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迎賓館の談話室に入り、ドアがしめられると、レカンはほっと息をついた。
魔法使い三人は部屋に入ってこない。
一人は迎賓館の入り口近くに待機し、あとの二人は建物の外にいる。
レカンが恐れていたのは、シーラの擬態がみぬかれることである。
老婆の姿にみえるのは、たぶん〈幻覚〉の魔法だろうと思う。そうでないとしても、何か魔法の働きで、そうみせているだけだ。レカンの〈立体知覚〉には、はっきりと若々しい姿で映っているのだから。
外見をごまかしていること自体は、べつに批判されることではない。偉大な賢者が市井にまぎれようと思ったら、それくらいのことはするだろう。
問題は、肉体年齢が十八歳であるという事態の異常さだ。たぶんこれは、長命種だとしてもあり得ないことで、シーラが人間ではないことが露見してしまうかもしれない。それは、まずい。
シーラ本人が平然としているのだから、大丈夫だとは思うものの、レカンとしては、魔法使い三人がシーラに向ける視線が不安でしかたなかった。
騎士たちも、それぞれ素早く配置についた。あらかじめ迎賓館と周辺の図面は送ってあるから、配置も打ち合わせずみなのだろう。
レカンたちがいる談話室の外に一人、談話室とつながった控室の外に一人、迎賓館の表口と裏口に一人ずつ、そのほか二名が周囲に立った。
神殿騎士のうち一人は談話室の外にいて、もう一人は迎賓館の入り口にいる。
魔法使いたち三人は、どういうわけかひとかたまりになって、迎賓館の周りをぐるぐる回り始めた。比較的弱い魔力持ちが二人一緒だ。たぶん従者だろう。
談話室に入ったレカンたちは、ソファに座った。
上座の中央にシーラが座り、ドア側の隣にレカンが、反対側にエダとノーマが座る。
下座の中央にスカラベルが座り、ドア側の隣にエレクス神殿の女性神官コトジアが、反対側にアーマミール神官と、カーウィンとかいう名の薬師が座った。
あらためてスカラベルとシーラが双方の随伴を紹介した。アーマミールとコトジアはスカラベルの弟子のなかで長老格、カーウィンは若手で素晴らしい才能の持ち主で、スカラベルの身の回りの世話をしているのだという。
シーラがレカンのことを、調薬と魔法の弟子で、両方を習得して卒業した男だと紹介したときは、驚きの声があがった。
「わたしは何とか卒業を許していただけたが、ワインゲムとロキシマムは、卒業のお墨付きには至らなんだ。レカン殿はまさに、師の高弟のお一人なのじゃなあ」
「あなたはオレの兄弟子なんだな。お会いできてうれしく思う」
「はっはっはっ。わたしこそ、まことにうれしい。師の周りで新たな力ある薬師が育っておったと知って、まことにうれしい」
メイドがワゴンを押して入室してきた。茶の道具が乗っている。
シーラが席を立って、茶を淹れ始めた。
アーマミールとコトジアとカーウィンは、あっという顔をしたが、スカラベルはにこにこほほ笑みながら、シーラが茶を淹れるようすをみまもっている。
アーマミールがノーマに話しかけてきた。
「失礼だが、ノーマ殿とおっしゃったの」
「はい」
「わしの勘違いであればお許し願わねばならんが、サースフリー・ワズロフ殿につき、何かご存じではいらっしゃらんか」
「サースフリーは私の父です。しかし父は、ワズロフ家の名を名乗ることを許されておりませんでした」
「なにっ。お父上とな。そうか。そうじゃったのか」
「父がどうかいたしましたか」
「『臓腑機能研究』『薬草学序論』という書物をご存じかのう」
「ああ。それは父が書いた本です。どうしてあなたがご存じなのですか」
「両書の写本が王都のケレス神殿総神殿に献納されたことはご存じかの」
「いえ。はじめて知りました。とすると、マシャジャインにいたころですね」
「本を筆写したのはワズロフ家の筆写師で、献本なさったのは、ゴドフリー・ワズロフ侯爵じゃ」
「えっ。あの人が?」
「素晴らしい研究じゃ。わしはケレス神殿総神殿に頼み込んで写本を作らせてもらった。何度も読んだが、この研究家の別の著書はないものかと、ついにマシャジャインを訪問した」
「そうだったのですか」
「ゴドフリー前侯爵は、あれは弟のサースフリーが書いたものです、とはっきりおっしゃった。しかしサースフリーは死んでしまった。ほかの研究については当家ではわからない。ヴォーカの町のノーマという施療師ならわかるだろう。そうおっしゃったのじゃ」
「弟。前侯爵が父のことを弟と呼んだのですか。そうですか」
「茶を飲みながら続きをお話しな」
「あ、ありがとうございます」
「これはこれは。シーラ様。恐れ入ります」
「ノーマのお父上の著書がケレス神殿総神殿にねえ」
「さようでございますのじゃ、シーラ様。ケレス神殿総神殿は、薬草と施療の研究に関しては王都一の権威があります。ところが二書の研究があまりに優れていたので、秘匿されてしまい、ごく一部の者しかみることができませなんだのですじゃ」
レカンは、アーマミールとノーマの会話を聞きながら、一つの疑問を覚えた。
それは、前回の訪問のとき、なぜアーマミールはノーマの話題をださなかったのかという疑問である。
ヴォーカの町のノーマという施療師ならアーマミールの知りたがっていることを知っていると、マシャジャイン前侯爵が言ったのだ。この町に用務で来たことは、千載一遇の機会だったにちがいない。レカンに訊けばノーマの消息を知ることができたのだ。
もっともあのときは、雑談に興じる時間はなかったし、そういう空気でもなかった。それにしても、本人が、あるいは随行の者に命じて、領主家の誰かにノーマのことを尋ねることはできた。だがクリムスはそんなことは言わなかった。
そこまで考えて、レカンは気づいた。
アーマミールには、もっといい方法があった。ケレス神殿だ。アーマミールは王都エレクス神殿の一級神官であり、調薬と施療の部門では高い地位にある。ケレス神殿への発言力は強いだろうし、関係も深いだろう。当然アーマミールは、ヴォーカのケレス神殿に、その町にノーマという施療師はいるかと問い合わせたはずだ。
ケレス神殿は、ノーマについて報告した。だが、ノーマがマシャジャイン侯爵家の縁故者だとは知らなかった。あるいは報告にあたった人物が故意にその情報を伏せた。だからアーマミールはノーマの出自については知らなかったのだ。
たぶん今回の訪問のなかで、アーマミールはノーマに接触をこころみるつもりだったのだろう。それがはからずもシーラの随行として目の前に現れたというわけだ。
このレカンの推測は、おおむね正しかったが、ちがっている点もあった。アーマミール神官は非常に多忙な人物であり、サースフリー・ワズロフの著作を調査することは個人的には重要な案件であったが、緊急度は高くなかった。そして今回の訪問には、そもそもアーマミールは参加しない予定だったのだ。アーマミールは、ヴォーカの町のケレス神殿を通じてノーマに問い合わせを行うつもりだったのである。




