第33-1話 謝られたんだが?
目が覚める。心地よい寝起きだ。
体を動かそうとすると鈍痛が走った。無理に動かさないほうが良さそうだ。
しょうがないので首を横に倒し、視界に入ったものを確認していく。
黒い丸イス、その奥にひとりがけのソファ。壁際にはツヤのあるテーブルとおもちゃのようなイスがあり、その上に絶賛ぱんつ着用中の後ろ姿があって――?
「……なんでイスに乗ってぱんつ履いてるんだ?」
「お、目が覚めたようだな」
見返り微笑んだのはクレブだった。……相変わらずの露出狂め、人が寝てるそばでなに脱いでんだ。
ほっ、とイスを降りたクレブは近場にあった白衣を羽織り、丸イスに腰かけた。
「なんで脱いでたんだよ」
「下の毛の処理をしていたのだよ。詳しく聞きたいか?」
聞いてみたい気もしなくはないな、うん。
クレブは……そうだな、スキルが雷系統だし、もしかすると下の毛はチリチリになっていたりするの「いま邪なことを考えてないか」「いいえ決してそんなことは全く」
見透かされたので話を逸らす。
「エレルーナさんは一緒じゃないのか。珍しいな」
「下ネタの次は他人のことか。少しは丸二日も眠っていた自分の身を案じたらどうだ」
「そんなに寝てたのか。どうりで目覚めがいい訳だ」
そうか。二日か。二日も眠ってたのか――って!
「二日だと⁉ あれから二日経ってんのか⁉」
がばりと起き上がった俺を見てクレブはうむ、と頷く。一瞬遅れて鈍痛がきた。痛ぇ。
しかし……これはまずいことになった。
「おい、服を脱いでどうするつもりだ。まさかワタシのぱんつを見て欲情したってんじゃないだろうな」
「冗談言ってる場合じゃねぇよ。もうすぐ懲罰が決まる期限なんだ。ゲンゴクとの約束を守らなくちゃアモネたちが」
寝ぼけた頭でかんたんな計算をする。
モンスターとの対立を煽る工作に丸二日。そこから更に丸二日。
懲罰を決定するまでの期限は五日間だから……あと一日で目的を果たさなくてはならない。
そもそもアモネとシャーロットは無事なのか? あの後ディオスはどうなった? 壊れたギルドは? 死傷者はどのくらい出た?
頭が動きだすと、蓋をしていたように抑えられていた疑問が次から次へと湧いてでてくる。
途端に肌で感じる現実感。
俺は一刻も早くアモネたちの所へ行かなければならないと思い、ベッドを抜け出そうとした。
「待つんだ」
そんな俺の手をがしりと掴むクレブ。彼女の前髪から火花がバチバチと散っている。
「離してくれ。待ってる暇なんかない」
振り払おうとするが思うように力が入らない。
「人の話を最後まで聞かんか」
「え」
ぼふんっ! と。俺はベッドに体を叩きつけられてしまう。なんつー力だ。
「キミの状況はゲンゴクから聞いたよ。シャーロットやスライムたちと一緒にいるところを告げ口されたんだとか」
「……ああ、このままだと懲罰委員会にかけられちまうんだよ」
「答えは出ているよ」
耳を疑った。クレブを見る。ジョークではなさそうだった。
「まだ期限ではないがな。見てみるか?」
◇
一体何を見ろと言うんだ?
そう思いながらもダルい体を引きずり、クレブに続いて螺旋階段を昇っていく。
やがて光が目に飛び込んできた。
眩しさを感じるとともに懐かしさを覚える。その光源が太陽だとわかったのは階段を昇りきった時だった。
「絶賛修復工事中だよ、臨時ギルドは」
たくさんの冒険者たちが修復工事に取り組んでいた。木材を運び、カナヅチを振り下ろし、図面と現物を交互に見……。俺とディオスによって破壊の限りを尽くされた場所には、すでにいくらかの骨組みが立っている。
眩しそうに手をかざすクレブへ聞いてみた。
「本部のほうも修繕は始まっているのか?」
「一応な。しかしあちらは損壊が激しすぎてもはや修復という段階ではないらしい。一刻も早くギルドを機能させるなら臨時のほうが早いだろうということで、こちらに多くの人員が割かれているのだろう」
そうだった、あっちは半球状の穴が空いてるもんな。
「で、クレブ? まさか工事中のギルドを見せたいってわけじゃないよな?」
返事が来るまでの数秒間、俺は頷かれたらどうしようかと困っていた。
なにせギルドの惨状は俺のせいと言えなくもない。……というか破壊した張本人だと言っても過言じゃない。意図的ではないにせよ、彼らに重労働を強いるような戦い方をしたのだから。
だからもし、頷かれたら俺は気まずいし申し訳なく思う。
さらにここから『懲罰が決定している』ことについてヒントを推測しなきゃならない。恥ずかしながら工事現場と懲罰の繋がりが俺には一切わからないのだ。
「見せたいのは冒険者達だよ」
バチッ、と青白い光がフラッシュした。拍手のような軽快な音が鳴り、修復工事に取りかかっていた冒険者たちの意識をいっきに集める。
少し面食らった。
なにせ彼らが俺たちを目にしたその瞬間、行っていた作業をおもむろに中断し、ゆっくりとこちらへ歩き始めたからだ。
俺の目の前にはあっという間に冒険者たちで埋め尽くされる。
クレブが俺の後ろへ下がった。
「……?」
目をきょろきょろさせていると。
「デリータ、すまなかった」
先頭にいた男が頭を下げた。
それに倣い、いくつもの頭が倒れていく。波のようだった。
さらに面食らったのは言うまでもない。
返事を忘れていたせいか、真っ先に謝罪を口にした男は顔を上げ、優しくも凛とした声音で続けた。
「……俺たちはギルドに寄せられた報告とディオスの言葉でお前を敵だと決めつけてただろ? 酷いことも言ったしやってきた。申し訳ないと思っている」
「いや……お前たちの反応はいたって普通のことじゃないか? 冒険者が人間世界の平和を希求することを第一目標に掲げている以上、俺のやったことは受け入れられなくて当然だ。でも……どういう心変わりなんだ?」
謝意を疑うつもりはないが……やはり気になるところだ。
ディオスの《支配剣》の影響があったとはいえ、あれだけ拒絶反応を示していた彼らが素直に謝罪をする……一体何があったんだ。
「クレブさんに聞いたんだよ。モンスターの体内構造が一部ヒトとよく似てるって」
――は? と思い、クレブを見た。
モンスターを人間に戻す『廻天計画』。詳細が世間に知られると大きな混乱を招くおそれがあるので情報は伏せられていたはず。
だし、俺も言わないよう口を滑らせないよう注意を払ってきた。
なのになんで言ってんだ⁉ ちくしょうクレブのやつ口笛吹いてやがるこの露出狂め!
ほかの女冒険者が口を開いた。
「確かに眉唾物だと思うわ。モンスターが元々は人だった、なんて言われても今でも信じられる自信はない。でもね、わたしたち気がついたの。ディオスは……少なくともディオスのやろうとしていることは間違っているんじゃないかって」
また別の男冒険者も続ける。
「アイツは気に入らない奴を容赦なく斬った。反論する奴を手にかけた。それに……俺たちが考えようとすればそれを阻止するように頭をぼうっとさせてくるんだ。何が起きてたのかは俺たちもわからなかったけど」
そんな彼らの後に続くように。
俺に頭を下げていた冒険者たちは、我先にと言わんばかりの勢いで次々と弁明を始める。
正直ごっちゃごちゃなので何を言っているかはわからないが……謝られていることだけはよくわかった。
「おい、デリータは一人だぞ。全員がいっぺんに喋るんじゃない」
クレブが言ってくれた。
全員が悪さして叱られたイヌのように口を噤んだが、間もなくして、
「よ、要するにだな……」
静寂を打ち破るように一歩踏み出したのは――あいつだ。俺とアモネのことをギルドに告げ口した男だ。
彼は気恥ずかしそうに、頬をぽりぽりかきながら言った。
「モンスターと一緒にいたってだけで、お前たちを責めるのは間違ってる……ってなったんだよ」
全員が示しを合わせたかのように頷く。
ある者は大仰に。またある者は今にも泣き出しそうな顔をして。
――引っかかる。
「ちょっと待てよ。ディオスのことと俺たちの行動は別物だぞ? ディオスの『支配』から逃れられたのは良いけど、それが俺たちを許す理由にはなんないだろ」
「助けてくれたからです」
間髪入れないで女冒険者が口にした。ディオスが繰り出す『瞳』の餌食になりそうになった彼女だった。
「あの時、ディオスさんの《スキル》に吸い込まれそうだった私を助けようとしてくれたのはデリータさんとクレブさんだけでした。実際私はクレブさんに救われ……デリータさん、あなたにも命を守ってもらいました」
彼女は俺を説得するように語気を強めていく。
「もしあなたが本当にモンスター側へ寝返っているとすれば、なぜ私たちを守る必要があったのでしょう? なぜ危険を冒してまで私に手を伸ばそうとしてくれたのでしょう? なぜ先頭に立って、暴走したディオスさんと戦ってくれたのでしょう? ……その答えはここにいる皆がわかっています。みんな同じ気持ちです」
空気がしん、として。
「本当にすまなかった!」
また波のような謝罪が俺を圧倒した。
背後からクレブが諭すように言う。
「わかったかデリータ? これが答えだよ。懲罰が公式に決定されるかは定かではないが、万が一にも処分が下るようなことがあれば……今度は彼らに守られる番だな」
静かに添えられた答え。
少し胸は弾んでいた。
彼らに謝ってもらったからではない。
もしかすると……俺がゲンゴクから任されている目標を達成できるかもしれないと思えたからだ。
完全にではないにしろ、『モンスター=絶対悪』という強すぎる思考を手放しかけている彼らに、
「……でも問題がすべて片付いたわけじゃない」
俺はたたみかけるように疑問を呈した。




