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翌日、ニケと〈回復〉の練習をしていると、エダが来た。
「たっだいま〜〜! おお、ジェリコ、元気だった? ほーら、おみやげ」
「うるさいのが帰って来たな」
「かわいいじゃないかい。あ、あたしは初対面だからね」
つまりエダはニケの正体がシーラだと知らず、ニケにははじめて会うのだ。
「レカン! 帰ってたのか。迷宮どうだった? って、その女、誰?」
ひどく冷たい目で、エダはニケをにらみつけた。
「こんにちは。あたしはニケ。シーラばあちゃんの孫だよ。冒険者をやってる」
「え、孫? 冒険者? 待てよ? ニケ? まさか、〈彗星斬り〉のニケ?」
「そんなふうに呼ぶ人もいるねえ」
「ききききき、金級の?」
「ああ」
ニケが金級だと知ると、エダは素早く言葉遣いを切り替えた。
「そ、そうだったんすか。へえー。〈彗星斬り〉のニケさんは、シーラさんのお孫さんだったんすか」
(権威に弱いやつだな……)
「あんたはエダちゃんだね。ばあちゃんから話を聞いてるよ。すごくみこみのある新人だそうだねえ」
「み、みこみって、そんな。すごくみこみがあるなんて、知ってたけど、そんなふうにシーラさん言ってくれてるんすか」
このとき玄関で声がした。
「ごめんくだされ! ごめんくだされ!」
どこかで聞いた声なのだが、思い出せない。先ほどから〈生命感知〉に映っている赤点も、それだけで判別できるほど特徴的でもない。もっとも、ザイドモール家に滞在していたときのように、決まった顔ぶれと毎日生活しているような状態でもなければ、〈生命感知〉で個人を特定することなど、ほとんどできない。
「は〜〜い」
エダが脳天気な声で返事をして玄関に向かった。
そして、作業部屋に帰って来て言った。
「あの。ニケさん。騎士アギト・ウルバンてかたがおみえですけど」
「あちゃあ。しかたないねえ。ここに通しておくれ」
「はい」
エダに案内されて、騎士アギトとその側近一人が部屋に入ってきた。先ほどのあいさつの声は、この側近の声だったようだ。
レカンは立ち上がってニケの後ろに回った。
「やあ、よくおいでだね。そこにかけたらいい」
ニケがアギトに椅子を勧めたが、アギトは座らずに、大仰な礼をみせた。
「ニケ殿。ご無事でしたか! 再びお会いできて、このアギト、感激の極み」
「そりゃよかった。それで、今日は何の用事だい」
「用事などと水くさい。ニケ殿の安寧と幸福をお守りするため、労は惜しみません」
「それならもう少し腕か戦術を磨くんだね。あのていたらくじゃ、領民は守れない」
「そ、それは言わないでくださいっ。あれ以来、毎日訓練に明け暮れております」
「へえ。それじゃ試してあげよう。庭に出な。レカン、あんたもだ」
その場にいた五人が庭に出た。
「坊や。このでかぶつに切りかかってみな。レカン、あんたは剣を抜くな。相手の体にもふれるな」
「こ、この男を斬ればよいのですね」
「素手対剣だ。それでこの男を斬れたら、あんたを認めてあげるよ」
「そ、そのお言葉、お忘れなく!」
無造作にかまえるレカンの前で、アギトは剣を抜き、ぶるぶると力をこめている。レカンのほうは、外套の下に、町の武器屋で買った〈ラスクの剣〉を腰に吊ったまま、柄には手をかけていない。
アギトもすらりとしていて身長は低くないが、レカンとは頭一つ以上の差がある。しぜん、みあげるような視線をレカンに送ることになる。
「えいっ」
気合いの声とともにアギトが切りかかった。
レカンはそれを左手の前腕で受けた。貴王熊の外套は、貧弱な攻撃では切れ目一つつかない。それでもアギトは必死に剣を押し込んでくる。
レカンはちょっと困ったような顔をしてニケをみた。ニケは何もいわない。
しかたないので、右手の人差し指と親指で剣身をつかみ、ひょいとひねりあげた。
「あっ」
かなり情けない声をあげてアギトは剣を手放した。
レカンは取り上げた剣の柄と剣先を持って、自分の膝にたたき付けた。
ぽきん、と大きな音がして、剣がまっぷたつに割れた。
呆然としたアギトを、側近が連れて帰ろうとしたので、レカンは声をかけた。
「折れた剣を持って帰れ」




