第20-2話 別れの時が来たんだが?
怪しげな液体の入った注射を構えるクレブ。
彼女の後ろでは大量の注射器を抱えたエレルーナが。
「それでは投薬を始めるぞ。デリータ、準備はいいか」
「いつでもいける」
ヒト化までの流れは俺やアモネがやってきたものと変わらない。
モンスターに投薬し、ヒト化できるかを待つだけ。
異なるのは、狂暴化や巨大化した際は俺の《消去》で薬の効果を消すことだ。
「では……一匹目」
クレブは一匹のスライムを抱きあげた。
ピストンを一度引き、人間でいうところの後頭部あたりに針を刺す。
投薬が開始された。
段々と減っていく緑色の液体。クレブは真剣な顔つきで注入していく。
なんだか俺も緊張してきたぞ。さっきから肩に入った力がうまいこと抜けない。
巨大化したら消去。狂暴化したら消去。とにもかくにも消去……!
呪文のように心の中でそう唱えていると。
ぼふっ!
重苦しい破裂音と共に白煙が舞い上がった。
万一に備えて構える。
やがて白煙が散っていき、その中に現れたのは――
「のわっ……! あ、あれ……おれニンゲンになってる⁉」
10歳くらいの元気な少年だった。
シャーロットと身長は同じくらいだろうか。例によって素っ裸ではある。
少年はグーパーをしてみたり、自分の顔を物珍しそうに触ったりしていた。
クレブが穏やかに、けれども歓喜をうかがわせるように微笑んで言う。
「成功だな。やはりワタシの読みは間違っていなかったらしい」
「デリータさんの成功例があってこその読み、ですけどね」
「エレルーナお前は余計なことを言わんでいい!」
仲良しだな、あの二人。
そんなことを思いつつ、俺はほっと胸を撫でおろした。
初手で成功できたのだ。きっと残りの20匹もうまくいくだろう。
それからクレブは手際よくスライムたちへ投薬を行っていった。
数分後。
「すごい……私もニンゲンだ!」
「ニンゲン、ニンゲン!」
「背が伸びてる! あんなに遠くまで見えるよ⁉」
廻天計画研究所の前には、全裸の少年少女が21人もいた。
ヒトの姿になれたスライムたちは色めき立っているようだった。各々が好きなように話し、動き、はしゃいでいる。
「す、すげぇ……本当の子だくさんになっちまった……!」
「デリータさんどこ見てるんですかダメですよ女の子の素肌見るなんて!」
アモネがまたもや俺の視界を奪おうとしてくる。避ける。
「素肌は仕方ないだろ素肌は! ……にしても、みんなそれぞれの顔や姿があるんだな」
全体を見回して思う。アモネも同じことを思っていたようで、
「そうですね。正直モンスターですからみんな同じ姿かたちになるのかなって思ってましたけど……スライムさんたちにも個性があるみたいで良かったです」
これが一番の驚きだった。
俺もアモネとまったく同じように考えていたので、まさかそれぞれ特有の姿かたちがあるとは思いもしなかったのだ。
それにしてもクレブはすごいことを成し遂げたのではないだろうか。
モンスターをヒト化させる薬を調合し、こうしてたくさんのスライムたちを笑顔にしている。
しかもモンスターの時は同じ姿でも、ヒトになった時には各々に個性を持たせているのだ。こうして外から見ていると、彼らが元々モンスターだったとは到底思えな
……、……?
嫌な閃きが脳裏をよぎる。
よぎっては消え、泡のように浮かんではまた弾けていく。
……そんなはずはない、と思う。普通ならあり得ない。
でも、でも。じゃあ俺がアカオニに見たのは……? 今見ているのは……?
「21体、ひとまず全員成功だ」
思考はクレブの一言でストップした。
場が歓喜の渦に飲み込まれた。成功を祝し、まるで人生最大の幸福を享受しているような光景が広がっているようにさえ思えてくる。
まぁ……これはこれで良いのだろう。
ただ、この迷いは、閃きは、多分放置しておける類のものじゃない。
近いうちにウィズレットさんにでも聞いてみるか。
「よし、じゃあ俺たちはそろそろ行くよ。日も暮れかけてるし――ん?」
シャーロットが、袖をぎゅっと掴んで上目遣いをしてくる。
「デリータ、ボクも行く。デリータについていく」
置いて行かないで、と顔に書いてあった。元々そんなつもりはないんだけどな。
「なんだシャーロット。お前はここに残るつもりだったのか?」
「! ……デリータ、ボクの仲間たち助けてくれた。ボク嬉しかった。温かかった。……だから今度はボクの番。ボクが誰かを助ける番」
「そうか。じゃあ改めてよろしくな」
「もう行くのですか、デリータさん」
スライムたちを念入りに検査しているクレブを差し置いて、エレルーナがこっちに来た。
「この度は先生の研究をお手伝いいただき、本当にありがとうございました。おふたりのおかげでまた研究が前へ進みます」
「いや良いんだ。もしここに来なければ今日は野宿になってただろうし……」
その時、クレブの検査待ちだった元スライムたちがぱたぱたと駆け寄ってくる。
いつの間にかみんな同じ白衣に身を包んでいた。
「えーおれもデリータについて行きたいよー!」
「わたしたちも連れてってよー!」
口々に言う少年少女たちだった。
こう言ってもらえるのは嬉しいが……さすがに21人を連れて行くのは無理があるだろう。
思っていると、ぼふっ! と彼らはスライムへ戻ってしまった。
一人が戻り、また一人が戻り……と連鎖していく。
それを見たクレブが俺の返事よりも先に厳然と告げた。
「お前たちはまだダメだ。ヒト化の効果が時限的な範囲でとどまっている。少なくともシャーロットのように完璧に発現するまでは研究所で経過観察だ。何より今後ワタシの下で馬車馬のごとく――」
「何を言ってるんですか先生。大丈夫ですよスライムくんたち。経過観察が終われば晴れて自由の身ですからね」
エレルーナに続いて、俺も言った。
「それにお前たちには帰る場所があるだろう? そこで今度こそ守りたいものを守るんだよ。もう奪われないように、でも最大限奪わないように……今のお前たちならそれが可能だ。なに、自由になれたら廻天計画研究所を飛びだせばいいさ。それが生きるってことだろうしな」
納得してくれたのだろう。スライムたちは元の姿のままぽよんぽよんと跳ねて、
「また遊びに来てくれよデリータ!」
「今度は走る競争しようねー!」
「来なかったらアカオニに食べられちゃうからねー!」
ひとりめちゃくちゃ物騒なこと言ってるな。脅しとしては抜群だぞ。
……なんて言いながらも、俺たちは笑顔で廻天計画研究所を見送られた、
はずだった。
「……おい待てデリータ」
歩き出した俺たちの背中にクレブの鋭い声が刺さる。
「うん?」
クレブは白衣を脱ぎながら、たいそう不機嫌そうな表情で、
「キミは未来の助手たちをワタシから奪うつもりみたいだな。こちとらただでさえ人手不足だというのに、そんなワタシからせっかくできた新しい助手たちまでをも奪うというのか⁉」
「いやいや、スライムたちは助手じゃないし、クレブが勝手に言ってるだけだろ。他者の意思を尊重しなくても許されるのは赤子までだぞ」
彼女の後ろからエレルーナが賛成する。
「デリータさんのおっしゃる通りです先生。ですからどうか落ち着いて」
「ええい、うるさいうるさい! こうなったらデリータよ――助手をかけてワタシと勝負しろ! いいな⁉」
まるでオモチャを取り上げられた子どもみたいだ。
……普段の俺なら疲れてるしそんなもんやるかバカと一蹴していただろう。
だが今は違う。状況が違う。俺には知りたいことがあるからだ。
「……ああ、いいぜクレブ。受けてやる。ただし俺からの条件ものんでもらうぞ」
「望むところだ。ボッコボコのぎったんぎったんにしてやろう」




