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「ほう。心当たりか。ないといえばないが、あるといえばあるな」
「あの。これは噂なんですけど」
「何か知っていることがあるなら、教えてくれ」
「あの日。エダさんが今回の依頼を受けた日のことなんですけど」
「うむ」
「エダさんが、ギョームさんという冒険者の傷を治した、という話を小耳に挟んだんです。これは推測ですけど、時間的にいって、エダさんがコグルス行きの依頼を受けた、そのすぐあとぐらいだと思います」
「ギョームというやつは、今町にいるか?」
「いえ。依頼で遠出しています。パーティーのお仲間も一緒に出てるので、詳しいことを聞く相手がいないんです。ギョームさんは結婚していて奥さんがいるはずですが、私もわざわざ自宅を訪ねることはしていません」
「どの程度の傷だったのか、どういうふうに治したのかは、誰か何か言っていなかったか」
「だいぶひどい傷だったということと、一瞬で治したということ。それに、たぶん中級以上の〈回復〉なのに、準備詠唱もなかったという話が出てました。ただ、ここでその話をしていた人たちは、いずれも伝聞のようで、直接その場面をみた人を私は知りません」
「なるほど」
「二十日、神殿のカシス三級神官が神殿兵を連れて当協会に来ました。エダさんが帰還したら、ただちに神殿に出頭するように伝えよ、隠せば罪に問うというのです。以来、毎日来ます」
「なぜ兵を連れている?」
「わかりませんが、抵抗しても強制的に連行できる態勢ですね」
「カシスとやらは、エダがどこに誰と行ったか知っているのか?」
「十九日に、ザイカーズ商店の馬車の護衛をして町を出たことが目撃されている、という情報は私が伝えました。同行者や期間について訊かれましたが、当協会が斡旋した案件ではないので、詳細については答えようがない、と回答してあります。ただしチェイニー商店からもレカンさんの行方について問い合わせがあり、お三人がコグルス行きの依頼を受けていることを答えました。お話しできることは以上です」
「わかった。情報提供に感謝する。また、協会の庇護に感謝する」
「では、孤児院の指名奉仕依頼の件、お受けいただけますか」
「……考えておこう」
「それと、あちらに」
振り向くと、入り口の近くにみおぼえのある男がいた。
チェイニーの使いとしてたびたびレカンを訪ねた男だ。ダンスという名だった。
ダンスはレカンと目線を合わせると、そのままドアを開けて外に出た。
「また来る」
レカンはそのあとを追った。
「お待ちしております」
背中にかけられたアイラの言葉は、聞かなかったことにした。
ダンスは二百歩ほど進んで右に曲がった。レカンも右に曲がった。
2
「ご無事のお帰りを、主人が喜んでおります」
「オレの帰着が、よくわかったな。それに、冒険者協会にいることが、なぜわかった」
「一昨日から、西門には店の者が張り付いておりました。先ほど店の者が西門に行ったところ、レカンさんが今朝帰ってこられたことがわかったのです。シーラ様の家には、別の者が向かいました」
「それは手間をかけさせたな。何の用事だ」
「エイフン、つまりマラーキスが死にました。領主館の牢獄のなかで殺されていたとのことです」
「ほう」
「あまり驚いておられませんね」
「いや。領主の部下の間抜け具合に、大いに驚いた」
「これはこれは。それから、ザイカーズ商店のヴォーカ支店長と、魔獣使いのビトーという男も牢獄にいましたが、同じく殺されたとのことです」
「領主の面目は、丸つぶれだな」
「まったくその通りです。三つの暗殺は、今月の十八日、つまりレカン様がたが町を離れる前日の夜に行われたとのことです」
突然レカンは、ザック・ザイカーズの言葉を思い出した。
〈エイフンという男が……死ななければならぬようになったのは〉
そして、ドボルの言葉を思い出した。
〈あなたのせいで、ヴォーカ支店長は死にました〉
〈八人もの、貴重な戦力が、あなたによって失われました〉
二人とも、知っていたのだ、エイフンと支店長が死んでいたことを。いや、殺したのだ、ドボルが。ドボルとギドーが。
肌に粟が立つのを感じた。
ドボルは、父親を処刑したのだ。実際に手を下したのはギドーのほうかもしれないが、同じことだ。ザックが言った〈後始末〉とは、このことだったのだ。
〈八人の戦力〉というのは、マラーキス、四人の襲撃者、ブフズ、ジバ、ビトーの八人だ。支店長は、たぶん〈戦力〉に入らない。
牢獄から連れ出すほうが殺すより難易度が高いし、右手を切り落とされ相当体力も弱っていたはずではあるが、しかし、それにしても自分の父親を殺すとは。
そこには、失敗に対する罰という意味もあったのかもしれない。だからこそドボルは、マラーキスを失敗させたレカンを憎んだのだ。
慄然とするレカンに向かって、ダンスは言葉を続けた。
「そして、十九日に、領主様の兵が、ミドスコ様の屋敷を捜索しました」
ミドスコというのは領主の妻の従兄弟で、この町の乗っ取りを画策していた騎士だ。領主とチェイニーは、騎士ミドスコという邪魔者を、何とか排除したいと考えていた。そしてそれに薬師シーラが何らかの力添えをしたはずなのだ。
「ミドスコ様の屋敷に、あってはならないものがあるのが発見されたとのことで、領主様はただちにミドスコ様を逮捕し、投獄しました。裁判が行われ、ほかの多くの証拠や証人を突き付けられ、謀反を企んでおられたことが明らかとなり、ミドスコ様は処刑されました。二十四日、つまり一昨日のことです」
「ほう、ついにやったか。ずいぶん早い処刑だったのだな」
「ぐずぐずしていれば、アーバンクレイン家からの横やりが入りますからね」
アーバンクレイン家というのは領主の奥方の実家だったはずである。どこの貴族なのか、どういう力を持っているのか、レカンは知らない。知ろうとも思わない。
「この件については、主人が直接レカン様にお話ししたいことがあるそうでございます。しかし、それは急を要する話ではございません。急を要する話は、別にございます」
「ほう。聞こう」
「ケレス神殿が、エダさんを神殿に迎えることを決めました。ケレス神の祝福を受けた可能性があるとのことです」
「その祝福というのは、何のことだ?」
「要するに、〈回復〉持ちだと判定されたのです」
「なぜそのように判定されたのか、チェイニー商店の情報網には引っかかっているか?」
「ギョームという冒険者がいます。複数の女との浮気がばれて妻に刺されました。冒険者協会に行って赤ポーションを借りようとしたらしいのですが、途中で力尽きて倒れました。そこにエダさんが通りかかって、あっというまに傷を治しました。十八日のことです」
「ろくでもない男だな」
「評判のよくない男ですが、女にはもてます。仲間三人と護衛依頼を受け、翌日には町を離れました。妻の怒りが冷めるころに帰ってくるだろうと、噂されています」
「エダが治療したということが神殿に知られたのは、なぜだ」
「ギョームが神殿に通報したんです。いくらか小銭をせしめたようです。それから、目撃者が何人かいました。大量の出血をして死にかかっていた人が、あっというまに治療され、何事もなかったように歩き去ったんですからね。たちまちこのことは、大きな噂になりました。翌日、神殿は調査を行い、事実関係を確認しました」
「それで」
「二十日に、神官が神殿兵を伴い、エダさんが常宿にしていた宿屋と、冒険者協会を訪問しました。以来毎日両方を訪ねています。エダさんが来たら神殿に出頭するよう伝えるように命令をしています。隠し立てをすると罰するぞ、と脅しまでかけています」
「なに? この町では、領主に断りなく、神殿が人を罰することができるのか?」
「この国では、神殿に対する罪は神殿が裁きます」
「そうか。シーラの家は荒らされていなかった。神官とやらは、シーラの所には来なかったのか?」
「それは私どもにはわかりません。ただ、レカン様の常宿には、神官が訪れてはいないようです」
「わかった。ほかには」
「今のところ、お伝えすることは、これだけです」
「これを伝えるために、わざわざ店員を門に張り付かせてくれたのか」
「事前情報なしにエダさんが町に戻った場合、面倒なことが起きる可能性もあります。それはレカン様にとっても、ニケ様にとっても、不本意なのではないかとわが主人は考えたのです」
「チェイニーに伝えてくれ。レカンが感謝していたと」
「確かに承りました」
「それと、こちらからも伝える情報がある」
「何でしょうか」
「十九日にヴォーカを出た馬車には、ザイカーズ商店ヴォーカ支店の支店長代理にごく最近就任したドボルという男が乗っていた。また、御者はギドーという男だ。この二人は暗殺技能の持ち主で、かなりの腕利きだった」
「だった?」
「馬車がコグルスに着いて護衛依頼が完了したあと、死んだ」
「……承知しました」
「ドボルはマラーキスの息子だ。まずまちがいない」
「えっ」
「オレはコグルスで、ザック・ザイカーズに会った」
「会われましたか」
「馬車は、ザックにとって価値のある何かを運んだそうだ。それから、この町にはまだザイカーズ商店とつながりのある店が残っていると、ザックは言った。一つではなく、いくつか」
「……そうでしたか」
「今のところはこんなところかな。神殿への対処はニケと相談する」
「それから、レカン様」
「なんだ?」
「主人が、シーラ様にお話があると申しております。シーラ様は、どこにおられるのでしょう」
「それは言えん」
「失礼しました。レカン様に余裕ができましたら、主人とお会いくださいませ。シーラ様にも、主人がお会いしたがっていたとお伝えください」
「わかった」
「では、失礼いたします」
「もう一つ」
「はい」
「オレとニケとエダが西門を通ったことを、守護隊は神殿に通報するだろうか」
「それはありません。領主の兵と神殿の兵の仲は、きわめて険悪です」




