表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/96

第34話 絶望との邂逅 ☆ 

「クソ……クソッ! クソッッ! クソ――ッ‼」


 燃えるような夕焼ゆうやけもちたよる


 ローヴェニカにともる優しい明かりを背景に、鈍重どんじゅうな音が山道さんどうに響いていた。


 岩を斬りつける音。


 斬れないとわかっていても、けんたたきつけなければ気が済まないという音。


「なんで俺が‼ 俺がデリータなんかに……ッ‼」


 ありとあらゆるマイナスの感情が入り混じった肉声にくせいは、もうかすれていた。


 ――どれほど同じ言葉を口にしたのだろう。


 そんな想像も容易にできるほど、ひどく弱った悲しい、けれど憎悪ぞうおに満ちたもので。


 ディオスは傷だらけの体でひたすら剣を振り続けた。


(ふざけるなよクソ野郎。俺が負けただなんてありえない……ありえない!)


 思い出すのは数時間前の戦い。


 おのれ野望やぼうのために始め、己の野望ゆえに終わった戦い。


 強くなりたいと願った。そのために冒険者ランクを上げていきたかった。無能な人間と仲良しごっこしている時間などもったいなかった。


 どんな期待をも越え、どんなあくでも簡単にいなせるような。


 誰からの期待も裏切らない、誰からも失望されない、誰よりも頼られる――そんな冒険者に。




(なれなかった)




 ディオスは頭の……いや、心のどこかでもう気付いていた。


 デリータに完膚かんぷなきまでに負けた瞬間から。


 否。


 デリータが彼の前に現れたその瞬間から。


 越えられない壁を自覚してしまった。コイツには敵わないと本能が決めてしまった。


 だからこそ、あらがいたかった。

 最強を目指すと決めていたからこそ、デリータには絶対に負けられないと思った。


 でも、負けた。


(…………、)


 打ちつけられる刀身は弱々しく。音もくようなたよりなさで。


 だんだんと。ディオスは全身から脱力していく感覚を感じていた。


「はぁ……はぁ……」


 みだれた呼吸を整えるついで。彼はつかから手を離し、マメだらけの手のひらに視線を落とす。


 その時ふいに思ったのだ。


「……俺はなにをしているんだ?」


 冷静な頭が全身を冷ましていくように。


 渦巻うずまいていた感情も、まるで嘘みたいに消えていきそうな気がしている。


 一体なんなんだ? とディオスは首をひねる。


(デリータに負けてくやしい……のか?)


 いや違う。だとしたら『デリータなんかに』とは言わないだろう。


(越えられない壁を感じたことがつらい……のか?)


 ディオスは彼の内面こころと向き合ってみた。

 ……不思議だ。辛いとか悔しいとかムカつくとか、そういう感情を一切いっさい持っていないような――忘れているような気がする。


 ディオスはますます頭をかかえたくなった。


 もしそういう強い感情を持っていないんだとしたら――自分がさっきまで口にしていた、心に宿やどしていた気持ちはなんだったのだろう?


 出口のないなぞ。まるで置いたはずの鍵がそこにないような感覚に気持ち悪さを覚え始めようとした、


 その時。


「ヤツの仕業しわざだ」


 どこかでカラスがばたいた。


 暗闇から現れた突然の声に、ディオスはとっさにけんを構え、


「誰だ⁉」

「そう殺気さっきをふりまく必要はないぞ、人間――いや、あわれな敗北者はいぼくしゃディオスよ」

「ッ‼」


 気にさわることを言いやがって、とディオスは内心でえていたが。

 それを遥かに上回うわまわ気色悪きしょくわるさを彼は全身で感じていた。


(な……んだコイツは……? どんなツラしてやがる?)


 暗がりの山中やまなかであることもわざわいし、ディオスに見える情報は極めてわずか。


 わずか、だが。


「――どうした? そんなにおびえた顔をして」

「……気持ち悪ぃんだよテメェ。気安くしゃべりかけるんじゃねぇぞ」


 口では威勢いせいを張れていても。

 体は正直だった。


 奇天烈きてれつ仮面かめんかぶった男(声は完全に男のものだった)を前に、ディオスは全身から汗がきだすのを感じる。

 剣を振って出た汗とは全く別のそれ。


(ヤバい……コイツがなにもんかは知らねぇが……)


 間違いなく戦ってはいけない。それは直感でわかっていた。



 ――それでいいのか?


 ――禍々(まがまが)しいオーラをまとった奴なら尻尾しっぽ巻いて逃げてもいいってのか?


 ――そんな都合のいい冒険者が最強と呼ばれる日が来るのか?


 答えは、いな


「――‼」


 次の瞬間、ほしまばたきよりもきらめく一閃いっせんがほころびた。


 疲労と激痛によって所作しょさ粗雑そざつそのもの。だがディオスが積み重ねてきた剣筋けんすじはたしかに美しく、あるべきものを切り落とす必殺の《支配剣しはいけん》となる、



 はずだった。



「どうしてこうも人間はおろかなのだ」


 あきれたように仮面からため息がこぼれたかと思えば。


 ぼすっ……とにぶい音が立つ。


「ぎ……」


 ディオスは歯を食いしばって、


「ぎががぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ‼‼」


 直後、絶叫した。


 よろけるからだ。ほとばしる熱波ねっぱ


 何が起きたかはわからないがただ一つわかるのは。右肩みぎかたが熱い。ただただ熱い。


 ディオスは右肩をさえようとする――ない。


 腕が、ない。


「あがっ……⁉」


 激痛げきつうが襲ってきた。地面に落ちた右腕も見つけた。

 鼓動こどうが早まる。おぞ気がせりあがってくる。

 どうにか。どうにかしなければ――!


(魔法だ、魔法で仮面をぶち殺してッ‼)


「その力をぶつける相手はわれで良いのか?」


 ずしり、と。仮面の言葉はディオスの胸に突き刺さった。

 なまりのように、そこに刺さったまま抜けないでいる。


 ディオスははっとして、痛みも忘れて言葉の意味をみしめようとした。


あわれな敗北者はいぼくしゃディオスよ。貴様きさまにはもっとにくい相手がいるのではないか?」

「……、」

「思い出せ。貴様の尊厳そんげんを踏みにじり、大衆の前で貴様に恥をかかせた男がいるだろう?」

(……ああ、無性むしょうにイライラしてくるぜ……なんなんだこれは)


 気がつけばあたりは蜃気楼しんきろうおおわれていた。


 むらさき不気味ぶきみけむりがディオスと仮面を取り囲む。


 そこにいればいるほど。

 ディオスは胸の中に強い感情をいだくようになっていた。


「貴様がやいばを向けるべき相手は誰だ?」


 考える。うつろなで考える。


報復ほうふくすべき相手は?」


 朦朧もうろうとする意識のなか、彼の視界にうつるのは――闇色やみいろ触手しょくしゅ。ミミズのようにうねうねと空中くうちゅううごめいている。


 でも、そんなことはどうでもいい。


 なぜなら。


「思い出せ敗北者はいぼくしゃ貴様きさま敗北者きさまにしたのは――一体いったい誰だ?」


 もうディオスの頭は、心は。


 すっかり闇色に染まっていたのだから。


 失くしかけた感情を拾いあげた彼は、もう忘れることもないようにその気持ちをいだき続けるだろうから。


 決して消えない信念が、彼にはあるのだから。


くやしいだろう? ――さぁ、手を取れ」


 仮面は触手しょくしゅと同じ色をした手を差し出した。



 ディオスはその手を――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ