閑話1-2 ようやくの休息なんだが? ②
はぁ? この人いきなり何言ってんだ?
……というのが俺の感想だが口には出さない。言葉にしたらウィズレットさんの腰近くでぷるぷると震えている左拳がぶっ飛んできそうだから。
「えっと……ウィズレットさん? もしかして酔っぱらってらっしゃいます?」
「私お酒飲めないのよ! いいから私の言う通りにして!」
ぐいぐいと袖が引っ張られる。頼むから振り上げている左手を下ろしてほしい。
俺は逃げるように立ち上がる。彼女もつられて腰を浮かせた。
「落ち着いてくださいって! ね? 何か事情があるなら聞きますから」
ウィズレットさんは俺の袖から静かに手を放す。
そして目線を逸らし、小さく口を尖らせながら辟易したように呟いた。
「……ストーカーされてるの」
「ストーカー?」
「そう、ここ1,2週間の話だけど。で、今もいる。ちょうどデリータくんから見て北北東あたり……だと思うわ。白のフォーマルスーツを着た男の人。見えるでしょ?」
鋭い視線に催促されるように北北東を見る。
……が今は夜。当然見えるのは、歩道脇にぶら下がる松明にほのかに照らされるローヴェニカの街並みくらいだ。
俺は頭をかきながら、
「……えっと、いませんけど……」
「ちょっとデリータくん、ちゃんと見てる⁉ ふざけてるなら怒るわよ‼」
ぐいっと体ごと顔を近づけてくるウィズレットさん。
吊り上がった眉に固く引き結ばれた唇。どうやら冗談で言っているようでもなさそうだ。
とはいえ……人の姿なんて見えないしなぁ。
「もううんざりしてるのよ。朝出勤する時には必ず私のこと待ってるし、退勤時なんかは毎日薔薇の花束持って待ち伏せしてるし。こないだなんか細長い棒に球が二つついた粘土細工が送られてきたんだからね⁉ 先っちょにはホワイトチョコソースが垂れてたし! アレは何だったの⁉」
うん、多分男性器だろうな。そしてストーカーの思考が全然理解できん。なぜそんなものを送ったんだ。
と内心で茶々を入れていると、ふいに通行人の耳目を集めていることに気が付く。ウィズレットさんが声を張り上げたので集まってきてしまったのだろう。
「……ちょっとウィズレットさん、ボリューム抑えてください。人の目集めちゃいますよ」
野次馬をチラりと確認するウィズレットさん。
自戒のつもりか、自らの口元を優しく手で抑えるような仕草を見せる。
通行人が雲散していくと、彼女は腕を組んで言った。
「とにかく。デリータくん、あなたの今夜の任務は私の恋人を演じきること! いいわね?」
「えー……せっかく依頼終えて休めると思ったのに」
そう言うと、ウィズレットさんは目を細めて口を歪めた。
「デリータくん、あなたまさか忘れてないわよね? 一体誰のおかげで低階級冒険者でいられるのかを」
うぐっ……痛いトコを突かれたぞ。
「あなたが断るって言うならそれでもいいのよ? ただ私はギルドマスターにあなたの昇格を進言するだけだか」
「あーもうわかったわかった! やればいいんだろやれば!」
権力には屈する他ないのだ。ああ、世知辛い……。
俺は満足そうに「そうそう、それでいいのよ」と首肯している彼女へ、
「……はぁ、で演じるって具体的に何すればいいんですか。自慢じゃないですけど、俺ウィズレットさんのことそんなに知りませんよ?」
するとウィズレットさんは急によそよそしくなる。
「そ、それは……ほら……ハグとか……抱き合ったりとか……頭ぽんぽんとか……――いま笑ったわね。死ぬ覚悟ができたってことかしら」
「感情の振れ幅が凄まじい! ……あー、うん、よし」
ハグと抱き合うは同じ意味だけどな――と思ったが口にしない。したら殺される。
その代わりに、俺はウィズレットさんを抱き寄せた。
柔らかくも女の子らしい質感を全身で感じる。
首筋に残る石鹼の香りが鼻腔をくすぐる。
胸のあたりに感じるのは豊満な彼女のモノ。凄まじい弾力を痛感せざるを得ない。
背中に手を回すと、びくりとするウィズレットさん。
構わず抱きしめた俺は、空いた右手で湿り気のある髪を味わうように撫でた。
手のひらが濡れても気にしない。それを三回、四回と繰り返す。
「……こ、こんな感じでどうです?」
「も、もっと……」
胸の中、上目遣いで言ってくるウィズレットさん。
……こんな可愛らしい姿を見せられては断れない。……断ろうとも思わない。
もう一度優しく抱きしめると、今度はウィズレットさんの方も手を回してきた。
これ以上密着できない二つの体が、さらに距離を縮めようとして――
「え、ちょっとウィズレットさん大丈夫ですか? 顔すごく赤いですけど」
「!」
なぜか突き飛ばされるように押される俺。くっついていた体があっけなく離れる。
ウィズレットさんは灼熱の太陽のように顔を火照らせて、
「こ、これはお風呂から出たばかりだからよ! それじゃあ、こ、恋人のデリータくん……ストーカーのことは任せたからっ!」
言うだけ言って、宿泊施設の中へそそくさと戻って行ってしまう。
「自分でどうにかできる力あるだろうに……」
間もなく見えなくなりそうな彼女の背中を見て、俺は一人呟いた。
……にしても。
任せたと言われても困るというのが正直な感想だ。
俺はもう一度ガーデンベンチにどかっと腰を下ろし、夜空を仰ぐ。
だって見えない相手をどうにかしてくれって言われてもなぁ……。
でもこのまま帰ってもウィズレットさんに何されるかわからないし――と答えを出しあぐねていると。
コツコツ……と近づいてくる足音が聞こえてきた。
どうせ通行人にすぎない。目をやるまでもないか……と思っていたのだが、その足音はちょうど俺の真正面あたりで鳴りやむ。
まさか本当にストーカーが? と俺は半信半疑で視線を夜空から戻した。
目の前に、男が立っていた。
夜には目立ちすぎる、純白のフォーマルスーツを着用した男が。
オールバックにした黒髪の下には優しく理解を示すような黒い瞳。
口元はやや強めに結ばれているが……。
「……、」
「…………、」
男と見つめ合う。え、何この時間。謎過ぎるんだが。
よく見ると片手には薔薇の花束。磨かれた革靴は松明に反射し光沢を見せつける。
男は俺と目が合ってから一歩たりとも動こうとしない。
し、これからもそうするつもりはなさそうに見えた。
思わず口を開いてしまったのは俺だった。
「あの、俺に何か用ですか」
男は爽やかに微笑んで首を縦に振る。そして言う。
「ええ。あなたは……ウィズレットさんとどのようなご関係なんでしょう?」
ドストレート。俺は嫌いじゃないけどな、この実直な感じ。
こいつがストーカー……そうか、ストーカーかぁ……。本当にそうなのか?
そんなふうには見えないんだが……その前に答えなきゃな。
「そうだな、俺は――」




