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翌朝目を覚ましたレカンは、体のあちこちが痛み、全身がひどくだるいことに驚いた。だが考えてみれば、ゴルブル迷宮の下層は気の抜けない戦いの連続だったし、最下層の大剛鬼との戦いは、掛け値なしで死力を振り絞った戦いだった。
体が休養を求めているのだと考え、その日は、朝食と軽い夕食を取ったほかは、ずっと寝て過ごした。昼前に、部屋を出て行けと言われたが、追加料金を払って日中も滞在させてもらった。夕方、チェイニーの部下がポーションの代金を持ってきた。金額も確認せず、〈収納〉に突っ込んだ。
次の日の朝には疲れが取れているかと思ったが、むしろ前日より体が重かった。この日も追加料金を払って日中ずっと寝て過ごした。
三日目になると、体の反応はにぶいものの、もう動けないほどではなかった。むしろ、けだるくはあるものの、体の奥には生命力があふれているのが感じられる。
この日の日中は、町中をぶらぶらして過ごした。広場の腰掛けに、ぼうっと座って、行き交う人々をみるともなくみた。
武器屋と防具屋を何軒かのぞいてみた。
以前に店頭で剣を鑑定して店主にたしなめられた武器屋にも入った。客が店頭に置いてある剣について、店主に質問をしていて、店主はいちいち丁寧に答えていた。レカンは、長年いろんな剣をみてきたから、剣については〈鑑定〉を使わなくても、それなりの目利きができるつもりだ。店主の説明はおおむね妥当だと思った。
ただし、前回レカンが鑑定した剣についての評価は、耐久性能が低いのではないかと思った。実際より高くいうのに比べれば良心的といえば良心的だが、正確でない評価は少し気になった。
「あんた、この前店頭で堂々と〈鑑定〉を使ってた人だな」
「ああ」
店主は、レカンの姿を上から下まで、じっくりとながめた。
「あんた、冒険者としては凄腕なんだろうな」
「ああ」
「だけど〈鑑定〉は初心者なんじゃないかい?」
「ああ」
「ちょっと待ってろ」
店主は、店の奥から一本の剣を持って来た。
「こいつを鑑定してみな」
言われるままに鑑定してみる。
普通の鋼鉄の剣だ。粗悪品ではないが、特筆するような長所もない。
「じゃあ、こいつの柄の部分だけを鑑定してみな」
柄に意識を集中して鑑定すると、締め付けがゆるんでおり、あと少しで剣が抜けてしまう状態であることがわかった。
「もう一度、今度は剣全体を鑑定するつもりで〈鑑定〉をしてみな」
そのようにすると、耐久度がかなり下がって表示された。
「わかったようだな。次はこいつだ」
店主は二本の剣を取り出した。
「この二本の耐久度だけを鑑定してみな」
二本のうち一本は、身が薄く剣先が鋭い。もう一本は、身が厚く剣先がにぶい。
耐久度を鑑定したところ、身の薄い剣のほうが高かった。
「今度は、横からの衝撃に対する耐久を鑑定してみな」
そんなことができるのかと思ったが、やってみるとできた。鑑定の結果、耐久度の上下が逆転していた。
「〈鑑定〉をするときにはな、何を鑑定してるのかをよく心得ておかなきゃならん。ぼんやりと鑑定したって、出てくる耐久度は、その剣を標準的な使い方で使ったとき、あとどれくらいもつかってことだけだ。だけど剣てなあ、いろんな使い方をするからな。それこそ客ごとに使い方がちがう。店の側じゃ、客がどういう使い方をするかまで推測して、その剣の性能を説明する必要がある」
店主はレカンに鑑定させた剣を、店の奧にしまった。
「多少鍛えられた鑑定屋はなあ、剣一つを鑑定するんでも、いろんな部分をいろんな条件で鑑定してみて、総合的な評価を出すもんだ」
「なるほど」
「だけどホントに達人の鑑定師は、たった一発で剣を鑑定する。それには、その剣を一目みただけで、どんな鑑定が必要かみぬく眼力がいるけどな」
「店主は〈鑑定〉を持っているのか」
「よせや。そんな技能があったら、〈鑑定〉で食ってるよ。そっちのほうが断然稼ぎがいいからな。ただし、鑑定屋だろうが武器屋だろうが、経験を積まなくちゃだめだ。才能だけで世渡りができると思ったら、大怪我をする」
「よくわかった。勉強になった」
そう言ってレカンは店主に背を向けた。
そのまま店を出ようと思っていたのだが、気が変わってもう一度振り向いた。
「店主」
「なんだい」
「この店で一番いい剣をみせてくれ」
「一番いい剣だあ? まあ、みせるぐらいならいいけどよ。どういう種類の剣を使うんだ?」
「万能型の長剣だ。斬撃もするが強打もする。刃を斜めにしたなぎ払いもする。横腹で相手の攻撃を受けることもある。岩や鉄も斬る」
「岩や鉄も斬るだあ? そんなふざけた剣はねえけど、ちょっと待ってな」
少したってから店主が運んできた剣は、一目で業物とわかる匂いがしていた。
「迷宮品じゃねえから恩寵はねえけどな。今はもう死んじまった、ラスクって名人鍛冶匠が打った剣だ。こんなにバランスのいい剣は、ちょっとないぜ。あんたが言ってたことは一通りできる。突きもいけるぜ」
じっと剣身をみた。こしらえもじっくりみた。いい剣だ、と思った。
折れてしまった愛剣によく似ている。
レカンの〈収納〉には二十本以上のいろいろな剣が収まっているが、それはいずれも、素材が希少であったり、特殊な性能がついたりしている、特別な剣ばかりであり、こういう普通の剣は、入っていない。普通の剣としては、愛剣が最高の剣であり、〈自動修復〉までつけたのだから、似たような種類の劣る剣に価値をみいだせなかったのだ。
確かに恩寵はないようだ。不思議なことに、鑑定をしたわけでもないのにそうわかった。
「いくらだ」
「金貨六枚」
「買おう」
「えっ?」
レカンは金貨六枚を取り出してカウンターに置くと、呆然としている店主から剣を受け取り、腰に吊って店を出た。
宿に部屋を取って食事をしたあと、買ったばかりの剣を鑑定してみた。
〈名前:ラスクの剣〉
〈品名:剣〉
〈攻撃力:やや高い〉
〈切れ味:ややよい〉
〈耐久度:万全〉
驚いたことに、〈自動修復〉がない以外、愛剣とほとんど同じような鑑定結果が出た。これがたった金貨六枚で買えたとは、信じられないほどの幸運である。
しかし、〈自動修復〉がついていない以上、時々に修理や手入れが必要だし、それをしても耐久度は下がってゆき、いずれ折れる。レカンのような戦い方をする者にとって、それは避けられないことである。
この剣の耐久度は〈万全〉だが、それはこの剣にとってということであり、素材自体が持つ限界からはのがれられない。
新しい剣が必要だ。
レカンの扱いに耐え続けられる、特別な材質の特別な剣が必要だ。〈ザナの守護石〉の付与がある状態で渾身の攻撃ができる、頑丈な武器が必要だ。
それはどこで手に入るのだろう。




