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施療所には、〈休診日〉という看板がかかっていた。
いつものようにジンガーが出迎えて、庭に面した休憩室に二人を案内してくれた。ちょうどノーマはお茶を楽しんでいた。もう一つカップがあったから、ジンガーも一緒だったのだろう。
「やあ。よく来てくれた。もしや迷宮帰りかな?」
「ああ。ニーナエに行ってきた」
「無事で帰れて何よりだ。気のせいか、エダが一回り成長したような気がする」
「そうだろうな」
「何階層まで行ったんだい?」
「第四十五階層だ」
「ほう。って、それは迷宮を踏破したってことかい!?」
「そうだ」
「ニーナエ迷宮を踏破。しかも、この短い日数で。エダも一緒だったんだろうね、最後まで」
「こいつは心強いメンバーだ。特に離れた場所から〈回復〉を飛ばせるようになってからは、パーティーの機動性は倍加した」
「ちょっと待ってくれたまえ。〈回復〉を、遠距離からかけたと、君はそういったのかい?」
「最後のほうには〈浄化〉も飛ばしてたな。四十歩ぐらい離れた場所から」
ノーマは、ふるふると首を左右に振りながら、残っていた茶を飲み干して自分を落ち着かせた。
「どうにも理解できない。君が何を言ってるのか、私の頭は受け付けない。もう一度言ってくれ。〈回復〉を本人から何歩も離れた場所からかけたというんだね」
「エダ。みせてやれ」
「うん」
エダはわざわざドアを開けて、廊下に出た。
「〈回復〉」
ノーマの全身が柔らかな緑の光に包まれた。
ノーマは心地よさそうに目を閉じて、体をひたす癒しに身をゆだねている。
「準備詠唱をしないどころか、待機時間まったくなしで〈回復〉を発動し、こんなに離れた私に魔法が届いている。いやいや、君たちと付き合っていると、研究してきたことが、全部崩れて消えていくような気がするよ」
「お茶が入りました。お座りください、エダさん」
「あ、ありがとう」
エダとジンガーもソファに座り、四人は温かい茶をすすった。
「エダ。以前から君の〈回復〉の発動は速かったけど、今みせた速度は異常だ。どうしてそんなに速く発動できるんだい?」
「だって、迷宮では、速くしないとまにあいません」
「遠距離から〈回復〉をかけるのは、どうやって練習したのかな?」
「え? だって〈睡眠〉を飛ばせるようになったんだから、〈回復〉も飛ばせるかなって。やってみたらできました」
「頭が痛い。会話が成立していないと思っているのは私だけだろうか」
「エダとしてはちゃんと答えているんだ」
「なるほど、そうだね。そうなんだろうね。あああああ。歴史的なことなんだけどね、これは! 残念ながら、信じる人はいないだろう。冷たい目で無視されるか、よくて実際にみせてみろと言われるかだ。だけど、エダを衆目にさらすわけにはいかない。まったく残念だ」
「土産だ」
「え? 何だい、この袋は。あっ。小赤ポーションじゃないか。こんなにたくさん。これは」
「お土産だ」
「ジェリコにはお土産なかったのに」
「それは言うな」
「いや! いや! こんな高価なものは受け取れないよ。代金を払わせてくれたまえ。幸い君たちのおかげで、今現金に余裕がある。といっても、二、三個しか買えないが」
「うん? 小赤ポーションは標準価格大銀貨一枚だから、冒険者が店に売る場合には半額の銀貨五枚のはずだが?」
「いやいや。それは迷宮都市での、しかも店や冒険者協会と冒険者のやり取りの話だろう? 迷宮都市以外では、その何倍、何十倍という値段がつくんだ」
「それはおかしい。あんたが協会に依頼を出し、銅級冒険者が一人ゴルブルに行って、小赤ポーションを一個買って帰る。依頼料が銀貨三枚として、銀貨十三枚あれば手に入るわけだ。倍になどなるわけがない」
「そうはいかないんだよ、レカン。ポーションというのはね、どこの迷宮でも需要に供給がまったく追いついていないんだ。そしてどこの迷宮都市でも冒険者保護が優先だ。迷宮に潜らない冒険者はみぬかれてしまい、派遣した町は制裁を受ける」
そうだとしても、実際に迷宮に潜っている冒険者が、迷宮都市以外でポーションを売りさばくのを止めようがないだろうに、とレカンは思ったが、すぐにその考えを否定した。
(迷宮に潜ってるやつは、めったに赤ポーションを売らんだろうな)
レカンのように〈回復〉を持っていればともかく、赤ポーションは命綱なのだ。
「もちろん、たまたま安く手に入ることもあるよ。だけどそれはすぐ使われてしまうか、転売を繰り返して高価になる。欲しい人は大金貨を出しても買うとわかっているものを銀貨で売る人は少ないしね。貴族や金持ちが、いざ欲しいというときに赤ポーションを手に入れようとすれば、どうしても法外な値段にならざるを得ないんだよ」
「そうか。とにかくそのポーションはあんたへの土産だ。あんたから学ばせてもらったものは、そんなものとは比較にもならん。どうか受け取ってくれ」
実は、十個の小赤ポーションは、ニーナエのギルドで買ったものだ。今回の探索では小赤ポーションは一個も手に入らなかった。いずれにしてもポーションが足りなかったので、冒険者協会で大赤ポーションを買うついでに小赤ポーションも土産用に買ったのだ。ただそのときも、小赤ポーションは三十個注文したのに、これだけで勘弁してくれと言われ、十個しか売ってくれなかった。
「そうか。ありがとうレカン。このポーションは、きっと役に立ててみせるよ」




