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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第51話 魔王降臨
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 沈着冷静で知られる治安騎士団長ザクワド・キリンは、目を見開き、唇をわなわなと震わせていた。その顔には血の気がない。

 目の前には北の塔がある。

 美しかった尖塔は崩れ落ち、五階部分南側の〈北神の御方の間〉もつぶれてしまった。一階から三階までは白く美しいたたずまいを残しているものの、そこから上は醜くひび割れ、煙は収まる気配もない。

 儀式魔法〈煉獄門〉を撃つよう命じたのは、ザクワド自身である。しかし、こんなことになるはずではなかった。北の塔を覆う魔法障壁を弱め、魔法によって閉ざされた扉を開き、〈癒やしの巫女〉様をお救いするために、魔法攻撃を命じたのである。ところが、儀式魔法の一撃で、北の塔の上半分は半壊してしまった。これでは〈癒やしの巫女〉を攻撃したことになってしまう。

 話が違う、とワイド子爵に言おうとした。だがその前に、ダンテスタ・ワイド子爵の命が下った。

「ザクワド団長。魔法士隊に命じて塔の基部を攻撃させよ。まだ魔法障壁は解けておらん。これはゲイトグレイン・シャドレスト様直々のご下命である」

 ザクワドは、口から出かけた言葉を飲み込んだ。南家当主ゲイトグレイン様直々のご下命。それは絶対である。従わないわけにはいかない。

 魔法士隊の隊長に集団魔法を放つよう命を下そうとしたとき、誰かが言った。

「何かが飛んでくるぞ! ユフ山のほうからだ!」

 反射的に空をみあげた。

 黒い何かが猛スピードで落ちてきて、頭の上を通り過ぎ、轟音を立てて墜落した。

 粉々に砕かれた石畳の破片が飛び散り、土煙が舞う。

「流れ星か?」

 誰かがつぶやいた。

(いや)

(流れ星ではない)

(一瞬みえた黒い姿は)

(人間のようにみえた)

 土煙が少し収まった。

 地面に大きな穴が開いている。

 人がいない場所に落ちたからいいようなものの、ここには治安騎士団の八割の兵員が集合している。ひとつ間違えば大惨事になるところだった。いったい何が起きたのかを知りたかった。

 穴のなかで何かが動いている。

(人型の魔物、か?)

 だがあの衝撃には、どんな魔物といえど耐えられるわけがない。飛んできたのが人間であったにせよ魔物であったにせよ、生きていられるわけがないのだ。

 異様な気配を感じ、ザクワドは思わず後ずさった。

 何かが穴から出てきた。

 土煙のなかに立つその姿は黒い。

 人のような形をしている。

 外套かマントのようなものを着けているが、裾はぼろぼろで、おどろおどろしい。焼け焦げた跡もみえる。まるで地獄の業火を浴び続けていたかのようだ。

(怨邪鬼?)

(いや、まさか腐肉王?)

 それにしても、この威圧感はあまりにも強烈だ。

 空気は練り込んだ飴のように重く、身動きするのもむずかしい。

 その何かは目をみひらいた。

 一つ目だ。

 一つしか目がない。

 その一つしかない目は怒りに燃えている。

 杖を取り出して詠唱を始めた。

 魔法を放つつもりだ。

「いかん! 魔法士隊、攻撃せよ!」

 居並ぶ魔法士隊の魔法使いが、〈火矢〉〈雷矢〉〈炎槍〉〈氷弾〉など、得意の攻撃魔法を放つ。だがその攻撃のほとんどは、怪物の体に届く直前、みえない障壁に弾かれてしまう。怪物の体を直撃した攻撃もわずかにあったが、詠唱は止まらない。

「弓隊! この怪物を攻撃せよ!」

 従騎士隊百人に弓を装備させてきた。魔法士隊の横に待機させてある。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったが。

 しかし弓隊が矢を放つより早く、怪物は準備詠唱を終えてしまった。

「ガイルベイ!」

 それは人間の言葉だったのだろうか。

 聞いたことのない呪文を怪物が唱えると、たちまち杖から糸のような光の筋が上空に舞い上がり、何百何千という炎の矢に変じた。空を埋め尽くさんばかりに広がった炎の矢玉は、ぐぐぐと向きを変え、地上に降りそそぐ。

(ばかな!)

(これは儀式魔法でなければ不可能な攻撃だ!)

(それを単独で魔法陣も供物もなく発動するだと)

(あり得ん!)

 そのあり得ない攻撃が、魔法士隊と弓隊、そして騎士隊の一部を襲った。

 一撃で、魔法士隊と弓隊は壊滅した。魔法抵抗の強い魔法使いたちにも、その魔法の矢は深刻なダメージを与えたのである。魔法使いたちはほぼ全員地に伏し、うめき声をあげている。何とか立ち上がろうとしているのは、魔法士隊隊長と副隊長だ。

 弓隊の従騎士たちは、魔法抵抗も弱く、装備も軽装だ。倒れ伏して声もない。

 近くにいた騎士数十人も攻撃を受けて倒れている。

 背筋の凍るような威力であり範囲である。

 ザクワドは、怪物の近くにいたことが幸いして、魔法攻撃を浴びなかった。

「何をしておるのじゃ、ザクワド。怪物を殺せ!」

 ダンテスタ・ワイド子爵は怒りに満ちた声で叫んだ。

「騎士たちよ、怪物を押し包んで討ち取れ!」

 ザクワドの命を受けて、騎士団の騎士たちが動いた。

 今ここには、治安騎士団の騎士五百人のうち四百人と、従騎士千人のうち八百人が出動している。ユフ山系の山々に深く分け入って魔獣と戦い武を磨き上げた精鋭たちだ。どれほど強力な怪物であっても、敵はたった一体。たちまち討ち取ることができるだろう。

 各隊の隊長の指揮で、全軍が怪物を取り囲んだ。

 怪物は、ザクワドにもワイド子爵にも目もくれず、北の塔に向かってまっすぐ歩いている。と、どこから出したのか、二本の剣を構えた。

(魔法だけでなく)

(剣も使うのか?)

(しかし剣二本とはこけおどしにもほどがある)

 近くに位置する部隊の隊長二人が命令を出し、二百人近い騎士と従騎士が怪物の進路をふさいだ。皆、抜剣している。最前列の数名の騎士が怪物に斬り掛かろうと足を踏み出したそのとき、怪物が左手に持つ剣を二度振った。

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― 新着の感想 ―
魔王降臨である。 絶望せよ。
[良い点] ここで治安騎士団視点になったのは最高ですね 普通の騎士から見たらたしかに魔王にしか見えない
[一言] 治安騎士団も外の魔獣と戦ったりと実戦経験豊富で精鋭なのは間違いないんでしょうが より強力な魔獣と戦いそれに応じて強さが増す迷宮の深層探索者には形無しですね
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