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「やあ、レカン」
「お帰り、ニケ」
「レカーン。どうして先に帰っちゃったんだよ! えへへ、あんた、損したな」
「損?」
「うん! あたいたちは、領主様の館に呼ばれて一泊して、すんごいごちそうを食べさせてもらったんだぜ!」
「それはよかったな」
ニケがぎろりとレカンをにらんだ。
「言うことはそれだけかい、レカン」
「置き去りにして悪かった。とりあえず食事にしないか」
「そうだね。そうしようかね」
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「ニケ。問題が起きてる」
「へえ?」
「神殿がエダに出頭命令を出している」
「何だって?」
「十八日に、エダは冒険者協会に行って、コグルス行きの仕事を受けた。その帰り道、ギョームというろくでなしの治療をした」
「ギョームさんは、ろくでなしじゃないぜ。とっても優しい人なんだ」
「ギョームは複数の女性と浮気をしていて、それが妻にばれて刺された。刺された場所が悪かったのか、動き回ったのが悪かったのか、とにかく大量の血を流して動けなくなったところにエダが通りかかり、〈回復〉で治療した」
「なんてこった」
「死にかかった人間が元気に歩いていけるほどに回復したんだ。当然噂になる」
「いや。あたい、ギョームさんに、このことは秘密にしてくれって頼んだんだ。ギョームさんは、命に代えてもこの秘密は守ると誓ってくれたんだぜ」
「目撃者が複数いて、噂はすぐに広がった。ギョームは、神殿にエダを売った」
「えっ? まさか。だって、ギョームさんは……」
「神殿は、中級の〈回復〉に相当する魔法を、エダが準備詠唱もなく行使したことを知っている。ギョームは小銭をせしめたそうだ」
「神殿がどうしたっていうんだよう」
「カシス神官とかいうやつが、神殿兵を連れて、二十日以降毎日冒険者協会に来て、エダを出せ、帰ったらすぐ知らせろ、隠すと罰を与えると、脅しをかけている。エダの泊まっていた宿屋にも行ったそうだ」
少しの沈黙のあと、ニケが怖い顔でエダをにらんだ。
「エダちゃん」
「は、はい」
「あたしは言ったね。魔法のなかには、それが使えることを知られたら、たちまち地獄に落ちるようなものもある、今後許可してない魔法は、決して外で使ってはならないと」
「はい。……あれ? それ言ったの、ニケさんだったっすか?」
そういえば、その会話をしたのは、シーラの姿をしていたときだったような気がする。人の話を聞かないくせに、必要でないことは覚えてるやつだ、とレカンは思った。
「エダ。これが大変なことだと、わかっているのか? お前はシーラやニケとの約束を破って、勝手にギョームを治療した」
「う、うん。でも……」
「しかも何人もの人がみている前でだ」
「き、気づかなかったんだよ。周りに人がいるなんて」
「その結果、神殿がお前に出頭を命じている」
「ど、どうして神殿が」
「神殿は、優秀な〈回復〉持ちを欲しがっているからだ」
「あ、ああ。そりゃ、そうだよな」
「もし神殿に行けば、お前は、おだてられ、褒められ、〈回復〉で人を助けるように言われる」
「人助けができるのかい」
「そうだ。ただし治せるのは神殿が選んだ者だけだ。つまり神殿に金をたっぷり払った者だけだ。お前は閉じ込められ、勝手に外出することもできない」
「えっ」
「給料はたくさんもらえるだろう。奇麗な服も着させてもらえるだろう。うまい食事をたっぷり与えられるだろう」
「そ、そんな暮らしが?」
「ただし、神殿の命じた仕事以外はできない。神殿が選んだ男と結婚し、こどもを作ることになる」
「神殿があたいの人生を決めちまうのか?」
「もちろん、オレとも、ニケとも、もう二度と会えない」
「えっ?」
「それでかまわないのなら、神殿に行け。そのあとのことは、もう知らん」
「行けって言われても」
「どちらを選ぶかは、お前自身で決めなくてはならない。たとえお前が十四歳だとしてもだ。さあ、選べ。神殿に行くか。もう少しオレたちといるか」
エダは困った表情で黙り込んだ。
助けを求める顔つきでニケをみたが、ニケはレカン以上に厳しい表情をしている。
うつむいたまま、ずいぶん長いあいだ考え込んでいたが、やがて顔を上げてレカンに告げた。
「あたい、レカンと一緒にいたい。ニケさんやシーラさんと一緒にいたい」
「わかった。なら、オレが守ってやる」
レカンは、じっとエダの顔をみた。
幼い顔だ。
前は、冒険者になれる年だと思い込んでいたから、小柄だとか、男の子のようだなどと思っていたが、そうではなく、まだおとなの女にはなっていない年齢なのだ。
ルビアナフェル姫は、同じ十四歳でも、ずっとおとなびてみえた。だが、平民の十四歳は、同じではないのだろう。
どんな経験を、これまでしてきたのだろう。
〈あたいは、みそっかすじゃない。魔法使いなんだ!〉
〈そうしたら、あたいも、誰にもばかにされず、誰からもこづき回されず、生きてゆけるって〉
〈不公平なこと、不公正なことを、あんたはしない〉
みそっかすだと言われてきたのだ。
馬鹿にされ、こづき回されてきたのだ。
不公平だと感じるような体験をし、不公正な目に遭わされてきたのだ。
確かにエダは、判断力がないし、迷惑なことをする。
だがそれは、正しい判断を教える者がいなかったからであり、人に迷惑をかけたり、まちがった行いをしたときに、きちんとしかってやる者がいなかったからだ。
ならばこれからは、きちんとしかってやろう。
だがその前に、言うべき言葉がある。
「エダ。お前はやさしいな」
「え?」
「ギョームが気の毒だったんだろう?」
「う、うん」
「そのままでは死んでしまうと思ったんだろう?」
「うん」
「だから治した」
「そ、そうだよ」
「金はもらったのか?」
「い、いや。その代わり、このことは絶対秘密だって」
「そうか。お前はやさしい。それは、よいことだ」
「あ、ああ」
「ただし、ギョームは、そのやさしさにふさわしい男ではなかった」
「う、うん」
「ギョームは、お前と約束をしたその足で神殿に行き、お前を金で売った」
「…………」
「ギョームは、そういうやつだった。それをみぬけなかったお前が悪い」
「う、うん」
「今回のコグルス行きの仕事は、いい仕事だとお前は思ったんだな」
「うん。ごめんよ」
「この仕事を、ニケとオレのために取りたいと思ったんだな」
「そう。そうなんだ」
「ニケとオレが喜ぶと思ったんだな」
「うん!」
「だから、人に取られる前にと、仕事を引き受けてしまった」
「ごめん。悪かった」
「その気持ちを、オレはうれしく思う」
「……え?」
「ありがとう、エダ」
エダは、とまどったような表情でレカンをみつめている。
「ただ、やはり引き受けてしまう前に、ニケの判断を訊くべきだった。この仕事を受けていいかと、オレに訊くべきだった」
エダは、目に涙をうかべて、こくりとうなずいた。涙がほろりと落ちた。
「今までは、お前に教えてくれる人がいなかったんだな。何がいいことなのか。何が悪いことなのか。物事をどう受け止め、どう判断すればいいのかを」
エダは、ぼろぼろ涙をこぼしながら、じっとレカンの目をみつめている。
「オレが教えてやる」
エダの目は大きくみひらかれた。
「これからは、オレが教えてやる」
呆然とした表情で、エダはレカンをみつめている。
「オレは、今年いっぱい、シーラのもとで、薬の調合を学ぶ」
エダは、ごしごしと、右腕で涙をぬぐい、うん、とうなずいた。
「そのあいだ、お前はオレの弟子だ」
「弟子?」
「そうだ。魔法と、それから冒険者稼業の弟子だ」
エダは透き通るような目でレカンをみている。そのまなざしは、まっすぐだ。
「わからないことがあったら、オレに訊け。自分で抱え込むな」
ひどく力を入れて、エダはうなずいた。
「お前はまだこどもなんだ。おとなに頼っていいんだ」
「うん」
「来年になれば、お前は十五歳になる」
貴族は誕生日がはっきりしており、誕生日に年齢が変わる。
だが庶民には誕生日を記録したり祝ったりする習慣がなく、年が明けたとき年齢が変わるのである。
今が四の月の中旬であるから、来年になるまでには六か月以上の日にちがある。
「うん」
「来年、オレは自分がどうするか、まだ決めていない」
「うん」
「お前も、そのあとどうするかは、そのとき決めればいい」
「うん」
「あらためてどこかの神殿に行ってもいい」
「うん」
「今は決めるな。今は学べ」
「うん。レカン」
「何だ?」
「ごめんね。ありがとう。そして、よろしく」
「ああ」
エダは確かに、早まったことをする。
だがそこに悪意はない。
過ちの原因となっているのは、善意と素直さだ。
その純粋さゆえに〈浄化〉に適性があったのだとすれば、レカンの命を救ったのもまた、エダの純粋さだったということになる。
半年ぐらいはつきあってやろう、とレカンは考えたのだった。




