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「じゃあな」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんだ」
「掲示板に貼りだしてありますが、討伐の依頼があるんです」
「いつでも何件かはあるだろう」
「ルモイ村の近くで銀狼が目撃されたんです」
「銀狼だと? 狼鬼族第一階位の強力な魔獣だな。そんなものが、こんなところをうろうろしているものなのか?」
「私の知るかぎり、いいえ。でも、この町ができる前に、このあたりに銀狼が出没していたといわれてるので、絶対出ないともいえません。ところで、その第一階位って何のことですか?」
「うん? ゴルブル迷宮の便覧にそう書いてあったが」
「ああ。そうなんですか。それ、ゴルブル迷宮の独自基準です。ほかでも階位をつけてる迷宮があると思いますが、階位のつけ方が微妙にちがってたりすると思います」
「ほう」
「冒険者協会では階位は使わないですね。地域によって出現する魔獣はちがいますし、種類が多すぎて統一した分類なんか作れません。ある場所である名前で呼ばれてる魔獣が、別の場所では別の名前で呼ばれたりしてますしね。この種族ではこれが一番強いって思ってたら、もっと強いのがいたというようなこともあるんです」
「なるほど、で、銀狼というのは、装備のいい銀級冒険者のパーティーなら倒せるのか」
チェイニー商店の専属護衛であるヴァンダムとゼキは、銀級冒険者だった。彼らの腕と装備なら、銀狼も倒せると思えた。もっとも、レカンが銀狼と戦ったのは、ゴルブル迷宮の下層であり、地上に出現する銀狼がどのくらいの強さなのかは、よくわからなかった。
「ところが、この依頼、銅級指定なんです」
「なに?」
「依頼は正確には討伐じゃなくて、目撃情報の確認と報告が主で、可能であれば討伐するという依頼なんです」
「なるほど。だが遭遇したら戦うしかないんじゃないか」
「本当に銀狼である可能性は低い、というのが協会上層部の判断です。幸運なことに、二日間受け手がありませんでした」
「だがお前は銀狼だと思うのだな」
「はい」
「根拠は」
「勘です」
「そうか」
「さっき、テルニスが受けたいと言いました。本当に銀狼だったら危険だと言い聞かせたので受けませんでした。でも、受けたそうでした。明日も依頼票が貼ってあったら、受けてしまうかもしれません」
「報酬は?」
「魔獣の正体確認だけなら銀貨二枚。正体が銀狼で、それを倒した場合には報酬が上がります。いくらになるかは事後に決定します」
レカンはチェイニーに使いを出した。
留守にしたら、チェイニーから来る使いに無駄足を踏ませるかもしれない。
「わかった。依頼票をよこせ。この依頼は〈ウィラード〉が受ける」
「ありがとうございます。目撃場所はここです」
アイラは地図を出し、場所を指し示した。
「近いな。今から行ってみるが、本格的な調査は明日になるかもしれん」
「よろしくお願いします」
ルモイ村はヴォーカの南にある。そのさらに南側の森かと思ったら、目撃場所はルモイ村の北西だ。ヴォーカの西門からあまり遠くない。
「ところで、レカンさん、お家を買われたんですか?」
「借りただけだ」
「場所を教えてください」
反射的に教えそうになったが、妙な依頼を持って家に押しかけられても困る。こちらが休みたい気分のときに呼び出されるのはいやだ。
「断る」
6
レカンが家に着いたとき、まだエダは帰り着いていなかった。
〈生命感知〉に注意を集中すると、エダとアリオスらしい赤い点がみつかった。
(ふむ)
(だいぶエダの赤い点のみわけがつくようになってきたな)
ただし今回はアリオスと一緒に移動していたため、エダが一人で移動しているのに比べ、条件がよかった。また、今エダがいるあたりには、魔力を持った者が少ないため、みわけやすかった。もう少し練習を繰り返さないと、確実にエダをみわけることはできないだろう。
「ただいまー。レカン、先に帰ってたんだね」
「帰りました」
「エダ。討伐依頼だ」
「えっ」
「銀狼がルモイの近くに出たという目撃情報がある。放置すると危険だ」
「銀狼! あたい、とてもそんなのとは戦えないよ」
「オレと一緒だ。問題ない」
「私もご同行させていただきましょうか」
「いや。アリオスはこの家にいてくれ。もう少ししたらチェイニー商店から使いがくるはずだ。伝言を聞いておいてくれ」
「わかりました」
「レカン。晩ご飯は?」
「一晩野営するぐらいの食料は、まだある」
「えー。また野営? おうちに帰ったばかりなのに」
「冒険者とは、そういうものだ。行くぞ」
7
ヴォーカの町の西門を出たレカンは、〈生命感知〉の探査範囲を前方に移動させ、銀狼の居場所を探った。
このあたりにはずっと低位の魔物しかいないから、銀狼がいればすぐにわかるはずだ。
いた。
本当にいた。
強い青い点がある。
こんなにルモイ村に近い場所に、こんな強い光を放つ魔獣がいて、犠牲者が出ていないのだとしたら、それは幸運といわねばならない。
「エダ。止まれ」
「どうしたの?」
「千歩ほど先に、銀狼らしきものがいる」
「えっ」
「ここからは、お前が先に進め。方向はオレが後ろから指示する」
「う、うん」
「接敵したらショートソードで戦え」
「えっ」
「防御の型をアリオスから教わったんだろう」
「う、うん。でも、攻撃の型は教わってないよ?」
「どの程度防御ができるか、オレにみせてみろ。攻撃ができるなら、攻撃もしてみろ」
「わ、わかった」
そこからはエダに先行させて進んだ。
「よし、止まれ。前方二百歩の位置に銀狼らしきものがいる。いざとなればオレが助けるが、いないつもりで戦え」
「わかった」
「では、行け」
少し離れてエダのあとを追いながら、レカンは不安を感じていた。
敵に近づき、〈立体知覚〉が姿を捉えたときは、どきりとした。
尻尾を除いてエダの身長と同じほどの体長がある。
それでも、レカンがゴルブル迷宮で倒した銀狼よりは小さいのだが、いざ姿を捉えてみると、不安は一気に増大した。
(こいつの顎ならエダの頭をかじりとれる)
少々の傷なら〈回復〉で助けられる。
しかし、手足を失えば、それは治せない。
まして一撃で死んでしまえば、取り返しはつかない。
(いくらなんでも銀狼の相手をさせるのは早すぎたか)
だが、逆にいえば、この戦いはエダの試金石となる。大きな傷なしでしばらくしのげるようなら、エダは冒険者としてやっていける。
そろりそろりと進んでゆくエダの後方で、レカンは右手を上げ、手のひらを前に向けた。いつでも〈炎槍〉が撃てる体勢だ。
(〈火矢〉のほうが速いが〈炎槍〉の威力でなければ〈銀狼〉は吹き飛ばせん)
前方のあの茂みのなかに魔獣が潜んでいることを、エダは気づいているだろうか。やきもきしながらレカンは、エダの前進をみまもっている。
狼鬼族の魔獣は、身を潜めるのがうまい。エダは気づいていないかもしれない。
そのとき魔獣が茂みから飛び出して、驚くべき速度でエダに駆け寄った。
そして跳躍した。
巨大な口を開いて。




