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第36-2話 ローヴェニカの地上では ☆

 魔力に満ちた『雨』が降り注ぐローヴェニカ。

 その無数とも思える絶望が町へ落下すれば、ローヴェニカは見るも無残むざん焼野原やけのはらになることだろう。


 市民が逃げ惑う中。

 どうにかこうにかローヴェニカ破滅はめつ未来みらいを防ごうとする二人の少女がいた。


「しゃしゃっ、シャーロットちゃん‼ あれ落ちてきたらかなりマズいですよ⁉」


 年甲斐としがいもなく大袈裟おおげさに身ぶり手ぶりをして主張するのはアモネ。

 金糸きんしのようにつややかなブロンドの髪はあまりの焦燥しょうそうみだれっぱなしである。


「……わかってる。アレはまりょくの塊。落ちてきたら……ここは荒れ地」


 アモネとは対称に、あくまで冷静な目で『隕石』を見上げるのはシャーロットだ。白夜びゃくやを溶かし閉じこめたような髪色も相まって、かなり落ち着いた印象を与える少女である。

 ……そして実際、アモネよりも年少のシャーロットのほうがかなり冷静であった。


「どうしましょう……デリータさんは空に行っちゃいましたし、わたしたちで対処するしか……あぁでもでも! わたしの《反射》は触れたものじゃないと効果がないですし、直接アレに触るわけにも」

「……さっきのは? 風でびゅーんってやるの」

「デリータさんの二の舞になってしまいます。落下地点が変わるだけでローヴェニカに落ちてしまったら元も子もないですし……それを避けるためにディオスさんに直撃させるのも手ですがその時はデリータさんも巻き添えに」

「きゃっか、だね」


 うーん、とシャーロットは考える。

 幼いなりに、持ち得る知識と経験を稼働させて考える。


 間もなくして、白い少女の口が小さく開いた。


「……《反射》のばりあ」

「え?」

「さっきボクたちを守ろうとしてくれたアレ。どこまで広げられる?」

「わたしがあっちこっちを走り回れば、相当な範囲にできますが……でもアレもダメだと思います。まくといってもわたしの『反射』の性質は持ったまま。魔力の塊がローヴェニカに落下するのを防いだとしても、トランポリンみたいにまたねちゃいます」


 そもそもわたしにそんな体力はないですし、何より時間もないですよとアモネは告げる。


 しかしシャーロットはまったく意に介さない様子で。

 ……不思議なことに、彼女はアモネの前にちょこんと移動して前傾姿勢になる。


「だいじょうぶ、あとのことはボクに任せて。アモネのって」


 言われたことの意味がわからずアモネは困惑の表情を浮かべる。


「いいからのって。ボクが走るからアモネは『ばりあ』をつくって」

「え⁉ で、でもシャーロットちゃん、動けないんじゃない……? 体格的にもぜったいわたしのほうが体重あるし」

「のって」

「いやぁ」

「のって」

「……、」


 意見を通す事にこだわりを持たなそうなシャーロットがここまで言う――

 その意外性にアモネはまた何かを言おうとしたが、背中越しに自分を見る彼女の目の奥にある光を感じ取ると口を閉じざるを得ない。


「アモネはまもりたくないの」


 前傾姿勢をやめ、見返ったシャーロットが背中越しに口にする。


「……ボクはまもりたい。この町を、ローヴェニカを、やさしくしてくれた人たちみんなをまもりたい。それで……デリータがまもろうとしているこの場所をまもって、デリータによしよししてもらいたい」


 欲望がダダ漏れな後ろ部分はさておいて、彼女にとって――


 元モンスターである彼女にとって。


 ローヴェニカは。


 デリータのいる、デリータが住むこの国は。


 彼女にとって特別な場所になっている、のかもしれない。


(……デリータさんが命をかけて守ろうとしているのだから……!)


 ならばわたしもそれに応えよう。

 彼を慕う一人として、彼のパーティメンバーとして、彼に救われた者の一人として。


「……わかりました。守りましょう、ローヴェニカを‼」


 アモネはシャーロットの小さな背中にずいと体重を預けた。

 あえて口にはしなかったが、シャーロットはバランスをゆらりと崩すこともなく、細く白い足で地を踏みつけている。一体この小さな身体にはどれほどのポテンシャルが眠っているのだろう――


「……それじゃアモネ、行くよ……‼」


 アモネを背に乗せたシャーロットは、まるで爆発するように駆け出した。

 空から落つるは無数の魔力。

 そのすべてを跳ね返そうと目論んで。





 同じ頃、修繕工事中のギルドの屋根の上で。


「これまた派手に打ち上げたものだな。あれほどの魔力、ぜひ一度でいいから全身で浴びてみたいものだな」

「冗談を言っている場合ではありませんよ先生。あれを放っておいたら――」

「ローヴェニカが灰に変わる、だろう? キミに言われるまでもなくワタシにはわかっているのだよエレルーナ」


 風が吹き、屋根上やねうえにたたずむクレブとエレルーナの髪が揺れる。珍しくもクレブが着用している黒のドレスもまた、彼女のすねあたりを優しく撫でるようにぱたぱたと波打つ。


 エレルーナは遠くの景色に何かを見たようだった。すると彼女はおもむろに首を回し、静かに『先生』の横顔へ目を向ける。


「……」


 言葉はない。

 だがクレブは視線に気がついていたのか、目線を『隕石』から離さないで、


「なんだ。ワタシの顔になにかついているか」

「いえ。ついているとすればラメ入りのチークだけかと」

「言うまでもないことだ。今日は学会に呼ばれてい「似合ってますよ、お綺麗です」

「⁉」


 クレブは屋根の上から転落するんじゃないかと思うくらい仰け反った。助手から向けられた唐突な口説き文句に心臓がびっくりする。


「な、な、なにを言っているのだお前は! こんな非常事態に冗談など抜かしている場合ではないだろう⁉ こんなところで無駄話に花を咲かせている場合ではない、ワタシたちも援護に――」


 全身から青白い火花を瞬かせ、一瞬でも目を離したらもう飛び出してしまいそうなクレブ。


 だが、そうはならない。


「待ってください先生」


 エレルーナはクレブの近い方の手首をがっしりと握っていた。


「……そんな顔なさらないでください。わかります。不安ですし焦ります。今すぐに飛び出していきたい気持ちももちろん理解できます。でも一度落ち着いて。見てください」


 焦慮しょうりょを全面に押し出したクレブはしかし、助手の諭すような言葉にしたがう。


 彼女は見る。

 ローヴェニカを懸命に駆け回る、見知った顔の少女二人を。


 なぜか体躯の小さなほうが下で、それより大きいほうがおぶられているのは不思議だったが。


「……そういうことか」


 『反射』を扱う少女の存在を知っているからこそ、クレブは事情をすぐに理解した。


「はい。私たちの出番は今ではなく、間もなくです」


 エレルーナの言葉通り。

 ローヴェニカを駆けまわっていた二人の少女が地面にどさぁ……と倒れ込んだのが見えた。一仕事終えた、の合図だろう。まるで自分たちにサインを送っているみたいだなとクレブは思わず笑みが零れた。


「行きますよ」


 隣ではエレルーナが屋根を蹴り上げ、上空へ垂直に飛び立つ。同時、『魔法の隕石』がローヴェニカに着弾した。いや正確にはしようとした。『魔法の隕石』が二人の少女がほどこした『安全網はんしゃのまく』に衝突すると、まるでトランポリンのように元居もといた上空へ跳ねて戻ったのだ。


 まるで落ちてきた雨粒が曇天に舞い戻るようなその光景が、合図あいずだった。


 烈風がクレブの全身を叩きつけた。


 その風はなによりも激しく、まさしく暴風で、しかし同時に戦う勇気をもたらしてくれる、そんな風。なぜならそれは、


「先生、背中に‼」

「久しぶりに見たよ、お前のその姿。間違ってもワタシを振り落とすなよ」


 体長二〇メートルもあるドラゴンの翼が巻き起こす風だったから。


 クレブは『雷電之王エクレルーラー』を空気に放電し、大気中に存在する電場を利用して空中へその身を華麗に投げた。


 クレブを背に乗せたドラゴン・エレルーナは空気を引き裂くように進む。曇天の空には一人の少年が魔物に向かって飛びかかっているのが見える。


(デリータ、キミはいつでも無茶苦茶だな)


 口の中で小さく言いつつ、クレブは不敵に笑んだ。

 けれど。


(そこがキミの――)


 脳内に響く、エレルーナの声。


「先生、あとはお任せしますよ」


 クレブは髪をほどき、犬歯をチラつかせて。


「ああ、助手。しっかり見ておくんだぞ、『先生』が実はどれだけ強い人なのかってことを」



(――――キミのどうしようもなくバカで、どうしようもなく最高な所だよ‼)



 直後、飛翔するドラゴンの背中から。

 豪雨でもないのに迸るは、一〇〇〇万を凌駕する電圧の暴風。


 瞬く紫電は空気を焦がしながらクモの巣のように広がっていき、

 数えるのもバカバカしいほどの『隕石』たちへ、一目散へ激突していく!


 自然現象の力を模した能力に触れた魔力の塊は、まるで起爆剤のスイッチを押されたかのように次々と暴発していく。


 その最中。

 クレブの右方を通り過ぎていく一条の光――いや『巨大隕石』を彼女は見る。

 規模の違いか、周りの雨に比較するとのっそりと自由落下してゆくそれ。


「なるほど、ワタシにも全力を出させてくれるというワケか!」


 言葉通り、直後。

 クレブは右腕を大きく薙ぎ払った。まるで人混みを強引に突っ切るようにその手を大きく横へ一閃する。


 ほとばしる雷光。瞬間、クレブの腕の軌跡をなぞるように『雷電之王』が鞭のようなうねりを見せて放たれた。


 まさに雷剣(らいけん)。巨人が振るったと表現しても過言ではないその雷の剣は、『巨大隕石』を真っ二つに引き裂いて。


 炸裂する轟音。


 ローヴェニカの空に、いくつもの灰煙が舞い上がって。

 その中でいっそう大きな煙が暴発した。


 ドラゴンが煙に塗れる天空を切り裂くと、クレブは何かを探すように空を見上げる。

 と、少年と目があった。


 随分と間の抜けた表情をする彼に、クレブは残る力を振り絞って届ける。


「デリータ‼ あとは任せたぞ――……ぅぐ」


 いつかと同じようなセリフを口にした後、小さな体に宿るありったけの雷を放出したクレブは。これまたいつかと同じように、ぱたりとドラゴンの背に倒れてしまう。


「まったく、先生はいつまで経っても力の出力調整が上手ではありませんね――」


 でも、とエレルーナは一拍おいて、


「――さすがです、私の尊敬する『先生』。お疲れさまでした」


 ばさり、とはためく巨大な翼。

 風を切り裂くように推進するドラゴンは、ローヴェニカを包む闇の空へと消えていった。

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