晶玉の色が変わる。
どういった色が、どういった感情を表すのかも理解できてしまった。
そういえば、専門家の人がスキルの使い方が教えられても無いのに、理解できることがあるとか言っていたな。これがそうなんだろうか?
その男友達の色は、薄紫、困惑を表す色だった。まあ、いきなり男友達の性別が変わったら困惑するよなと思った。
時間が経てば、俺に慣れて今まで通りの関係の戻ると楽観視していた。
俺の期待とは裏腹に接触すればするほど困惑の色は消え去り、感情の水晶玉の色は薄紫からピンクに変わっていった。それも、複数人。
ピンクは、情欲の色。つまり、男友達たちは俺を性的な対象と見るようになっていた。
この時ほど、この能力を恨んだことはない。この能力が無ければ、気付かなかったかもしれないのに。
すぐに、その友達たちとの関係を切ろうとした。しかし、一部の友達は関係を続けようと話しかけてきたり、中でも酷かったのは、さりげなくボディタッチをしようとしてきた奴だ。
流石に、先生に相談して処罰してもらった。
俺は男なのに、どうして。
少しでも男の頃だった自分に近づけようと、髪を短髪に切ることにしたが、できなかった。髪を切った瞬間、俺から離れた髪が光の粒子になり霧散し、再び俺の髪の毛に集まり切った事実が無かったかのように元に戻った。
まるで、呪いのスキルだ。
変わったのは友達だけじゃなかった。母親も大きく変わってしまった。
俺が家に帰った日から、定期的に女物の服を勧めてくるようになった。
母が言うには、
「今は女の子なんだから、女の子の格好しなきゃダメよ」
らしい。これを言われるたびに、男の俺を否定されたようで悲しくなった。
あとで、聞いた話だが母は娘が欲しかったらしい。だから、俺の名前の紫苑も女でも男でも良いような名前なのだと聞いた。
幼馴染の祥子は目に見える程変わらなかった。感情を見ても、親愛を向けてくれている。
しかし、ある日聞いてしまった。
授業が終わり、家に帰ろうとした俺は忘れ物をしたことに気づき教室に戻った。
そこには祥子とクラスメイトの女子が大きな声で雑談をしていて、教室の外まで話が聞こえてきた。
「というか、祥子ってさ〜。月城くんのことどう思ってるわけ」
扉を開けようとしていた手が止まる。
「紫苑のこと? 普通の幼馴染だよ」
「ほら、月城くん。女の子になっちゃったわけだし。失ってから気付くことってあるじゃん」
「え〜、なにそれ」
「やっぱり、男に戻って欲しいんでしょ」
「うーん。今の方が可愛いから。別に今のままでも良いかな〜」
俺の初恋が、一瞬にして崩れ去った。その場から一秒でも早く離れたくなった俺は、走って家に帰った。
その晩、枕を涙で濡らした。最近、涙もろくなった気がする。
そこに追い討ちをかけるように、ストーカーが現れた。
最初は気のせいかと思ったが、外に出ると妙に視線を感じるようになった。
ある日、一人の男が俺をつけていることに気がついた。そいつの感情を見てみると、俺に情欲を向けている。確信した。コイツがストーカーだ。
親に相談しようかと考えたが、ダメだ。俺は、色々と迷惑をかけている。これ以上、迷惑をかけたくない。
大丈夫、俺は男だ。自分で解決できる。
そう自分を鼓舞した。
それから、数日経ち。ストーカーに直接文句を言いに行くことにした。いざとなったら、魔法がある。
決心して、ストーカーがいる路地裏に入っていく。今にして思えば、危険なことをしたと思っている。
「おい! もう、俺に付きまとうなよ!!」
そう言うと、ストーカーは驚いた表情の後、喜びの表情をする。気持ち悪い。
「やっと、気付いてくれたんだね!」
それからストーカーは、俺を如何に愛してるかとか一目惚れしたとかを一方的に話し始めて、最後の方には俺の手を掴んできた。
「好きだ。結婚しよう!!」
「触るなよ!!!」
その手を振り払う。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!
どうして、みんな俺にそんな感情を向けてくるんだ!!
俺は男なのに!!!
「そんな! 僕はこんなにも君を思ってるのに」
「キモいんだよ!!! もうこれ以上、俺に付き纏ってくるなよ!」
俺は、大声で怒鳴り散らす。
「もしもし、女性が男性に襲われているようで・・・・・・」
そんな声が、路地裏に響き渡る。俺の大声を聞いて警察に通報してくれているみたいだ。
その後すぐに警察が駆けつけてきて、ストーカーは捕まった。
そして、危険なことをした俺に母が言った。
「紫苑は女の子なんだから、もう危険なことしちゃダメだよ」
は?
母が善意で言っていることはわかる。俺を気遣って言っていることはわかる。だが、ダメだ。抑えきれない。
俺は、我慢の限界に達して口を開き、怒鳴ってしまう。
「やめてくれよ!! 俺は男だ!! 女じゃない!!!」
そのまま、逃げるように自分の部屋に帰った。
最近は、心を落ち着ける薬などを飲むようになった。
クソ、『魔女』のスキルを得てから俺の人生が無茶苦茶だ。こんなスキルがなければ。




