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レカンが皺男の腕を踏み台に飛び上がり、首に四度目の打撃を入れた直後に、六人は隣の部屋に現れた。そして穴の外側から大音声を張り上げたのである。
「やあやあ、これなるは、ゴルブル伯爵家ご継嗣たる騎士トマジ・ドーガ様とその郎党なり。大型の皺男に苦戦する、そこな戦士に助勢せん! いざ神よ、われらが勇姿、みとどけたまえ!」
苦戦などしていないし、魔獣と戦っている途中に断りもなく割り込んではならない。それはもとの世界ではひどくきらわれ軽蔑される行為だったのだが、この世界ではちがうのだろうか。
レカンは皺男に打撃を加えつつ、六人の男にも注意を払った。
騎士が四人。魔法使いが二人である。
参戦を表明したものの、この部屋に入ってくる気配はない。
そう思っていると、魔法使いの一人が杖を構えて魔力を練り始めた。
「わが神ウィトゲムよ。わが供物を嘉し受け諾いたまえ。しかしてわが祈りまつるを聞き届け、悪しきものに断罪の刃をふるいたまえ……」
何だか長々しい呪文を唱えていたが、レカンも忙しかったので、全部は聞いていられない。
皺男が振り回す腕をかわし、時に繰り出される蹴りや頭突きをかわし、十何度目かの打撃を加えた直後に、魔法使いの詠唱が終了した。
「グィンバル!」
構えた杖から空気を切り裂くような光の刃が皺男の胸を直撃して、激しい火花をまき散らした。
皺男はレカンを追い回すのに夢中で、魔法攻撃に効果があったのかなかったのか、さっぱりわからない。
ただ、魔法使いの周りはなごやかな雰囲気である。
「おおお! さすが、キムシル殿」
「なんという見事な詠唱! なんとあざやかな攻撃!」
「これでは皺男もひとたまりもありますまい!」
攻撃した魔法使いを取り囲むように、入り口に密集して、和気あいあいと会話している。
(こいつら)(何しに来たんだ?)
そう思いながらも、レカンは淡々と攻撃を続け、皺男の命を刈り取った。
みしみしと音を立てながら巨大な死骸が収縮していっても、六人は部屋のなかに入ろうとしない。
もしも手助けしたという理由で魔石の所有権を主張するようなら、レカンは戦いも辞さない覚悟だった。
だが、レカンがことさらゆっくり魔石を拾い上げても、六人は無言のままだ。
魔石を〈収納〉にしまいこんだとき、騎士の一人が声をあげた。
「見事、見事! 騎士トマジ・ドーガ様に助勢してのその働き、まことにあっぱれであった!」
いつのまにか、レカンのほうが助勢したことにされている。
「その働きは、手厚く報いられる!」
別の騎士が、小さな袋をレカンの足元に投げてよこした。
地に落ちる音から、大銀貨が入っている、と見当がつく。それも五、六枚か、もしかしたら十枚ほど入っているかもしれない。
この大銀貨の袋を拾えばどうなるだろう。
報酬を受け取ったのだから、魔獣を討伐したのはトマジ・ドーガだということになるのかもしれない。
あるいは、レカンがトマジ・ドーガに雇われたとか、指揮下に入ったとかいうことになるのかもしれない。
いずれにしても、袋を拾えば、相手はさらに何事かを要求してくるだろう。
レカンは人間同士のしがらみがきらいだ。面倒くさいことがきらいだ。
そして、貴族とか騎士とかいうものが大きらいだ。
このトマジ・ドーガという騎士は、領主の跡継ぎとか言っていた。そんなやつと関わり合いになるのはごめんだった。
「オレはオレの戦いを戦っただけのことだ」
レカンはくるりと向きを変え、下り階段目指して歩き去った。
そのあとレカンは順調に攻略を進めた。
第二十二階層の魔獣は、樹怪族第二階位の蔓蔦樹。
第二十三階層の魔獣は、熊鬼族第二階位の喉白。
第二十四階層の魔獣は、猿鬼族第二階位の牙猿鬼。
第二十五階層の魔獣は、虫禍族第三階位の斑蜘蛛。
第二十六階層の魔獣は、狼鬼族第一階位の銀狼。
ここまでは、前回の探索でも到達していた。
驚いたことに、階層をくだってゆきながら〈炎槍〉の練習もしているのだが、そうして魔力を消費しているあいだも、シーラの薬は効き続けていて、魔力を補充してくれた。その効き目は、ほとんど半日近く続いたのである。この薬はきわめて有用だ。
体のあちこちに傷を負った。赤ポーションを飲もうとしたが、やはり体が受け付けない。どうもポーションならどの種類でも、短い時間に一定量以上を服用することはできないようだ。
シーラの傷薬を出して、水で溶いて塗りつけた。傷がすぐに消えるわけではないが、痛みが引き、体が喜んでいるのがわかった。
この薬は、魔法純水で薬草を煮込み、〈回復〉をかけながら仕上げた、シーラ特製の魔法薬である。おそらく他の薬師の作る傷薬とは比較にならないほど効果が高い。
溶くのに水でなく魔法純水を使うか、溶くときに〈回復〉をかければ、さらに薬効が高まるのだが、レカンには魔法純水は作れないし〈回復〉もできない。
食事と睡眠を取り、ゆっくり休憩してから第二十七階層に降りた。
第二十七階層の魔獣は、猪鬼族第三階位の鼻曲上位種である。この階層になると、探知できる範囲にほかの冒険者はみあたらない。
第二十八階層の魔獣は、泥奇族第一階位の山津波である。
第二十九階層の魔獣は、蛇凶族第二階位の槌頭蛇である。
この三階層を攻略するのに、丸一日かかった。傷も浅くないし、ひどく疲れた。特に槌頭蛇は、二度戦ったうちの一度が大型であり、手間取った。せっかくだからもう一度倒してこの階に転移できるようにしておこうかとも思ったが、今回第二十六階層の大型魔獣を二度倒して、転移の〈印〉を得ている。ここらの階層は、順路を選べばまったく魔獣と戦わずに移動できるので、無駄な戦いはやめておいた。
レカンは〈移動〉の便利さをしみじみ味わっていた。
体の大きな魔獣の死骸から魔石を抜くのは手間のかかる仕事である。
ところが、〈移動〉の魔法は、これを実に簡単にしてくれる。
魔石の位置を確認して剣で切り込みを入れ、〈移動〉で取り出せば、レカン自身は血によごれることもない。
山津波など、部屋を埋め尽くす巨体の持ち主なのだから、死骸から魔石を抜こうと思えば、あのどろどろの気持悪い体のなかに、レカン自身が入り込んでゆく必要がある。
ところが今は〈移動〉が使えるので、切り込みさえいれず簡単に魔石を取り出すことができた。
それにしても、今回は宝箱運が悪い。
宝箱の出現自体があまりないし、出た宝箱はすべてポーションだった。
第三十階層への階段の前で休憩することにする。
昨日塗ったシーラの傷薬は、確実に効果を上げていた。大きな傷も深い部分はすっかり癒えているし、小さな傷は、もはやうっすらとした痕が残っているだけだ。
新しい傷に傷薬を塗った。
ゆっくりと食事し、睡眠を取った。
さらに食事し、ゆっくりと休憩した。
傷も癒えた。魔力も完全に回復した。
貴王熊の外套を脱いで、ばたばたとはたく。すると、こびりついていた返り血や、自分の血が、小さな塊となってばらばら落ちた。
この外套の〈自動修復〉が働くと、なかにしみ込んだ血や、表面にこびりついた血は、完全に毛皮の外に追い出されて凝固する。するとこのように簡単にはたき落とせる。血やよごれをはたきおとしたら、まったく傷もよごれもない状態に戻るのである。ただし、経年によるある種の変色はあり、使い込んであるがよく手入れされた風情をかもしだしている。
ばさり、と外套を羽織って、レカンは階段に踏み込んだ。
次はいよいよ最下層である。




