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レカンはワインを飲み干した。
お代わりをつごうとしたが、途中で瓶が空になった。
「ワインはもうないのか」
「地下蔵にあるよ。取ってくるから、ちょいと待ちな」
シーラは下に降り、しばらくしてワインと干し肉と干した果物を持って上がってきた。
「ここもあんたの隠れ家なんだな」
「そういうこったね。あのじいさんは住み込みで雇って、安い給金で家の管理をさせてるんだけどね」
大胆なことに、王都にも隠れ家を作っていたのだ。ことわざでは、〈利口な兎は四つの巣穴を掘る〉というらしいが、シーラの巣穴は四つどころではないようだ。
干し肉をかじりながらワインを飲み、レカンは気になったことを聞いた。
「竜種特殊個体というのは何体いるんだったかな」
「地竜オグト、地竜イマム、地竜トロン、飛竜ヨーグ、飛竜コダン、飛竜ルードの六体だね」
「なるほど、六体か。待てよ。もしかして、パルシモ迷宮は、白炎狼の魔石から生まれたのか」
「そうだよ」
「神獣というのは何体いるんだ?」
「暴炎竜ヴァーダ、賢火竜ヤンペレロン、王竜アトラシア、白炎狼グロフの四体だね」
「うん? グロフというのは個体名じゃないのか」
「固有名詞ではあるね。白炎狼は何度生まれ変わってもグロフだよ」
「ああ、そうだったのか。それで大迷宮は八つだな。ええと。ツボルト、パルシモ、ユフ、エジス、フィンケル、それから……ダイナか。それにグリッジ島の〈海の迷宮〉、あれ? あ、ワードを忘れていた。やっぱり八つだ」
「そうだね」
「竜種特殊個体も大きくいえば神獣だとして、神獣は全部で十体だ。大迷宮は八つ。足りない二つはどこに行った?」
「ワインは必ずしも一種類のぶどうから作るわけじゃないだろう」
この比喩の意味を理解するのに、少しの時間がかかった。
「複数の神獣の魔石で作った大迷宮があるのか!」
「どうしてそんなにうれしそうなんだい? 大陸にある大迷宮は、パルシモを除いて竜種特殊個体の魔石から作られたものだけど、グリッジ迷宮は、暴炎竜ヴァーダ、賢火竜ヤンペレロン、王竜アトラシアの三体の魔石で作られたそうだよ。だからあそこはむちゃくちゃなことになっててね。結局誰も踏破できなかった」
「ほう」
「だからどうしてそんなにうれしそうなのかね」
「なぜ作った?」
「え?」
「古代の偉大な魔導師たちは、どうして大迷宮を作ったんだ。何のためだったんだ」
「どうしてって言われてもねえ。いろんな研究の過程で作れそうだってことになったからじゃないかねえ。そうとしか言いようがないよ。神様が作れそうだとなったら、とりあえず神様を作っちゃうのが研究者なんだよ。何ていっても、神獣の魔石から大迷宮を作るのは、考えられるかぎり最大の力を地上に現出させる試みであり、最も複雑で貴重な現象の顕現なんだからね。それを行ったときに得られる知見は、そりゃあ素晴らしいものだったはずさね。古代の魔法はそうした知見によって完成させられたものだし、結局今の魔法もそこから生まれているんだからね。魔道具を作る技術もそうさ。今、人が生きる豊かさを支える多くのわざや知恵は、そうした実験から生まれているんだ」
「なんだか、うまいことごまかされたような気もするが、まあいい。それにしても、大迷宮じゃなく、もっと小さな迷宮を作るんじゃだめだったのか?」
「だめだったらしいよ」
「うん?」
「迷宮を観察した古代の魔法使いたちは、自分たちの手で迷宮が作れないかと考えた。その実験や分析のあげくに、神獣の魔石を使って大迷宮を作るぐらいの規模じゃないと、人間の手で迷宮を生成することはできないとわかったと、あたしは聞いてる。小規模迷宮や中規模迷宮を作るような玄妙なわざは、人間には無理だったんだね」
「頭が痛くなってきた」
「〈浄化〉」
「あ、すまんな。いや、そうじゃなくて。まあ、とにかく、研究者というのは恐ろしいものだということがわかった。あっ、それだ!」
「どれだい」
「ヤックルベンドだ! やつがオレに何をしたのか知ってるか」
「悪かったよ」
「なに」
「それについちゃ、本人から釈明させたいんだ。会ってやってくれないかね」
「絶対にいやだ。というか、やっぱりまだ生きていたのか」
「生きてるよ。ちょっとひどい状態だけどね。ちゃんと生きてる」
「この次やつに会うことがあるとしたら、やつにとどめを刺す」
「あんたがそう思うのももっともだけどねえ。まずはこれをみてもらおうかね」
シーラがどこからともなく取り出したのは、一本の剣だ。
鞘にはみおぼえがなかったが、柄の部分にみおぼえがあった。
レカンは剣を手に取り、鞘から抜いた。
「おお」
思わず声が漏れた。
愛剣だ。
もとの世界からこの世界に持ち込んだ、レカンの愛剣だ。
ゴルブル迷宮の大剛鬼との戦いで折れてしまい、修復不能となったのだが、シーラが興味を持ち、レカンから借り受けてヤックルベンドに渡した。そのせいでヤックルベンドがレカンに興味を持つようになってしまったのだ。思えばあれが間違いの始まりだった。
レカンは剣を机に置き、シーラから譲られた茶色い細杖を出し、心を落ち着けて、呪文を唱えた。
「すべてのまことを映し出すガフラ=ダフラの鏡よ、最果ての叡智よ。わが杖の指し示すところ、わが魔力の貫くところ、霊威の光もて惑わしの霧を打ち払い、存在のことわりを鮮らかに照らし出せ。〈鑑定〉!」




