第38-2話 避難先では ☆
ローヴェニカの住民会館。
居住地区の中心を陣取るように建っているドーム状の建物で、およそ三〇〇〇人の一般住民を完全に収容してもありあまる敷地面積を保有している。建設に至った過程には貴族と平民がバチバチに闘争したとある事情があるのだが、とにもかくにも完全に設計ミスだろ……というほど巨大な建造物である。
しかし緊急時ともなれば、その安全性は別格。
突如として天空に表れた謎のヒト型モンスター(正体がディオスであることは一部の冒険者連中しか知らされていない)からの襲撃を避けるにはもってこいの避難場所となっていた。
「いやぁ本当に助かったね。この建物がなくちゃわたしらは終わっとったよ」
「ねぇほんとだねぇ。貴族のみなさまに感謝せにゃあかんねぇ」
そう口にする年配女性たちを始め、多くの避難者へ携帯食料や緊急用飲料水を渡していくアモネとシャーロット。彼女たちは若干の緊張をしながらもなるべく笑顔に努め、
「おばあちゃん、ご飯とお水ですよ。次の配給がいつになるかがまだわからないので、なるべく大切に使ってくださいね」
「……使ってください。じゃないとしぬ」
「ほぁ? 死ぬぅ?」
「ちょ、シャーロットちゃん‼ し、失礼しましたーっ‼」
小首を傾げる女性たちから、アモネはシャーロットの腕を掴んで逃げるように去った。
少し離れた場所を歩きながら。
「シャーロットちゃん? 念押ししてくれるのはありがたいんだけど、必要以上の不安を与える必要はないよ……?」
「……でもアモネ、さっきクレブも言ってた。『ひなんせいかつが長引けば三日ももたずに死ぬな。特にジジィババァは』って」
痛いところを突かれたアモネはう、と口籠る。
「そ、それはそうですけどアレは最悪の場合っていう話であって!」
「わかってる。じぶんの保有魔力量の最上限値を超える魔力にさらされ続けると、生命維持機能がじょうずに働かなくなってくるって話でしょ? クレブから聞いた」
「急にムズカシイこと喋りますねシャーロットちゃん本当は二重人格だったりしないですか? ……でもその通りです。魔力は一般的に魔法を使うため・魔法の威力や規模を拡大させるガソリンなので、使える量・取り込める量が多ければ多いほど有効活用できる……と思いがちですが、メリットだけではありません」
アモネは両手いっぱいに抱えたパンが落ちないようにバランスを整えながら、
「自分のキャパを超える魔力にさらされ続けると、体は過剰な魔力を取り込もう取り込もうと働いてしまいます。もうガソリンタンクはパンパンにつまっているにも関わらず、です。これは満杯のバケツに水を注ぎ続けるようなもので、溢れた水は体内で強制的に処理されます。なんでもその処理機能を稼働させると臓器に大きな負担がかかる……というのがクレブさんからお聞きしたお話ですね」
どんがらがっしゃん、とアモネの隣で何かが崩れる音がした。
見ると緊急用飲料水を盛大にぶちまけてしまったシャーロットの姿がある。
「だ、大丈夫ですかシャーロットちゃん⁉ ケガはありませんか?」
「う、うん平気……だけど」
シャーロットはおもむろにしゃがみ込み、飲料水を一本一本丁寧に小さな腕と胸の中におさめていく。
アモネも手伝おうとパンを置こうとしたが、シャーロットは途中でまどろっこしくなったのか、髪の毛を触手のように自在に操って一気に腕の中へと収納していったため出る幕なしだった。
改めて元モンスターの測り知れないポテンシャルに彼女は驚愕した。万が一自分がパンを落としても、決して同じようにはできないだろう。
(いまのも魔法の一種なのかな……? わたしも覚えてみようかな?)
習得したらデリータさんに見てもらおう。あの人ならきっと『よく頑張った』とか褒めてくれそうな気が……とここまで考えたところでシャーロットと歩き出す。
「だけどふしぎ」
「??? 不思議って、なにがですか?」
「うん。だって魔力を蓄えようとする機能は人間ならみんなもっているはず。なのにジジイババアは三日で耐えられなくなって、デリータやアモネはそれ以上耐えられる。同じ人間なのに」
臓器を使ってきた年数が違うから、と答えるのは簡単だろう。
しかしシャーロットは人間の姿になって日が浅い。ゆえに人間に対する知識が不足していても何ら不思議ではないとアモネは一度考える。そのうえでわかってもらえるように丁寧な説明をしたいのだが、
(先にパンとお水を配るのが先だよね……シャーロットちゃん好奇心旺盛だし、これ以上深堀りしたらどんどん質問が飛んできそうだし……)
腕の中のパンの山に視線を落とす。ここにあるだけで十数個。あと何往復すればあのダンボールの山がはけるだろうと想像したとこで絶望的観測になり、アモネは判断を下した。
「詳しいことはまた今度お話しますが、簡単に言えば若い体と古い体では、パフォーマンスに差が出るっていう理屈です」さらに続けて「あとは単純に、魔力の濃度が高い場所にはモンスターが集まってきやすいっていう現象のせいもあるかもしれませんね。もしローヴェニカ中にモンスターが溢れたら、冒険者や騎士団の方々は戦えてもご年配の方は――」
と、そこまで話した時。
アモネたちの背後から、怒号を含みつつも怯えたような大声が張り上がった。
「冒険者ギルドに登録している冒険者は至急エントランスホールへ集え! 繰り返す! 冒険者ギルドに――」
アモネとシャーロットは顔を見合わせる。
声量、声音。ただならぬ雰囲気に包まれる避難空間。
楽観的だった避難住民たちにも不安の色が滲んでいくのがわかる。
アモネは呟くように言った。
「シャーロットちゃん、これはきっと……」
「ただごとじゃない。……行こ、アモネ」
コクリと頷き合い、二人の少女はエントランスホールへ駆けだした。
……ちなみに。
その場に据え置かれた携帯食料と飲料水をちょろまかそうとする避難住人はやはりいる。
が、触れようと手を伸ばした瞬間その体はふわりと優しく跳ね返された。
緊急招集をかけられてもなお、平等や公平性に対し抜かりのない対策を施す冒険者の少女たちに、その住民はもはや脱帽する他なかった。




