第32-1話 vs.ディオスなんだが? ①
「――ッ‼」
一気に間合いを詰めてくるディオス。
その手にはしかと剣が握られていた。
ただの一閃ならばどうとでもできる――そう思っていた矢先のこと。
ディオスの剣がまばゆい光を放ち始めた。
「デリータァァァ‼」
激情を爆発させた絶叫。共に接近する輝剣。
首を刎ねられる前に消してやる!
「デリータ、ダメだ避けろ‼」
「――は⁉」
クレブが声をあげた。目の前、ディオスは左下から切り上げるよう剣を引き抜いて。
ブォン‼ と。空気を切り裂くような振動が俺の頭上を通過する。ギリギリで避けた。
危ないどころの話じゃない。一秒でもしゃがむのが遅れていたら――そう思った直後。
背後で轟音が鳴った。山が崩れるような音がわずかに続き、パラパラと軽い音が聞こえる。
「切り刻んでやる! 血も肉も魂さえもォ‼」
後ろを見ようと思ったが中断。
すぐに視線を戻すと、ディオスの剣が目と鼻の先まで振り下ろされていた。
《消去》。距離を消した俺は、ディオスの後ろに回り込むように移動をする。
「なっ……!」
俺はそこで初めて轟音の正体を把握する。
なんと臨時ギルドの壁がボロボロに崩れていた。不可解にも、まるで殴って壊したような崩れかただと俺は思った。
よく見ると俺が立っていた場所も同じように陥没している。とてもじゃないが剣一本で、しかも直で触れずにつけられる傷ではないだろう。
「フーッ……フーッ……!」
ディオスが見返る。獣の瞳が俺を凄んだ。
理性の欠片もなくしたような男の姿を見、俺はふと思う。
奴をここまで暴れさせる怒りは、一体どこから来ているのだろう?
「デリータ、彼はキミとの戦いの中でスキルを進化させている! ――大丈夫だとは思うが注意しろ。一筋縄ではいかないかもしれないぞ」
ディオスを間に挟んでクレブが言った。
なるほど、スキルの進化か。それであんな崩れ方してたのか。
「口出しするなァァア‼」
その助言に怒りが沸騰したのか、ディオスは矛先をクレブたち冒険者集団に向けて――
あろうことか進化したばかりの《支配剣》を存分に振り回した。
空気を、いや壁すらも破壊するその剣筋が三〇余人を襲撃する。
「バカ野郎ディオス!」
俺は距離を《消去》し、クラブたちを守るように立った。
直面しているほうが対処しやすい。ディオスが振るう剣から数多の衝撃波が発生する。俺はそれを余すところなく無かったことへと変えてゆく。
「ァァァアアアアッッ‼」
加速していくディオスの剣筋。負けじと俺も消し続けていく。
そんな鍔迫り合いのような激突は一分ほど続いた。途中ディオスは間合いに飛び込んで切りかかって来たり、魔法を挟んだりとリズムに緩急をつけてきたが、なんとか完封に成功する。
……幸い冒険者の中に死傷者はいない。傷ついたのは設備と俺の服くらいか。
「はぁ……はぁ……」
「……、…………、」
ディオスと視線がぶつかった。互いに睨み、互いを牽制するわずかな時間。
その均衡を崩すディオスの一太刀。
渾身の一振りが生み出したのは衝撃波……ではなかった。
剣が空を切り裂いた瞬間、その軌道に切傷が刻まれる。
? と目を細めたその時――切傷がパックリと開いたのだ。
瞳のように広がったそれは黒がかかった紫色をしていた。まるで宇宙の片鱗のような神秘さを感じると共に、思わず息の詰まるような危機感も覚える。
俺は眉間にしわを寄せた。反対にディオスは――不敵な笑みに溺れて。
刹那。
『瞳』は突風を生み出した。ギルドにある何もかもを吸いこもうとする生物のように。
「まずいぞ吸いこまれる! 何かに掴まれ、掴まれーっ!」
冒険者の誰かがとっさに口にする。
呼応するように励まし合い、不安が、絶叫が、同時に勇気もが飛び交う。
俺も背中を押してくる風に《消去》を行う……が、突風はやまない。どころか少し押されているほど。時間が経つにつれてわずかではあるが確実な速度で『瞳』に吸い込まれている。
さらに風が強く吹きつける。足元がぐぐぐ、と前方へ引っ張られる。
「皆さん、もう少しだけ耐えてください! ここが踏ん張りどころです」
いつも静かなエレルーナまでそう言ってくれていた。
しかし、まずいな……このままじゃ全員『瞳』に飲み込まれる。ディオスはそれを成長させるべく剣を振り続けているし、ここは一か八か『瞳』の《消去》にかけてみるか……?
そう思った時、ふいに俺は異変に気が付いた。
クレブいなくないか?
だが思考は続かなかった。ついに体を持って行かれた女冒険者の絶叫が耳を叩く。
「きゃああああああああっ‼」
「くそ、届けっ!」
俺は横を通過した彼女へ必死に手を伸ばした。届かない。恐怖に浸食され、涙ぐむ顔が目にこびりつく。死にたくないと心から願っているのが見てわかった。
作戦を思いつく。成功するかはわからないが考える暇もない。
行くしかない――床を蹴ろうと思った時だった。
轟雷が瞬いた。
まばゆい光を放ちながら、その稲妻は突風を縫うように動く。その正体が《雷電之王》をまとうクレブであることはすぐにわかった。
クレブはいまにも『瞳』に飲まれそうな彼女を抱きかかえた。そのままエレルーナの背後へ連れていき、息つく間もなく最前線へ舞い戻る。
「……おい、そろそろワタシも我慢の限界だぞ」
バチバチと紫電が唸る。紫髪を逆立てたクレブは全身に雷を迸らせる。
だがディオスは止まらない。バカの一つ覚えのように剣を振り続けるのみだ。
風がいっそう強さを増す。俺はクレブへ声をかけた。
「俺に手伝えることはあるか⁉」
彼女は目で振り返り、
「ない。ここはワタシに任せろ。デリータ、後のことはキミに任せる」
「ちょ、お前何するつもりなんだ⁉」
答えはなかった。代わりにあったのは、
打ち放たれる激しい雷電。蓄積された鬱憤を発散するように、数多の紫電がクレブから放電されている。
空気が焼ける。焦げた臭いさえ感じる。細かい針で刺されるような痛みを肌に感じる。
クレブが放つ雷は、ことごとく『瞳』の中へ吸い込まれていった。
その影響か、俺たちを引きずり込もうとする突風はそよ風ていどまで静まってきた。
「先生がデリータさんのように見えます」
目を覆いたくなるほどの雷が飛散する中、エレルーナがそう言った。
「元々人助けをするために研究者になったそうですが、ここまで体を張ってまで、というのは私の知る限りではなかったことです。きっとデリータさんに感化されたのでしょう」
「……クレブは大丈夫なのか?」
「心配には及びません。ただあの『瞳』を抑え込んだ後はほぼ動けなくなるでしょう。《雷電之王》は雷や電気の性質を部分的に再現するスキル。エネルギー総量についても本物の落雷には遠く及びません。『後は任せる』とはつまり――」
風が弱まっていく。俺たちは自然に口を噤んだ。
『瞳』が段々と消滅を始めていた。それにつられるようにクレブが放つ光も弱々しくなっていく。
――ついに、風がやんだ。『瞳』の消滅と共に、クレブはそのまま後ろに倒れ込んだ。気絶してしまったらしい。
エレルーナがクレブを支えて告げる。
「……こういうことです。エネルギー切れになるので。申し訳ありませんがデリータさん、後はお任せしても大丈夫ですか」
返事する隙を与えないようにディオスが剣を振り上げた。クレブたちを襲うその剣を、
「……ああ、任せてくれ。コイツは俺が許さねぇ」
まるごと《消去》し、俺はディオスを殴り飛ばした。
「冒険者のみんなも連れてってくれるか? 正直ここが壊れないかも心配だしな」
「承知いたしました」
エレルーナが冒険者たちを引き連れて、場を後にする。
「逃がサねェ! テメェら全員皆殺シにすンだよォ!」
それを許さないディオスは魔法を乱射した。
が、無関係だ。俺がすべてを無に帰す。
「デリータ……デリータァァ‼」
「お前、どこまで腐れば気が済むんだよ」
横目でエレルーナたちが避難したのを確認する。もういいか。
クレブが救ってくれたピンチ。
彼女は俺を信頼してくれていた。だからこそこの場がある。
なら今度は……俺がその期待に応える番だ。
「冒険者としてのお前はまだマシだったよ。態度はヒドかったが実力はあったし、実際お前のおかげで消化できた依頼は数多くあると思う。だけど……今のお前は最低だ」
「うるセェ……うるせェよゴミ野郎が‼ テメェだけは、テメェだけは絶対に殺す‼」
拾った新しい剣を振るい、衝撃波を放つディオス。
俺はそれを目だけで消し飛ばす。奴が奥歯をさらに噛みしめた。
「いいぜ。全部ぶつけてこいよ。底なしの怒りも恨みも甘えも弱さも、一滴残さず消し去ってやる!」




