第33-3話 ようやく始まったんだが?
「解散したばかりで再招集をかけるなんて何事なんだ、デリータ?」
俺は工事現場に再び冒険者たちを集めた。
前に立つ俺とクレブ、それから大急ぎで来てくれたエレルーナさんに注目が集まっている。
「見てもらいたいものがあるんだ」
みんなが口を噤む。
一体なにが始まるんだと言いたそうに目をきょろきょろさせている。
「エレルーナさん」
「かしこまりました」
彼女は頷くと、空中へ手をかざして魔法陣を展開した。
俺たちの頭上に浮かぶ円環。空と平行なそれらはぐるぐると回っている。
その眩さに冒険者たちは目を覆い、次に彼らが目を開ける頃には……。
「……!」
集まった冒険者たちの多くが息を飲んでいた。
言葉が見つからない、と言った様子で固まっている。
「デリータさん、これで良かったですか」
「もちろんだ、ありがとう。……久しぶりだな、みんな」
俺がそう言うと、魔法陣から現れた二〇体のスライムたちは、
「あーっ‼ デリータだぁー!」
「なぁデリータ、おれ背のびただろ⁉ ほら、ほら!」
……と、まるで雪崩のように俺に飛びついてきた。俺が尻もちをついてるのはそういう理由だ。
「だーわかったわかった! あとで遊んでやるから今はいったん待ってくれ!」
「モテモテだなデリータ」
「モテモテですね、デリータさん」
「二人揃って微笑ましい目をするんじゃない!」
わいわいきゃっきゃとすると同時、懐かしさと安堵の気持ちを胸に覚える。
シャーロットだけを連れていく時にはそれなりの葛藤もあったものだ。集団の中での特別扱いは禍根を残すこともあるし、なんでシャーロットだけが⁉ と聞かれていたらきっと優しい返答はできなかっただろう。
だが、みんな元気そうで良かった――
「!」
スライムたちに飲み込まれていた俺の目に、嫌な光景が映った。
太陽光に透き通る、青い体のその向こう。
――何人かの冒険者たちが、腰に垂れる剣を抜いたのだ。
まずい。
「モンスターがここになんの用だぁ‼」
彼らを止めんとする冒険者もいるにはいる。
だが、そのどれもが本気には見えなかった。
現実とはこんなものだ。
口ではいくら奇麗なことを、勇ましいことを言っていても、本能的な恐怖が植え付けられた対象を前にすれば――。
数人の冒険者たちが剣を構えて駆けてくる。
スライムたちは俺に夢中で気付きそうもない。
「とめるぞ、デリータ」
「待てクレブ!」
雷をほとばしらせる彼女を制止し、俺は機を待った。
モンスターを人に戻した俺たちだからこそわかることがある。
彼らの優しさ・人間味にあふれたところを見たからこそ受け入れられる。
ならばやることは――これしかないと思った。
「失せろ最弱モンスターぁぁぁぁあああ!」
いくつかの剣が振りあげられた、
その瞬間。
《消去》――‼
敵意をふんだんにまとうその鉄は、モンスターの生臭い体液を吹きこぼす、
ことはなかった。
「な……な、なにィッ⁉」
「どう、なってやがるんだ……⁉」
あまりに衝撃的だったのだろう。彼らは振り上げたその剣を力なくおろし、眼前の光景に目を見開いていた。
「……これでわかったろ。お前たちが手にかけようとしていたのは」
俺は俺に覆いかぶさる子ども達を優しく退けながら立ち上がり、言い放った。
「こんな小さな子どもたちだ」
そして睨む。
「純粋で快活、まだ穢れもろくに知らない小さな子どもたちだよ」
あんぐりと口を開けたままの彼らへ俺は続けた。
「確かに彼らはお前たちとは違うかもしれない。彼らは一秒後に粘性生物になれるし種族の垣根だって越えられる……そんな存在だ。だがそんなにダメなことか? モンスターになれる素質を持った人間って捉えかたはできないか?」
「でっ……できる訳ねーだろ‼ そいつらがいつ襲ってくるかもわかんねぇんだぞ⁉」
「人間だって同じじゃないか?」
「え……?」
俺は近場にあった木材を足で転がしながら、
「人間だっていつ牙をむくのかなんてわかんねーだろ? たとえばお前の隣にいるやつ。そうだ、ちょうど剣を持ってるな。数秒後に互いを斬りつけているかもしれない。互いの命を狙って魔法を使っているかもしれない。そう、たとえば――」
消去。木材が消え、瞬く間にそれを彼に向かって打ち出す。
木材は男の頬をかすめ取るように吹き飛んだ。
「人間である俺がお前たちを殺すかもしれない。モンスターと人間、何が違うんだ?」
「そ、それは……」
冒険者たちの顔が強張ってしまう。
「……ま、今のは極論だけどな。けどコイツらに関して言えば、お前たちの心配はなにもいらないよ。ほら――」
俺はスライムたちの背中を優しく押した。
一瞬遅れて気がついた彼らの警戒心を《消去》で忘れさせ、そのうちの一人に小さく耳打ちをすると。
「は、はじめましてっ……!」
その声に続き、他のスライムたちも口にする。
その時の冒険者たちの顔ときたら、それはもう傑作と言ってもいい。
「しゃ――――しゃべった⁉ モンスターだったやつらが挨拶したァ⁉」
◇
工事現場はしばらくスライムたちの話題で持ち切りだった。
さすが挨拶はコミュニケーションの礎。それができるだけで警戒心を簡単に解くことができてしまうのだからな。
実際、剣を握っていたやつはすぐさま納め、モンスター共存派の連中とともにさまざまな会話を交わしていた。……もちろん、中には不服そうな態度をとる者もいるが。
仲睦まじくしているその光景を前に、
「案外馴染んでいるんじゃないか?」
「そうだな。挨拶って大事だよな、自分は敵じゃないですよーって合図みたいなもんだし」
ま、まぁちょっと単純すぎるとは思うがな。
事前にモンスターは元人間かも? って知識があったおかげで、思いの外すんなり受け入れられている……のかもしれない。
そんな時だった。
「やめだやめだ馬鹿馬鹿しい!」
叫んだのは不服そうにしていた男だった。彼は声を張り上げて、
「人の姿してたって所詮はモンスター! よくそんな奴らと笑ってられるなお前たち!」
「ちょっとアンタ、まだ喋ってもないくせになにわかったようなこと言ってんの?」
誰かがつっかかる。が、男はさらに態度を悪化させて、
「だってそうだろ? 俺の言ってることは間違ってるか? ま、いいぜ。雑魚モンスターと雑魚冒険者どうしで仲良く群れとけよ。さぞ居心地が良いだろうからな!」
「アンタ、いい加減に――」
「まぁ待ってくれ」
ケンカになりそうなところで俺が遮った。
注目が集まる。いいタイミングだ、これを機に言っておこう。
「俺は彼の言いたいこともわかる。昨日の今日でモンスターと仲良くしろっていうのも難しい話だと理解している。だからこそ……みんなにお願いしたいんだ」
初めからすべてを受け入れろとは言わない。
今晩から同じ釜の飯を食えとも言わない。
ただ、俺が望むのは……
「少しずつでいいんだ。少しずつでいいから、彼らを認めてあげてほしい。姿かたちは確かに人とは違うかもしれない。けれど心を持った立派な命なんだ。頼む」
その願いがどれほど届くか。どれほど叶うか。
今はわからない。
でも、少なくとも、
「任せろデリータ! 俺にゃわかる、こいつらは良い奴らだ! 安心しろ、危害を加えてこない限りは絶対に手は出さねぇ!」
……こう言ってくれる冒険者たちもいる。
その事実だけで真っ暗闇だった未来は、わずかにではあるが確実に光が生まれたことだろう。
「……良かったな、デリータ」
「ですね、デリータさん」
「……ああ!」
小さな一歩だ。
だが踏み出せたことに意味がある。
その一歩の意味を踏みしめ、噛みしめながら、俺たちはギルド復旧作業にあたった。
◇◆◇
「デリータ、お前も早く帰って休めよ~!」
「ああ、お疲れさん! また明日な」
気がつけば日没。
オレンジ色の光がまばゆく射し込んでくる。
俺は最後まで一緒に復旧作業をしていた冒険者に手を振ると、
「さて……俺もそろそろ帰るかな」
工事は順調に進んでいると思う。魔法やスキルの恩恵もあって、昼間には骨組みしかなかったギルドはいまや頑張れば人が住める程度には修繕が済んでいる。
人の力ってスゲーやぁ……なんて思いながら脱ぎ散らかした服を拾いあげようと手を伸ばすと、ふと。
俺を隠すように影が伸びていることに気がついた。
「デリータさんっ」
小鳥が歌うような、そんな声が聞こえてきた。
「……デリータ」
氷が溶けてゆくような、そんな声が続いた。
生きていてくれた。
それだけで十分だと思っていたのに。
またこうして名を呼んでもらえた。
バレないように、気付かないように、見ないふりをしていた気持ちが胸の奥から溢れてくる。
気にしないように、気にしすぎないように努めていた緊張が、解けた。
俺はゆっくりと振り返る。
ずっと見たかった顔がそこにあった。
彼女たちは笑っていた。
あちこちにガーゼを貼ったアモネはにこやかに、
サラシのように包帯を巻いているシャーロットは相変わらず無表情に、けれど嬉しさを口端に滲ませながら。
……俺はあふれてくるものを必死でこらえながら、最大級の歓迎を言葉に込めて。
「……おかえり――アモネ、シャーロット!」
直後、二人は俺の腕の中にいた。
ああ、ようやく歯車が動き出した、と俺は思った。
心の根っこで錆びついていた何かは、キレイさっぱりなくなっている。
きっとこれから世界は変わる。もちろん良い方向に、だ。
乗り越える壁はまだまだ高いが……臆することはなにもない。
だって、
「うわぁぁぁぁんデリータさんんん無事だったんですねぇぇぇぇええ!」
「……いたかった、むねに刺さった剣、すごくいたかった……!」
俺にはアモネとシャーロットがいるんだから。
彼女たちが笑顔で暮らせるような……あ、いまはぴーぴー泣いてるけど……そんな世界がやってくるのなら、どんな壁だって乗り越えられると思うから。
俺は優しく彼女たちを抱き寄せた。
そっと撫でるように、けれどもう離さないというように。




