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「というわけだ」
「なるほどねえ。言いわけのしようがない何かねえ」
「おい、〈回復〉教えろよ。〈回復〉」
「ところで、こんなものがある」
レカンは〈収納〉から、奇妙な形の魔道具を取り出した。炎の魔法を撃ち出す武器だ。
「どこで手に入れたんだい」
「話、まだ終わんねえのかよ。早く練習しようぜ」
「最初にチェイニーの護衛をしたとき、襲撃してきたやつから奪った」
「なるほど。こいつは使えるねえ」
「〈回復〉かあ。まさか使えるようになる日が来るとは、夢にも思わなかったぜ」
「ミドスコは、これが壊れたと言ってるのか」
「そうさ。不良品だから試験したら粉々になったと言い張ってる。そのくせ、破片を持って来いと言ってやったら、そんな物は捨ててしまったとくるからね」
「冒険者で〈回復〉が使えるなんてったら、そりゃもう引っ張りだこだろうなあ」
「これがその品だと証明できるのか?」
「一個一個ちがう番号が刻印してあるのさ。ほら、ここさ。あたしが領主に渡したうちの一つにまちがいないよ。これがミドスコの屋敷で発見されたら、どうなるかねえ」
「か、い、ふ、く。か、い、ふ、く」
「領主が大枚はたいて買ったこの上なく強力な武器を、無理言って預かったのに壊した、というだけでも重罪だろうな」
「そうさね。そのうえ、壊したというのが嘘で、ほんとは隠し持っていたとなると」
「そういえば、あたい魔法つかうとき杖使ってないけど、いいのかなあ」
「謀反の罪を問われるな」
「エダちゃん。杖は便利なものさ。魔法の構築もらくになるし、大きな力を引き出してくれる。でも杖を常用してると魔法の技術は成長しにくいし、魔力も増えにくい。成長してる最中の魔法使いはね、杖なしで魔法が使えるなら、そのほうがいいのさ。いずれいい杖をみつくろってあげるよ」
「ありがとうっす」
「レカン。あたしはちょっと用事があるから、エダちゃんに〈回復〉を教えてあげるんだよ」
「やたっ」
「いや。その前に冒険者協会に行く。ついて来い」
「なんでだよ」
「お前、ほんとに人の話を聞かないな」
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「依頼達成おめでとうございます。報酬は依頼者から直接お受け取りください。なお、今回の功績で、レカンさんは銀級に昇格されます。明日冒険者章を受け取りに来てください」
「えっ。あたいは? あたいは昇格できないの?」
「できません」
「そんなあ。アイラちゃん。そりゃないよう。あたい、レカンなんか比較にならないぐらい、たくさん依頼達成してるじゃん」
「初期の連続失敗が響いてるんです。レカンさんは依頼達成率百パーセントで、しかもすべて高評価ですから」
「ううっ。なんとかしてよう」
「なんともなりません。ところでレカンさん、孤児院から指名奉仕依頼がはいっています。またこどもたちを遊ばせてほしいそうです」
「ことわる」
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「お帰り」
「ただ今帰ったっす」
「あの件はどうなった?」
「手配はしておいたよ。あとどうするかは領主次第だね」
「そうか」
「じゃあ、レカン。エダちゃんに〈回復〉伝授の一回目といこうかね」
「レカン師匠! お願いしまっす」
レカンは考えた。
自分が受けたと同じような説明をしても、絶対にエダには理解できない。
もっと直感的で、もっと実践的なやり方がいい。
ニケは、祈りの深さが発動の鍵だと言っていた。
とすると。
「エダ」
「何だい」
「お前の大事な人が、ここにいるとする」
「だ、大事な人って、何だよ。そんなのいねえよ」
「母親とか、父親とか、兄弟とか、仲のいい友達とかだ。今は生きてない人でもいい」
「ああ? あ、なんだ、そういう意味か。じゃあ、とうちゃん、かな」
「その父親が怪我をしてる」
「ええっ」
「怪我をして痛がってる。苦しんでる。だけど誰も助けられない」
「ど、どうしてだよっ。どうして誰も助けてやらねえんだよっ」
「誰にも助けられないんだ。そういうことはある」
「な、何とかならねえのかよ」
「方法はある」
「教えてくれっ」
「両手を出せ」
「こ、こうか?」
「両手を合わせて、少し丸めろ。落ちてくる泡雪を捕まえるように」
「何を捕まえるって?」
「水をすくうように」
「お、おう。こんな感じか」
「その手のひらのなかに、温かい光を生み出せ」
「ひ、ひかり?」
「お前の思いを光に変えるんだ」
「わ、わけがわかんねえ」
「わからなくていい。感じるんだ」
「感じる?」
「お前が父親を救いたいという思いが本当なら、光が生まれる」
「ほ、ほんとだな?」
「やわらかで、何もかもが満たされて、幸せになる光だ」
「幸せの……光」
「父親の怪我を治したいと心から思うなら、その思いが光になる」
「思いが……光に」
「そして、唱えるんだ。〈癒やしを〉」
「き、キリーム」
ぽわっ、と音がしたような気がした。
エダの丸めた手のなかに、一つの温かい光が生まれていた。
それは、みる者の心に懐かしさと安らぎを与える、癒やしの光だ。
「で、できたっ」
心からうれしそうに、エダが叫んだ。
「で、できたよ、レカン」
涙を流して喜んでいる。
これには、レカンが仰天した。
レカン自身、三日のあいだ、ニケのつきっきりの指導を受けながら、何度も何度も繰り返して挑戦し、やっと小さな光をともすことができたのだ。
それをエダはたったの一回で、しかもレカンのいいかげんな指導で、成功させた。その光の大きさは、レカンが最初に成功したときより、ずっと大きい。
ふた呼吸ほどのあいだに驚きから立ち直ったレカンは、少し誇らしげな気持でニケをみた。
ニケはひどく恐ろしい顔をしていた。




