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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第10話 ザイカーズ商店
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6


 コグルスは大きな町だった。広さでいえば、ヴォーカと同じぐらいか、少し大きいかもしれない。入り口の門はいかめしく、外壁は堅固だ。

 御者のギドーが何かを門番にみせたところ、税金もはらわず、馬車もレカンたちもなかに入ることができた。

 にぎわいがある。

 商店も多い。

 少し進んで、馬車が止まった。

「レカンさん。今、契約は完了しました。護衛任務は終わりです。ありがとうございました」

「ザイカーズ商店というのは、どこにある?」

「全部がそうですよ」

「全部?」

「この町にあるすべての店は、ザイカーズ商店です」

「ほう」

「本店は、ということなら、もう少し奥になります。報酬を支払いますので、ついてきてください」

「わかった」

 ギドーは馬車を出発させた。

 やがて裕福そうな家が建ち並ぶエリアに入り、馬車はさらに奥に進んだ。

 そして、とても何かを商っているとは思えない屋敷の前で止まった。

 平民の家の造りではない。貴族の家の造りだ。

 ギドーは門番に何かをみせ、門番は閉ざされていた門を開いた。

 正門の脇には通用門があり、出て行く人と入ってくる人がいる。出入りの多い屋敷のようだ。

 しばらく待合室で待たされたあと、当主の部屋に案内された。

 そして、レカン、ニケ、エダの三人は、ザック・ザイカーズと対面したのである。


7


「座ってくれ。お前がレカンか」

「そうだ」

「わしはザック・ザイカーズ。ほかの二人を紹介してくれぬか」

 ザックは、かなりの年配で、やせこけて骨張っており、猛禽類のような風貌をしている。堂々とした風格のある老人だ。

「オレの右側に座っているのがニケ、左側に座っているのがエダだ」

「ふむ。〈彗星斬りのニケ〉と、〈千本撃ちのエダ〉、それに〈魔王レカン〉か。ドボル」

 ザックの右後ろに、ドボルが立っている。護衛の意味もあるのかもしれない。

「はい」

「ずいぶん豪華な顔ぶれを護衛にやとったものだな」

「申しわけございません」

「よいとも。今回の荷には、それだけの価値がある。それにレカンには会ってみたいと思っておったところなのだ」

 ドボルは言葉に出して返事はせず、右手を胸にあてて軽く会釈した。

「さて、まず謝罪をせねばならん。レカン。ニケ。エダ。このたびは、わが配下であるノーズ、リッツ、ヌメスの三人の冒険者が、希少な武具欲しさにお前たちを襲った。このことについて謝る。おい」

 ザックの指示を受けて、左後ろに待機していた執事とおぼしき人物が、三つの小さな袋を、レカンと、ニケと、エダの前に置いた。

「金貨が三枚ずつ入っている。一枚は、今回の依頼の報酬じゃ。一枚は、今回の失態のわびじゃ。最後の一枚は、三人の持ち金や持ち物の代金じゃ」

 襲撃者を倒した場合、相手の所持する財産は、倒した者のものとなるのがふつうだ。今回は、ドボルの申し出によって、その分け前はあとで精算することになっていたのだ。

「き、金貨三枚だってえ」

 エダが驚いている。

 たぶん、エダが生まれてこのかたみたことのある最大の大金だろう。詳しい相場をレカンは知らないが、ふつうの護衛なら、食事つきで一日銀貨一枚かせいぜい二枚にしかならないはずだ。金貨三枚は、百五十日分、あるいは三百日分の日当にあたる。

「今回のことについては、これで終わりとさせてもらう。茶を持て」

「はい」

 執事が音もなくドアに歩み寄り、外に声をかけると、メイドが四人入室してきて、レカンとニケとエダとザックの前に茶と菓子を置き、退出した。

「飲んでくれ」

「〈鑑定(アベル)〉」

 レカンはいきなり茶を鑑定した。

「これは驚いた。〈鑑定〉が使えるのか。しかも、準備詠唱もなく。レカン。お前はいったい何者だ?」

「オレはオレだ」

「なるほど。で、〈鑑定〉して、茶の善し悪しはわかったか?」

「チムニーとかいう所で採れた茶葉だということはわかったが、どちらにしても、オレに茶の善し悪しなぞわからん」

「ほう? では、〈鑑定〉して、何がわかった?」

 レカンは、一口茶をすすってから、この質問に答えた。

「毒が入っていないということがわかった」

 これは、ザックが客に毒を飲ませるような人間だと思っていると、本人に向かって宣言したにひとしい。ドボルと執事は、一瞬顔に険を浮かべたが、ザック自身の反応はちがっていた。

「ふふ。ふふふふ。ははは。はっはっはっはっ」

 はじめは含み笑いをし、そしてこらえきれず大声で笑いだしたのだ。

「いや。笑わせてもらった。なるほど。それがお前の自己紹介か」

 ニケは、レカンとザックの会話には興味がないとばかりに、静かに茶をすすり、菓子をかじっている。

 エダはもう菓子を食べ終えてしまい、ちらちらとレカンの菓子に視線を送っている。

「お前がヴォーカにやって来たために、わしの計画はひっくり返ってしもうた」

 レカンはこれには返事せず、もう一度茶をすすった。

「このドボルは遠方で仕事をしておったのだが、ヴォーカでの後始末をさせるために呼び戻した。出来事のあらましは伝えてあるが、レカンよ、お前のことは話しておらん」

 レカンは沈黙したままだ。

 エダがレカンの菓子に手を伸ばした。

「チェイニー商店に雇われ、バンタロイ行きの馬車の護衛をしたのは、お前たち三人だったな」

「ああ」

「道中、〈破砕槌のブフズ〉と〈邪眼のジバ〉が倒され、魔獣使いのビトーが捕らえられた。あの三人は、ザイカーズ商店と付き合いがあってのう。大切な手駒を一気に減らされてしもうた」

「悪かったな」

「いやいや。馬車を襲撃するというような犯罪を犯したのじゃから、捕らえられ罰せられて当然じゃ。いったいどうしてそんな馬鹿なことをしたのじゃろうかのう」

「ふしぎな話だな」

「その少し前に、やはりチェイニー商店の馬車を、流れ者の冒険者が護衛したという情報がある」

「ほう」

「黒い服を着た大男で、おそろしく剣の腕がたち、常識では考えられぬような素早い動きをしたそうじゃ」

「いったいどこから、そんな情報を手に入れた」

「ふむ。その質問への答えの値段は、金貨一枚じゃ」

「では、いらない」

「ふふ。その馬車の御者だったエイフンという男は、どこかの回し者だったそうでな。正体をみぬかれ、右手を斬り落とされて捕らえられたそうじゃ」

「ほう」

「これもその黒い大男のしわざじゃろうな」

「そうかもしれんな」

「敵のスパイなどを信用して長年重用しておったチェイニーにはあきれたものじゃ。このぶんでは、店の秘密もどれだけ漏れておるか、わかったものではない」

「なるほど」

「エイフンという男が、どこから差し向けられたのかは知らんが、主人のために必死で務めを果たしたのじゃろうなあ。そんな男が死ななければならぬようになったのは、まことに気の毒なことじゃ」

「まだ死んではいないだろう」

 受け答えをしながらレカンは、ずっとドボルに注意を向けていた。ドボルの表情は会話の途中で一瞬こわばり、鋭い殺気が放たれたが、次の瞬間には平静な顔を取り戻した。だがそれでレカンの知りたいことはわかった。

 レカンは残り少なくなった茶を飲み干した。

「さて、話したいことは、それだけか。ならばオレたちは帰る」

「まあ、待て。もう少し話しておきたいことがある。茶の代わりを用意させよう」

 レカンは目の前の菓子皿をみた。空になっている。エダが食べたのだ。

「菓子のお代わりももらえるか」

「もちろんだとも」

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