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不可逆性マトリョーシカ

 * * *


「群れをなすことが嫌いだ」


 と、唐突に中学二年の少女が言う。


 自分が大切にしている友だち、あちらも自分のことを大切におもってくれている友だちに対し、「死ね」とか「ばっかじゃない」と笑いながらつっかかってくる同級生がいる、と。

 その彼女について、同じように笑っている子たちがいる、と。


「アタシはそんな群れと闘うけどね、友だちがいじめられたら、やり返すさもちろん。

 群れていないと笑うこともできないヤツラ、サイテー」

 

 自分の友だちを損なおうとする輩は許せない。と言う娘に対し

「ひとりで戦ってるんだ?」

 と母が訊ねると、

「ううん、こっちは味方も多いし、」

 と軽く言う。


―― すでにそれは群れに対抗するための群れとなっているのでは?


 そう指摘する母に、


―― そんなことはとっくに解っているよ


 と、彼女は老獪な目で笑う。


 * * *


 汚れたシャツを洗う。

 娘はいつも、洗濯が終わる頃に汚れたワイシャツを出してくる。

「明日学校に着て行けるかなー」


―― 着ていけるわけないじゃん、ドアホ!


 怒りながらも母は、手荒に、それでも汗染みのところは丁寧に、流しで手洗いを始める。

 いつもはあまりしつこくしないお説教も、つい口からこぼれ出す。


「ったく。いつもいつも身支度が適当なんだから。夜更かしして風呂にもロクに入らないし、勝手な時にシャワー浴びてしっかり体洗わないし。第一、昨日着てた下着はどうしたのさ」

「ああ……すんません明日出します」

「信じられんわ!」

 襟をこする手つきが更に乱暴になる母。

「アタシがアンタの頃にはね、もっとちゃんと洗濯物は……」

 ふと思い返してみる。だが、

「……出してた、っけ?」

「なーんだ、覚えてないんだ」

 小バカにしたような娘の口調に母は襟汚れに集中しながらもやっきになって反論する。

「アホか。そんなに昔のこと覚えているわけないじゃん。でもさ、でもよ、今現在の私がこれはフケツだ、ユルセネエと思ったらそれは正義なの、常識なの、解った? はぁ?」


 母が顔を上げた時には、すでに娘の姿は消えていた。


 マトリョーシカの中から出てきた人形は、すでに外側よりも大きくなっている。

 

 ふと浮かんだ連想に、母はぎりりと奥歯を噛みしめ、更に黄ばんだシャツをこすり続けた。


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