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朝出かけた〈グリンダム〉が、夕刻に戻ってきた。
〈剣の迷宮〉での魔獣との戦いは激しい。短時間の戦闘でも消耗は大きい。朝出かけて何戦かして夕刻に帰れば、誰もが疲労困憊している。
この日三人は、格別に消耗していた。
早めにできていた夕食を無言でかき込むと、翌日の朝食は断って、さっさと部屋に上がっていった。
それから食事だけの客がやってきて、残りの夕食が五人分となったとき、つまり客に出せる夕食が三人分となったとき、レカンとアリオスが帰ってきた。それはもう水牛の四刻を過ぎ、黄蛙の一刻に近い時刻だった。
「ただいま」
「いらっしゃ……あんたか」
アリオスとレカンは素早くなかに入ってドアを閉めた。
「ナークさん。今からでも二人泊まれますか?」
「ああ。部屋は空いてる。夕食も残ってる」
「助かった! おなかぺこぺこなんです。あ、テーブルも一つ空いてますね」
ナークは、二人分の食事をテーブルに運んだ。
「キゾルトのいぶし酒を瓶でくれ」
「あ、私は赤ワインをボトルで」
「いぶし酒は銀貨三枚。赤ワインは大銅貨五枚だ」
「ところで、この宿には風呂があるのか」
「ああ。けど悪いが、この時間には沸かせない」
「わかった。もう少し早い時刻に頼むことにしよう」
「薪代に大銅貨一枚もらう」
「わかった」
「それと、今長期滞在してるパーティーが、よく風呂を使う。あちらのパーティーからの注文が早ければあちらに先に入ってもらうし、あんたたちが早ければ、あんたたちに先に入ってもらう」
「了解した」
「長期滞在というのがあるんですね。それ、おいくらですか」
「四十日間で銀貨八枚だ」
「すごく割安ですね」
「帰ってこない日があっても金は返さないぞ。途中で滞在をやめてもだ」
「それは当然です。では、今日から私とレカン殿が長期滞在します」
「えっ?」
「何か問題でも? その長期滞在のパーティーというのは三人ですよね」
「あ、ああ」
どうして人数がわかったのか不思議だったが、少なくとも一昨日は二つ部屋が空いていたから、そう推測したのかもしれない。
そんなことを考えているナークの前で、アリオスはちらりと二階に視線を送った。まるで二階で眠っている〈グリンダム〉のメンバーがここからみえるかのように。
7
翌朝、収穫のために畑に出たナークは、予想もしなかったものに出くわし、ぎょっとした。
アリオスだ。
アリオスが畑の隅に立っている。
ホルティシュの木の前に突っ立っている。
あまりに気配がないので、誰もいないのかとおもった。
何をしているんだろうと近寄ってみると、風にそよぐホルティシュの木の枝をじっとみつめているようだ。
険のある目つきではない。静かな目つきだ。だが、まなざしは真剣であり、その静かなたたずまいが逆にアリオスのただごとならぬ集中を表している。
無造作に立っているようでもあり、計算された構えのようでもある。
少し前かがみだ。
左腰に吊った剣の鞘を左手で押さえ、剣の柄を右手で軽くにぎっている。
ナークは一時期剣の修業をした。だから、力など入っていないようにみえる構えのほうが、素早く剣を抜けることがあると知っている。
(こいつ腕利きだ)
(それもちょっとやそっとの腕じゃない)
いつ息を吸っているのか、いつ息をはいているのか、ナークには読み取れない。
アリオスはじっと動かずにいるが、不思議なことに、風のそよぎにつれて微妙に体がしなり重心を調整しているようにもみえる。つまり自在なのだ。動かないけれども、柔らかさは失っていない。こういう構えができるには、想像を絶する訓練が必要だとナークは知っていた。
アリオスの邪魔をしないように、そっと野菜を収穫して、ナークは建物のなかに戻った。
野菜を洗って朝食に使う分だけ下ごしらえをして、食堂のテーブルを拭いていると、アリオスが入ってきた。
「茶を淹れてやる」
「それはありがたいです。おいくらですか」
「店のおごりだ」
「ありがとうございます」
ナークは二杯の茶を淹れ、テーブルに運んだ。
そして一つの椀をアリオスに差し出し、もう一つの椀もテーブルに置いて、その前に座った。
二人はしばらく無言で茶の香りを楽しんだ。寒い朝の熱い茶には、心をなごませる何かがある。
「ナークさんも、冒険者だったんですね」
「ああ」
ああ、と答えながら、いったい自分のどこをみて冒険者だと確信したのか不思議に思った。
それからまたしばらく、静かな時間が流れた。
今度はナークが静けさをやぶった。
「昨日の夜は、どこで寝たんだ」
「迷宮の空き部屋です」
「そんなところで寝るぐらいなら、ここに帰って寝たほうがぐっすり寝られるだろうに」
「ナークさんも、そう思うでしょう。ちょっと言ってやってください、レカン殿に」
「あんたが言え」
「言いましたよ、何度も」
「聞かんのか」
「久しぶりの迷宮なんで、うれしくて止まらないみたいです」
「何階層まで行ったんだ?」
「二十六階層です」
「嘘つけ」




