第27話 地獄が始まっていたんだが?
「ギルドマスターからの伝言です! 起きなさいデリータ、アモネ!」
翌日の朝、乱暴な伝言係によって叩き起こされた俺たちは妨害された睡眠を恋しく思いながらも、ゲンゴクの招集へ応じるべくギルドへ出かけていた。なんでも懲罰の量刑をするためにいくらか聞きたいことがあるのだとか。
その道すがら、にわかにアモネが発語した。
「デリータさん、わたしにできることがあればいつでも言ってくださいね」
いつもなら顔を覗き込んできそうなものだが――今日は違った。
アモネは後ろで指を絡み合わせ、ただまっすぐ前を見据えているだけ。
引き結ばれた唇に決意が宿るように、醸し出す雰囲気もまたどこか厳かに感じる。
「急にどうしたんだよ」
なるだけ軽い感じで返してみる。
するとアモネもかすかに口角をあげて、
「気付かれていないと思っているみたいですが、デリータさんが夜中に外出していることはわたし把握してますからね。デリータさんのことですからきっとわたしが考えているよりも遥かに難しいことをやろうとしていると思うんですけど……懲罰に関してはわたしも当事者なので! 力になれることがあったら遠慮なく言ってくださいね!」
……なんと。バレていたか。
睡眠を邪魔していたのなら申し訳がない、そして何も言わずに動いてごめん――言わなくちゃならない言葉がいくつも浮かんでくるが、そのどれもを口にすることはできなかった。
俺がやることをアモネが知れば、計画は破綻に追い込まれることだろう。俺と共に地獄への道を進むことを決めたアモネだからこそ、きっとそうするはずだ。
知られないように。悟られないように。口を滑らせないように。
「……ああ。ありがとうアモネ。でも隠している訳じゃないから安心してくれ。それにアモネには大仕事を任せる時が近く来ると思うから」
「お、大仕事ですか⁉ い、一応先に教えておいてもらえると心構えができるんですけど……」
真剣な表情が一転。一気に及び腰になったアモネを見るとなんだか笑えてくる。
このまま暗いムードなど笑い飛ばしてしまおう。
「アモネなら大丈夫だろ。きっとうまくやれるだろうし――」
思った矢先。
どさっ、と。
なにか重たそうなものが俺たちの前に落ちてきた。
「……このカバンって!」
アモネが口にするのとほぼ同時、ひやりとする背筋。
見覚えのあるカバンだった。
やたらポケットが多い、機能性に優れた大きなカバン。キャリーのものだ。
どうしようもなく嫌な予感がした俺はカバンが飛んできた左方へ首を振る。
建物に挟まれた裏路地。昼間にもかかわらず、陽の光がうっすらとしか射し込まない暗闇の奥にかすかに動く影があったような気がする。
……行かない、という選択肢は毛頭なかった。
アモネと顔を合わせた後、息をひそめながら静かに裏路地を進んでいく。
前方から音が反響してくる。
――、いや、ただの音ではない。男の下品な笑い声だ。
「危ないかもしれない」
俺たちは足早に路地を駆けていく。一つ二つと角を曲がり、声の発生源まで着実に近づいて行く。はやる気持ちを抱えながら。どうか思い違いであってくれと祈りながら。
もう一つ角を曲がった時だった。とうとう俺たちは発見する。
三人の男達にリンチされている、ある姉妹を。
「おいおい脱ぐのか脱がねぇのかハッキリしろよぉ~!」
暴漢の一人がキャリーの服に手をかけた。
妹に覆いかぶさるような体勢の彼女は懸命に抵抗するも、虚しく。
びりっ、と。布地が引き裂かれるような音が軽快に響いた。
キャリーは顔を歪めるも、しかし妹から離れようとはしなかった。
「ぎゃはははは! コイツ一生懸命妹守ってるぜ⁉ 姉妹愛か、いいねー泣けるねぇ!」
それを見て、更にたかぶる暴漢たち。
俺は大きく吸い込んだ息を吐き出すことも忘れていた。
全身の血が沸騰するような錯覚に溺れる。
『とことんバカなヤツだ! お前の地獄はここから始まんぞ!』
――これは偶然か? たまたまキャリーたちがこんな目に遭っているだけなのか?
奴の捨て台詞が頭の中を駆け回る。まさかアイツが……?
「どうせなら二人まとめてやっちまおうぜェ、口は四つあるんだしよォ」
ついに暴漢たちがベルトに手をかけた。
そこでハッとした俺は巡る思考を放棄して、
「キャリー!」
全速力で暴漢たちへ接近する。
「あん? おいおい、ここはガキの遊び場じゃねーぞ? ケガしないうちに帰んな!」
「ご……ご主、じん……」
アザだらけの顔をしたキャリーが俺を呼ぶ。路地を吹き抜ける風にかき消されそうなか弱い、痛々しい声に胸が痛くなる。
いっそう、力が入ってしまう。
距離、《消去》。
「なんだテメェら仲間なのか! それはそれで興奮するなぁ! 目の前で仲間が失神するまで犯される……いいじゃねーか、そそるじゃね――ふがっ⁉」
まるで魔法のように一瞬で彼我の距離をつめた俺の拳が暴漢の一人を殴り飛ばした。
触れたついでに意識も消しておく。地に叩きつけられた彼が再び起き上がることはない。
それを見て激昂したのは残り二人。
「やりやがったなクソガキが!」
懲りずに襲い掛かってくる暴漢たちだが、もう俺は遠慮をするつもりはなかった。
どういう事情であれ、キャリーたちを無意味に傷つけた罪は重い。
「《消去》」
たった一言、言い放つ。
その瞬間、男たちは急に苦しみ始めた。まるで毒入りスープを飲み干したように自らの首を絞め、膝から崩れおち、何かを希求するようにこちらへ手を伸ばしてくる。目を見開き、口をパクパクさせながらじたばたと動き回っていた。
そう、俺が消したのは奴らの周囲にある酸素。簡単に言えば息ができなくなるってことだ。
やがて男たちは失神し、その場に倒れ込んだ。
酸素を《消去》した事実を《消去》し、俺はキャリーたちへ駆け寄る。既にアモネが介抱をしてくれていた。
「……話せそうか?」
アモネがキャリーを腕に抱えながら顔だけを向けて、
「意識がありませんし、ひどいケガです……デリータさん、医務室へ急ぎましょう!」
俺は頷き、上着をキャリーの体にかけた。
妹のほうは……うん、そこまで深い傷でもなさそうだな。これもキャリーの勇敢な……いや、姉としての美しい矜持の結果だろう。
そんなことを思いながら、キャリーの妹を抱きかかえようとしたその時だった。
「逃がすワケねぇーだろうがゴミクズどもが。矮小な脳ミソでもちったぁ考えてみろってんだよ」
裏路地の暗闇より現れたその男は、俺のよく知った顔だった。
「ディオス……!」
その後ろにはぞろぞろと冒険者たちが続く。ざっと六、七人くらいはいる。
たいそう愉快そうに表情を歪めたディオスは世間話でもするように、
「目の前で仲間を傷付けられるのはどんな気持ちだデリータ? 胸の奥底が震えてくるか?」
……やはりか。
キャリーたちが襲われていたのは偶然の出来事なんかじゃない。
彼女たちをどう誘いだしたのかは知らないが、俺に当てつけるためにディオスが仕組んだことなのだ。
心底腹が立った。手のひらに爪が食い込んでいた。
無関係な人間でも目的の為なら傷付けることを厭わない――他者の魂に泥をかけるような精神の在り方に、俺は嫌悪感を隠し切れず、
「てんめぇクソ野郎が……っ」
ずんずんとディオスに向かって歩き始めていた。
だが奴は高みの見物でもするようなゆとりで、
「そんなに怖い顔してどうしたんだ? 俺は昨日忠告したはずだぜ? 『お前の地獄はここから始まる』ってな」
「これ以上俺の仲間に手を出すってんならディオス、お前を――!」
「おいおい、こんなとこでくっちゃべってても良いのか? お前の大事な仲間とやらはそこに転がってる女だけなのかァ?」
心臓を握られたような気がした。思わず足を止めてしまう。
その意味は勝ち誇ったようなディオスの顔など見なくともわかる。
俺に地獄を見せるためだけにキャリーに手を出させたような男だ、コイツは。
ならば、彼女の――ギルドの医務室で治療しているシャーロットの元へ誰かを向かわせていても何らおかしくはない。
脳天からつま先までが冷え切るような感覚を覚えたその瞬間、
「デリータさん、先に行ってください!」
悟ったのだろう、アモネが背後で口にする。
「……! でもアモネ、この人数を相手にするのはさすがに無理があるだろ!」
アモネは笑った。儚さが滲んだ笑みだった。
「大仕事……思ったより早く来ちゃいましたけど、わたしなら平気です。デリータさんがわたしを信じてくれているように、わたしもデリータさんを信じます。だからシャーロットちゃんのとこへ急いであげてください。早く!」
もう、行くしかない。
これ以上誰一人としてキャリーのような被害者を出したくない。
そう、信じるんだ。アモネを。アモネの力を。
「……わるい、ここは任せた!」
キャリーたちの救援を呼ぶことを伝え、俺は裏路地を飛び出した。その際背後では、
「俺から逃げられると思ってんのかァ⁉」
ディオスの炎魔法が炸裂していたが、アモネの《反射》が見事に完封する。
「デリータさん、シャーロットちゃんをお願いしますね!」
約束する、と返事をして俺はギルドへと突っ走る。




