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シュレディンガーのヤマダさん

 仮にヤマダさん、としておこう。


 近所のヤマダさんご夫婦はとても愛想が良い。

 通りがかりに顔が合えばいつもにっこりと満面の笑みとともに挨拶をして下さる。

 特に旦那さんのほう、押しも押されぬ「ザ・スマイル」とでも言えそうなとびっきりの笑顔が特徴的で、あった。


 以前長男が中学生の頃、卒業時にそのヤマダさん(だんなさんの方)が突然我が家を訪ねて来られた。

 何だと思えば「三年間、(我が家の長男が)うちの前を通る度にちゃんとあいさつをしてくれて……」

 とのことで、なんと高級和菓子を持ってきて下さった。

 後から帰ってきた長男に聞くと、意外にも

「え……そこまでしっかり挨拶してなかったと思うけど」

 というちょっとしょっぱい返答。ただ

「そう言えば、いつもヤマダさんってさ、表に出ているって印象だった」

 と。

 そして出会う度に、あの満面の『ヤマダスマイル』だった、と。


 なぜ急にヤマダさんの話が出たかというと。

 実は先日、車で出かけた時の話になる。

 むすめが突然叫んだ。

「今、ヤマダさん(だんな)とすれ違った!!」

 なぜ叫ぶ? と私が突っ込むと娘がこう答えた。

「ヤマダさん、いつもみたいに笑ってたんだよー!」

 こちらには気づいていなかったようだが、確かに、いつものヤマダスマイルだった、と。


 今まで、私が見かけたヤマダさん(特にだんな)も、たいがい笑っていた。

 目が合っているときでも、合っていない時でも。


 むすめは当然のごとく、こうつぶやいた。

「ヤマダさん、っていつも笑顔なんだろうか……」

 そこで思い出したのが、シュレディンガーの猫、という量子力学上の課題。

 たまたま少し前に、むすめと私とで同じ本を読んでいた。

 その中で主要なテーマとなっていたものが、この『シュレディンガーの猫』だった。

 かなりの誤解をまじえてぶっちゃけ一言で語るのならば、それは

『観測が終了するまで、ものごとの成り行きは単なる確率でしかない。観測者の存在が、元々確率論的にあやふやだったものごとの成り行きを決定づける』

 という内容だった。間違ってたらごめん。

 

 つまりヤマダさんは(観測者の存在を意識していないという条件下で)、笑っているかいないかという状況が、常に重複して存在している、という。

 そして観測した時に彼の笑顔が確定する、ということらしいのだが。


 ヤマダさんの場合は、観測者をヤマダさん自体が意識している可能性もかなり高いのであるが、それでもなぜか、私とむすめとの間に

『シュレディンガーのヤマダさん』

 という概念が、突如入り込んでしまったのであった。

 そして、「シュレディンガーのヤマダさん」とつぶやくたびにどうしても笑いの発作が起きてしまうまでに。


 後刻、シュレディンガーの猫についてかなり深く調べてみた私であった(うん、がんばれ文系)。

 しかし……

 まず二重スリット問題から取りかかり、その後コペンハーゲン解釈で悩み、その反論としてのシュレディンガーの猫問題で更にひっかかり、結局のところ何だかよく分からなくなってしまい……

 むすめにも問いかけてみるが、まず

「スリットって何?」そこからですか。

 ええとね、チャイナ服、って知ってる? そう問いかけてしまった私は既にもう、量子力学から何万光年も離れてしまっておりました。

 そうして、なぜか、あの笑顔爽やかなヤマダさんの姿にダブるのが死んでるのか生きてるのか分からない(なぜかミケ)とか、ヤマダさんのチャイナ服姿とかずらーっと並ぶチューリップと風車の光景とか。

 そして、シュレディンガーのヤマダさん、ということばだけが、ひとり歩きすることになった、我が家の今日この頃。

 すでにカオスです。


 しかし後日、むすめは冷静にこう、突っ込んだ。

「シュレディンガーのヤマダさん……名前がふたつ、って、クドくね?」


結局のところカオスですみません。

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