第36-8話 決着なんだが?
そう判断した俺はディオスをもう一度誘導するように言葉をかける。
それにしても、と味わうように口にして。
「衝撃緩和と肉体の故意破壊、そんでもって高速跳躍術式か……自分の体を犠牲にしてまで証明したかったんだな」
「……ッ‼ わかったような、」
すると瞬間、猛追に命を削っていた男はぴたりとその足を止めた。
上下するディオスの両肩。その両手と背中には必殺に匹敵する刃が控えている。
あちゃー、誘導失敗か……心の中で頭を抱えていると、ディオスが一拍置いて。
間もなく、がばりと顔を上げた。眉尻がひどく吊り上がり、瞳が小さく動く。
蛇のような目で俺を睨むディオスはついに押し殺せなくなった声を張り上げて、
「わかったような口聞くんじゃねぇ! あぁそうだよ! デリータ、俺はテメェに俺の強さを証明してぇんだ! これまではテメェが圧倒的に優位だったかもしれねぇ。俺には敵わねぇ相手だったかもしれねぇ。だが今は違う!」
ディオスは器用に第三の腕にも感情を走らせながら叫ぶ。
「今の俺には力がある! 誰にも手にできねぇほどの! 誰もが欲しがるほどの! デリータ、テメェでさえも及ばない程の力が‼ 見せてやる……証明してやるぜデリータ! お前の期待に応えられる、いや、お前の期待さえも簡単に凌駕できるほどまでの高みに到達した俺のすべてを――‼」
刹那、ディオスは聞いた事もないような不可解な言葉を口にし。
不穏な空気が場を支配したと思った途端、
シュボッ‼ と炎が酸素を巻き込む音が連続した。
見れば、ディオスの背中に伸びる第三の腕よりも遥か上空に。
数えるのもバカらしいほどの無数の魔法陣が空中に描かれていた。
「コレを打ち出せば、ローヴェニカは廃土だ。一つの国を全壊させるほどの力を見ればお前だって認めざるを得ないだろデリータ……!」
半ば狂ったような、しかし明確な目的の元で動くディオスの三日月の口。
……ずっと思っていたことだが、この男は何か凄まじい勘違いをしている。
ずっと、ずっと、長きに渡って。その思い込みが果てしない奈落へ到達してしまうほど長く。
ディオスは爛れたような声で、
「その目に焼き付けろデリータァ……! お前を越えた男の、お前の期待を一切裏切らない、ただ一人の存在であるこの俺の力を――‼」
「待てディオ――!」
と言うには遅すぎた。
瞬間、ディオスの頭上で数多の爆発が巻き起こった。
ゴッ‼ と空気を焦がし引き裂き進む光条。
数多の光の正体は、言うまでもなくディオスの魔力で。
モンスター化によって、数十倍に跳ね上がった魔力の塊で。
……その上、長きに渡って研鑽を積み上げてきた彼自身の実力も加味された一撃だった。
打ち放たれた魔法が俺の頭上を優雅に過ぎていく。光と魔力の残滓をそこに残しながら、一直線に走っていく。
向かう先は無論ローヴェニカ。それも一般住民が避難している居住区の一画。
放置しておけば、甚大な被害が出るのは必至だと思った。
「ド派手に行こうぜデリータァ‼ 今日は新たなローヴェニカの幕開けだ! 自分にとって都合の悪い人間を簡単に切り捨てる愚かなゴミ人間どもはこれで始末できる! その後だ……! デリータ、お前はこの国が廃土になった後に消してやる‼」
目を剥いて発狂し大声で笑うディオス。
狂った笑みを浮かべる男へ、
俺は一言呟いた。
「そんな未来は……こねーよ!」
空中が、ひび割れた。
いや正確には闇夜の下を駆け抜ける幾多の魔法が完全に消え去り、その余波で空気に歪みができたように見えたのだ。
「あがッ……⁉」
変な声を出し、笑ったまま固まるディオス。
こうなることくらい予想できていただろうに。思考力の低下はモンスター化の副作用なのだろうか。
俺は一歩、踏み出る。
「ディオス、お前は色々間違えすぎだ」
「……!」
迫る俺を察知してか、ディオスが魔力の残りカスで魔法を放つ。
火球は俺に激突する前に弾け飛ぶ。
俺はさらに一歩を踏み出した。
「期待がどうとか強さがどうとか。認めさせたいのだってそうだ。ローヴェニカを破壊したところで一体誰がお前を認めるってんだよ?」
いくつもの弱々しい魔法がやってくる。
あますところなく《消去》していく。
「方向はどうあれ、お前が前を向いてんのはすげーいいことだよ。力に胡坐をかかず、俺をぶっ飛ばすために努力してんのも結構気に入ってるぜ、俺は。だが、お前は忘れちゃいけないことを忘れて、しなくていい思い込みばかりをしてる。けど、まぁ、いまはひとまず――」
瞬間、俺は走り出した。
握る拳に宿すは《存在消去》。
消した対象の存在を一切許しはしない絶対の《スキル》。
叫ぶ。
「強さを語るなら正々堂々語りやがれ‼ 紛い物の力で強くなった気になってんじゃねぇぞ‼」
「うるせぇうるせぇうるせぇ‼ 力は力だ! たとえ俺から生まれたものじゃなくても、俺が使えるんならソイツは俺のモンだァ‼」
放たれる微弱な魔法。
それを《消》す。ディオスは懲りずにもう一度打とうとする。
が。
「……⁉ なぜだ⁉ なぜ魔法が出ない⁉」
戸惑うディオスを睨みつけ、俺は全力で駆ける!
「だから敵わねぇんだよ、お前じゃ!」
「……‼」
「力は目的があってこそ真価を発揮すんだ。守りたい誰かがいる、倒さなきゃいけない悪がある、許しちゃいけない相手がいる――そういうもんがなきゃダメだ!」
彼我の距離は五メートル。
そのすべてを踏み潰すように、俺は一気に駆け抜けた。
《存在消去》を宿した拳を握りしめ、ディオスの懐へもぐりこむ。
「目的があって、それを達成するために力をつけて、そうして力は意味をなす。だからディオス、思い出せ――」
息を飲む男へ。
眼前に迫る拳を前に、何もできない男へ。
俺は全力の拳を突き刺した。
「――テメェが力を欲しがる本当の理由ってヤツを‼」
瞬間、《存在消去》は消去する。
ディオスの中で生まれ根付いてしまった間違った認識を。
ばぎん、と手元に感じる何かを消し去った手ごたえ。
直後、ディオスは五、六回も地面を転がって、そのまま動かなくなった。
闇色の空は、しかし晴れ渡りそうもない。




