第38-8話 忘れていた理由 ☆
まるで三段跳びでもするように足の筋力のみで彼女たちに追いつく彼の頭では長めの金髪が揺れていた。全身を重たそうな装備で固め、その背中には頼もしい太さに勇敢な装飾が施された剣がぶらさがっている。
ブルームレイ。ローヴェニカ支部で数えるほどしかいない歴戦のAランク冒険者だ。
クレブはため息と焦りを混ぜたような声色で、
「はーはーさすがAランクの冒険者は言うことが違うな。どれ、いっそその正義感であのデカブツもどうにかしてきれてくれそうだ今すぐだ早く行ってこい」
「すごく怒らせてしまったみたいだね。僕に落ち度はあると思うかいエレルーナさん」
「返答は結果次第ですよ。好き勝手に行動した以上はそれなりの成果を持ってこないと。で、どうでしたか」
「マジメだなぁエレルーナさんは。結果は上々。苦戦していた冒険者たちのヘルプにも入ったし、住民会館付近――というより僕たちより後ろにいるモンスターは全滅させてきたよ」
(さらりととんでもないことを言うなコイツは……)
クレブは横目でブルームレイを見やる。その顔に疲れを感じさせる要素は一つもない。さすがはAランク冒険者といったところか。
と、内心感心しつつも、
「うるさい当然だそれがお前の仕事だろう一々自慢話をするなバカ者が」
「あはは、手厳しいなぁクレブさんは。……それで」
ブルームレイの口調が一気に鋭くなる。
「僕たち三人でアレを討伐するつもり? こんなこと言いたくはないけど、勝てるかどうかはわからないよ。これまでの相手とは規模もレベルも違い過ぎる。まさしく桁違いだ」
「……、」
「そもそも接近できるのかだって怪しいんじゃない? この魔力濃度では、いくら『上限』が青天井と言われている僕らでも無傷では済まなさそうだし」
「ワタシたちの役割は支援。討伐するのは彼の仕事だ」
「??? 僕たち以外にアレに匹敵する力を持った冒険者なんているのかい?」
思いがけないクレブの返答に目を丸くするブルームレイ。
その表情は心底見当もつかないと言いたげな、見方によってはマヌケなものにも見える。
焦燥と苛立ちで硬い表情のままクレブは答える。
「いるさ。我々では気づけもしない暗い場所で必死に命を張っているヤツが」
そう口にした数分後、嫌な予感が彼女の頭をかすめる。
心臓を模した巨大モンスターへの距離が七〇メートルをきった頃。
前方に数多のモンスターが群がっているのが彼女たちの目に映る。
クレブは目を細める。エレルーナもブルームレイも何かを察したようだった。
胸が、心臓が、どくん、と音もなく激しく波打った。
(うそ、だろ……⁉)
捉えた景色に目を剥くクレブは声なき声を上げた。
いつの間にか移動速度は遅まり、ついには《雷電之王》の使用すらも忘れてしまう。
見える。モンスターが群れていく先には、それが見える。
破壊された地面の上で、手足を投げ出してくたばっている少年の姿が。
あれほど無事を信じていたかった、彼の背中が。
(最悪だ……ワタシのせい、だ……)
絶望。腹の底から噴き出してくる黒い何かに、彼女の視界は塗りつぶされていく。
(ワタシが気絶などしていなければ……ワタシがしっかり止められていれば……)
全身から力が抜けたようにクレブは棒立ちしていた。
体の芯が冷えていくのを感じ――始めたその時。
「まだ息はあるようです‼ 諦めるなんてらしくないですよ先生ッ‼」
先を走っていったエレルーナが背中越しに叫ぶと同時。
引っかくように折り曲げた指先を、横薙ぎの一撃と共に前方へ振り切った。
瞬間、空間を破り捨てるように現れたのは血のような真空刃。まさにドラゴンの爪。いつもなら吐息に込める灼熱の炎が刃に付与された魔法だった。
絶命の炎をまといし風は容赦なくモンスターを切り裂く。割いて切って引き裂いていく。
「先生‼」
「な、なんだ!」
モンスターのカケラが雨のように飛散する中、振り向いたエレルーナは怒鳴るように、
けれども優しさを含む声で、
「一度信じたなら信じ抜きましょう! 守りたいものはなんですか! 守りたい人は誰ですか! なぜあなたがイロートデス・クレブなのか! どうかそれをお忘れなきよう――私の先生‼」
それだけ叫んだエレルーナはドラゴンに変身し、ブルームレイへ「増援を呼んできますから、先生とモンスターのこと、一旦お願いしますね」と言い置いて飛び去って行く。
棒立ちになったクレブの前では、ブルームレイが音もなく背中の剣を抜いたのが見えた。
わらわらと集まってくるモンスターの大群。その奥に控える三〇メートルのデカブツ。ブルームレイの剣を握る手に力がこめられる。
(――はは、)
クレブは胸の奥が震えるのを感じる。
(――そうだ。そうじゃないか……!)
棒立ちになった足には再び力が入り、
(――ワタシが何のためにワタシでいるのか)
踏み出した一歩には確かな自信に満ち溢れている。
黒いドレスによく似合うヒールで、不安も迷いも踏み潰したように。
(――ワタシは、)
彼女の紫色の前髪で火花がバチバチと散り、
(――ワタシは‼)
直後。
ドラゴンすらも恐れる轟雷がローヴェニカの一画で飛び散った。
雷の性質を借りた高圧電流は一寸の狂いもなくモンスターを消し炭と化させ、あたり一帯におびただしい衝撃波を残して消える。
空気に尾を引く青白い光。
バチバチと弾ける電光は、クレブの周りを踊るように散っている。
「……クレブさん、元気を取り戻したみたいですね」
前方、背中越しにブルームレイが笑いかけてくる。
「あぁ、ほんの少し忘れていたようだよ。でももう大丈夫だ」
だって、他でもないこのワタシは、
(――理不尽を許さないためにここに立っているのだから‼)
バチバチ、と指先で放電したクレブは不敵に面を構えて。
「さぁ、開戦といこうじゃないか。《雷電之王》の神髄をキミたちに見せてやろう!」
一人の少年を守るため。
歪んだ世界の理不尽をかき集めたような現状を砕くため。
彼女たちはその力を惜しげもなく振るう。




