第36-7話 vs.魔物化ディオスなんだが?⑥
巨人の剣は空気ごと俺を一閃する。
真っ赤な鮮血が噴き出る。脳みそが弾けだし、肉塊がぞんざいにばら撒かれ、思考も意識も停止した肉体はケーキにナイフを入刀したみたいに真っ二つになって地面に倒れている。
ディオスが身を包んでいる闇の鎧も、返り血でさらに絶望色に近くなったことだろう。
これで決着はついた。すべて終わりなのだ。ディオスは『悪夢』の根源たる俺を打ち滅ぼし、これから胸の内に残る虚しさを抱えてローヴェニカの破壊活動へと歩を進めるだろう。
俺が斬られていれば、そうなっていたことだろう。
「……何が起きやがった。どうなってやがんだ、一体」
忌々しそうに歯噛みして言う、ディオスの背中を俺は眺める。
奴の肩がぴくぴくと震えていた。吐き出したい言葉が山のように降り積もるが、どれから口にすべきかわからない、といったところだろうか。
そりゃあ、まぁ、そうだよな。
だって、ついさっきと同じ状況が、逆の立場で起こっているのだから。
「なんでテメェに俺と同じ事ができるんだよ⁉」
殴りかかる勢いで振り返ったディオスの顔には、マスクメロンのように青い筋が浮かび上がっている。
単に攻撃を外したことへの激情ではなく、どちからというと必死で編み出した奥義をいとも簡単に盗まれた事に対する怒りのように俺には感じられた。
「アレは俺がッ! テメェを打ち負かすために死に物狂いで編み出してきた技だぞ⁉ なんでテメェが……あの時間も労力もかけてねぇテメェが一瞬で使えんだよ⁉」
「……、」
やはりコイツはコイツなりに積み上げてきたんだな。
先の推測が的中したことに、さらに小さな喜びが俺の胸を満たす。
一方のディオスは、微笑を浮かべる俺にさらに怒りのボルテージを上げたようで、
「肉体強化魔法、高速跳躍術式、衝撃緩和の超小型魔法陣、肉体の故意な破壊による再生速度倍化魔法、そして第三の腕‼ 最後の一撃を……あの最後の一撃をテメェに与えるためだけに作り出した魔法と術式だ! テメェの視界が追いつくよりも早く動き、テメェに《スキル》を使わせる時間的猶予も与えない完璧な一発だったはずなのに、なんでだよ⁉」
俺を倒すために開発された魔法たちの名前。
ちょっと前であれば仰々しい名前つけてんじゃねぇよ……と心の内で苦笑していた気もするが、しかし今はそんな気持ちなどない。
むしろ、眼前の敵に対して畏怖の念すら持ちそうになっている。
「カンペキな一発、なんてものは存在しねぇんだよ、俺の前じゃな。ディオス、お前は俺の《スキル》知ってっか?」
「知らねえ訳が……ねぇだろうがッ……‼」
「なら良いんだ。俺のスキル《ダメージ吸収》……もとい《消去》はあらゆる対象を世界から消し去るんだよ。武力、魔法、物質、概念、そして――――時間」
最後の単語を発した時、ディオスがはっと目を剥いた。
そう。
俺は一度、ディオスの振るう狂猛な魔の刃に身体を切り裂かれている。
……なんて言ったら、信じてもらえるだろうか?
目を剥きわなわなと怒りを押し殺すディオスへ、俺はとどめを刺すように回答を用意した。
「わかったみたいだな。そうだよ、俺はお前に引き裂かれたあの時間を《消去》した。なかったことにした。お前は怒りのあまり自分の技がコピーされたことを真っ先に口にしたが、もっと他にも気になる事があるんじゃないか? 考えてみろよ。たとえば――斬った手応えは確かにあったのに、とかな」
「‼」
ディオスの顔が驚愕に溺れた。
モンスターであるはずの彼は目を細める。その目はまさにバケモノを見据えるそれのように感じられる。
そんなディオスと対照的に、俺は淡々と口にする。
「お前の奥義をマネできたことについてだが、もうカンタンだろ? 時間を《消去》したと言っても、あの瞬間に流れていた時間そのものが消える訳じゃない。あくまで『お前の剣に斬られて血を吹き出しパックリと頭を割られた俺』という未来を否定しただけだ」
つまるところ。
「その未来へ進まなかった俺は、必然的に別の未来を選択しなければいけなくなる。時間そのものは止まったり消えたりしねぇからな。で、俺は『剣を回避し、反撃するための行動をする未来』を選んだ。結果、俺がお前の後ろへ瞬間移動したように見えたし、お前は斬り殺したはずの人間とこうして向き合っている……と、まぁそんなとこだ」
すべてを説明した後。
奥歯を噛みしめるだけのディオスを見て、俺はちょびっとだけ反省した。
俺にとっちゃ《スキル》のメカニズムは馴染み深いが……彼にしてみれば『空が闇色に染まっているのは、無意識下で発散される強大な魔力が上空で粒になっているからですよね』と前提知識なしに話を進められているようなものだろう。
「そんなデタラメが……!」
と、ディオスは口端を歪めて、
「そんなデタラメがあってたまるか‼ 時間を消した? 選ばなかった未来を選んだ⁉ ふざけるのも大概にしろよデリータァ‼」
今にも懐に飛び込んできそうな男は、しかし地面に足裏を縫いつけられているように動かない。
いや、動けないのだろう。
理性的な判断か、あるいは実力差が呼び起こす本能のせいか。
俺は感情と理性の間で揺れ動く男へたしなめるような声色で、
「……ディオス、お前は自分のことを必要以上に卑下しているようだが」言いかけたその直後、俺の頬を何か鋭いモノがかすめる。温い液体が顔面に轍を作っていくのを感じた。
再び意識を前に戻すと、第三の腕を背後に、右手をかかげるディオスが立っている。
「もうテメェの言葉は要らねぇ! 聞いてるだけでムカムカしてきやがる!」
攻撃で思考が吹っ切れたのか、そんなことよりも、と平静を取り戻したディオスは今度こそ絶対の自信を声音に滲ませ、
「……さっきは油断しただけだ。テメェの息の根を止めることくらい屁でもねぇ。さっきほざいてたよな、『俺の強さていどじゃテメェには敵わねぇ』って。安心して夢見てろ、すぐに撤回させてやるから、よっ‼」
ダン‼ と地面を蹴りつけるディオスは、人の身にしては不自然極まりない三本の腕を大きく構えながら間合いを詰めてくる。
右手にお馴染みの両刃剣が伸び、左手には刀身の細いレイピアのような剣が生まれ、背中の巨大な腕は鋭利に揃えられた黒爪を俺へ向けている。
剣があちこちを貫通しようと振り回される。
バックステップや半身になることで辛うじて回避はできているが、防戦一方の展開に驚いてしまった。腕が二本あるのと三本あるのとでは、ここまで差が生まれてくるものなのか……。
「俺は強い! 俺は強ぇんだよ‼」
なにか狂気じみたセリフを吐きながら突進し膂力任せの剣を振り回すディオス。
あまりにも連続する猛攻に、気がつけば俺たちは大通りを大きく外れ、一般住民が避難している居住区まで戦闘範囲を広げてしまっていた。
冒険者や魔法使いだけならまだしも……戦闘や防衛の術を持たない一般住民を巻き込むのはいただけない。
……いったん間をとるためには。




