第22話 長い一日が終わったんだが?
「あーやっと帰ってきた! もーデリータさん、遅いですよ」
クレブとの話を終えて研究所へ戻ると、アモネが駆け寄ってきた。
長い金髪を逆立てながら……というほどではないが、頬は可愛らしく膨らんでいる。
「悪い悪い、ちょっと話し込んじまっ「デリータおそい!」――⁉」
と思いきやシャーロットが俺の腹めがけて飛んできた。
みぞおちに入らないだけ良かった。いや尻もちも十分痛いけど。
「ごめんってシャーロット。この通りだ」
馬乗りになってくる少女の白髪を撫でる。
……でもそうか。この子は元々スライムだが、その前は人間。つまり本当にこういう顔立ちをした女の子だった訳か。そう考えると妙に緊張してくるというか……顔、近。
尻もちをついた俺の頭上からクレブの声が聞こえた。
「アモネ、覚えておくといい。深~い仲になるにはこのくらいの時間はかかるのだよ」
は? なんだその含みのある言い方は――! と言おうとするが遅かった。
「⁉ デ、デリータさん……大事な話があるって言ってたのに何してたんですか⁉ まままままさか、まさかクレブさんと……っ⁉」
「んな訳あるかっ‼ そしてシャーロット、お前も不服そうな顔をする――な」
深い仲、なんて言葉を聞いたからだと思う。
意味するところは恐らく男女のあれそれで、それはちょうど今の俺とシャーロットのような体勢の時もあるだろう。
ごくり、と変なツバを飲んでしまう。
もしシャーロットとそんな雰囲気になったら……この距離で照れる顔を見たり、えっちな声が聞けてしまうのか……?
その時、俺の股間に全身を脱力させるような刺激が走った。
「? デリータ、ここなんか硬……?」
「だぁーっ何でもない何でもない!」
シャーロットから脱兎のごとく身を離す。あのままだったら確実に大変なことになっていた。主に俺の理性が!
己の欲求に打ち勝った俺は、アモネたちの後ろにいるエレルーナを見つける。
整えられていたはずの黒髪はぼさぼさになっており、小さな丸眼鏡も壊れたように傾いていた。
「や、やっと戻られたのですね、デリータさん……」
「エ、エレルーナさん……迷惑をかけたようですまなかった……」
疲労の滲む声。恐らく原因は……と床にぺたんと座る少女へ視線を落とす。
逃げ回るシャーロットを追うのは大変だったろう。ほんとごめん、エレルーナさん。
が、そんな助手にも情け容赦ない言葉をかけるのがイロートデス・クレブという研究者らしい。彼女は肩を竦めて嘲笑気味に口にした。
「やれやれ、情けないなエレルーナ。お前は日々ワタシの面倒を見ているだろう。年頃の女の子一人にここまで疲弊しているようじゃワタシの助手も務まるかどうか心配になる」
「では先生、私は退職願を準備してきますので」
階上へ足を進めるエレルーナ。彼女の白衣のすそをがっちり掴んで放さないクレブ。
「逃がさないぞ、お前はワタシと一生ここで研究に明け暮れるのだからなぁ!」
「先生の寿命のほうが短いので一生ではありません」
「ぬぬぬ……いい、お前が死ぬまでに不老不死の薬を開発してやるから覚悟しておけ」
「どんだけ私といたいんですか先生」
そんなやりとりを目にしていると、なんとなく俺も楽しくなってくる。
……確かにこの世界にはわからないことが多い。というか多すぎる。
いつかは向き合わなければいけない時が来る……のだろう。
時が来れば、どうしようもなく残酷な真実を知らなければいけなくなるのだろう。
でも、きっと。
俺のやることは多分変わらない。
大事にしてくれる人を大事にする。守りたい人を守る。
日常にある小さな幸福を、失わないためにも。奪われないためにも。
きっとそれこそが、俺がここにいる意味なんだ。
俺はシャーロットに手を貸して、あーだこーだと言い合っているクレブたちへ声をかけた。
「それじゃクレブ、エレルーナさん。俺たちはそろそろ出るよ。ほんの数時間だったけど、結構楽しかったぜ」
さすがにクレブたちも姿勢を正す。
「ワタシも久しぶりに愉快な一日になったよ。実験助手の方も助かった、感謝する」
「こちらもお忘れなく」
エレルーナがアモネに大きな袋を渡した。がちゃがちゃと音を立てる袋の中を覗いたアモネは目口を大きく開いて、
「わわ、デリータさん。報酬って確か30万ゲルでしたよね? これどう見てもそれ以上あるような……?」
「ボーナスだよ。額は二倍にしてある。シャーロットのパーティー加入も祝して、今日くらいは豪勢に散財するといいさ」
豪勢に……散財!
その甘美な響きにつられたのか、腹の虫が気持ちよく鳴いた。
「デリータさん! ちょっといい宿に泊まりましょう! 美味しいご飯食べましょう!」
「シャーロットもそれでいいか?」
「デリータがいいなら」
どっとやってくる疲れもあるが……せっかくシャーロットが加わったんだ。今日は美味いご飯をたらふく食べて、ちょっと良い宿で心行くまで休むとしようか。
「おう。んじゃ依頼完了の報告は明日にして、今日はもう休もうか」
俺たちはクレブとエレルーナ、それから21体のスライムたちに見送られて、廻天計画研究所を後にした。
夕暮れに染まっていた空はすっかり夜の顔を見せている。
ようやく……ようやく長い一日が終わった。
ほっと一息をつく俺だが……女性陣は疲れなど知らないらしい。
アモネはスキップでもしそうな足取りだし、シャーロットもまだまだ遊び足りない様子でアモネの後を追いかける。
「デリータさん、宿探しですよ宿探し! わたしお泊り初めてなんです! 楽しみだなぁ……!」
期待に満ちた顔してんなぁ……はぁ。
「じゃあ早いとこローヴェニカ戻って、ちょっとでもいい宿見つけないとな」
「はい! では張り切って出発しましょう! おー!」
「おー!」
空に浮かぶ月へ拳をかかげる少女たちを、俺は足早に追いかける。




