第36-3話 vs.魔物化ディオスなんだが?②
なんかドラゴンとその背中にクレブが乗っているのを見た。
なんともバカげた感想に聞こえるが、驚きのあまり俺はそんな言葉しか出てこなかった。
首を回すとあたり一面は灰色の煙がもくもくと立ち込めている。
その煙の渦を突っ切るドラゴンを目で追う。
クレブがドラゴンの背中でぺたりと座り込み、流れるように横になる。飛翔するドラゴンの首がうねりとこちらを向いた。瞳に三角や四角を組み合わせた図形を宿すドラゴンの瞳が俺を射抜く。
――何を思っているのかは予想もつかないが、少なくとも敵意が含まれていないことだけはなんとなくわかった。
「……クレブ、ありがとう」
俺は口の中で小さく呟く。
なぜか消えている『巨大隕石』と一面を覆う煙を考えれば、おそらくクレブが動いてくれたのだろう。
あの轟音は、つまりそういうことなのだ。
……しっかし、なぁと俺は頭の中で言葉を転がす。
よく『雨』がローヴェニカに衝突するのを避けられたものだ。『巨大隕石』はともかくとして、タイミング的に完全に間に合わないと思ったんだけど……。
と、そこまで考えて。
俺はひねった首を元に戻し、同時に意識を『敵』へUターンさせる。
闇の天空を支配する敵・ディオスへ。
「あぁクソッ‼ ジャマしやがってぶち殺すぞ‼」
魔物の力に憑りつかれた男は表情を歪ませる。
そして、また。
ディオスはその背の翼を動かそうとしていた。
俺は岩のように固く右拳を握りしめる。
これ以上アイツに好き勝手やらせておく訳にはいかない。
「お前は間違ってんぞディオス‼ お前が強さを求める理由はなんだ⁉ 無関係な人間を傷付けるためか⁉ 自分に歯向かってくる気に入らない連中をぶっ飛ばすためか⁉ 違うだろ! お前が、 お前が強くなろうと思ったのは守りたいものをちゃんと守れる冒険者になりたかったからじゃねーのかよ⁉」
「この期に及んでまだそんな甘いこと言ってんのかテメェは‼ そんな力はもう何の役にも立たねぇんだよ‼ 守れて初めて強さになる力なんて、守れなかった俺には必要ねぇし今後手に入れることだってできねぇんだ‼」
ディオスはヤケクソ気味に言い捨てる。まるで乾ききった雑巾から水滴を絞り取ろうとするように。
俺の体はぐんぐんとディオスに迫り。
彼我の距離はついに一〇メートルまで接近した。
「守りたいものも守れねぇ、期待されても応える力がねぇ……デリータ、テメェが! 俺にそんな現実を突き付けたテメェが! 俺の気持ちなんて一ミリだってわからねぇようなテメェが‼ この俺にわかったような口聞いてんじゃねぇぞ‼」
闇の空に浮かぶ『魔物』は吠えると同時。
その両手におびただしいほどの魔力を集結させ。三メートルにも及ぶ魔力の両刃剣をその手におさめていた。
ディオスは闇のオーラをまとう大剣を大きく振りかぶり、空気ごと俺の全身を叩き斬ろうとするべく真上から真下へ剣を振り下ろす。
――だが、その暴力的な魔力が俺の肉体を削ぐことはない。
「うるせぇよ」
たった一言、俺は告げて。
振り下ろされた剣を振り払うように《消去》を備えた横薙ぎの裏拳を繰り出して。
剣がガラスの砕けるような音ともに消えて。
「守れなかったからもう必要ない? ――バカ言ってんじゃねぇぞ、お前」
俺は再び拳を固く固く握りしめ。
奥歯を噛み潰す勢いで言い放つ。
「守れなかったら諦めるんじゃない。次こそは守んだよ……守れなかった奴のぶんまで‼」
剣を《消》されて面食らっていたディオスの懐へ飛び込んだ俺は。
奴のマヌケ面を叩き割るように、固く握った拳を思い切り突き出した。
「……ッ‼」
だが、《消去》を備えた拳がディオスの頬に炸裂することはない。彼の顔の横をすれすれで掠ってしまったのだ。
にやりと歪むディオスの口端。
しかし、俺の狙いに気がついた敵は、直後唇を噛みしめる。
「落ちろディオス‼ テメェの腐った根性は、俺が地上で叩き潰してやる‼」
ディオスの顔面横を華麗に通過した俺の拳は、左に躱した奴……の背中から生える翼に触れ。
六枚あるうちの一枚が、破裂音とともに虚空へ消えた。
ディオスが空中でバランスを崩す。重心に対し左右のバランスが悪くなったことで、安定していた平衡感覚が損なわれたのだろう。
その現実に抵抗するように、しかしディオスは声を張り上げた。
「……ハッ‼ その程度で終わりか? いいぜ、そんなに欲しいなら翼の一枚や二枚くれぇくれてやる‼」
「悪いが俺はわがままでな」
ディオスの横を通過した俺は落下していく自分の体を捻り、奴へ全身を向けた。
そして最大級の笑みを浮かべて、こう告げる。
「どうか一枚や二枚と言わず……六枚ぜんぶいただくぜ?」
――――《消去》の上をいく《存在消去》が炸裂する。また空に飛ばれたら厄介だからな。
バギギャリ、とガラスの破片を踏み潰すような音が連続すると同時。
ディオスは敵意に満ちた目を大きく剥いて。
「……クソったれが」
彼を現在の彼にした街、ローヴェニカへ堕ちてゆく。
その光景を目の端で捉えながら、俺は臓器を持ち上げられるような感覚の中で苦笑する。
「さーってと。俺はどう着地すっかな?」




